オーケストラ・アンサンブル金沢21
権代敦彦:84000×0=0 for orchestra/ブラームス:交響曲第2番
1)権代敦彦/84000×0=0 for orchestra op.88(2004年度オーケストラ・アンサンブル金沢委嘱作品)
2)ブラームス/交響曲第2番ニ長調op.73
●演奏
岩城宏之指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2005年3月19日 [1],2004年9月21日 [2],石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11861(2005年4月27日発売) \1500(税込)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演で演奏されてきた曲は,「オーケストラ・アンサンブル1000」として過去10枚のCDが発売されてきた。このシリーズは,今後「オーケストラ・アンサンブル金沢21」という新シリーズで発売されることになった。1枚1500円という価格設定は従来の1枚1000円に比べると値上がりしているが,定期公演の記憶がまだ新鮮なCD録音としては,これでも安価だろう。

前シリーズは,5枚まとめて1年に一度発売されていたが,今後は「毎月1枚」という形で発売されていく。定期公演に出かけられなかった人にも定期公演の雰囲気をそのまま伝える企画となることを期待したい。

このOEK21の第1作が,岩城宏之音楽監督の指揮による権代敦彦の新作とブラームスの交響曲第2番を組み合わせた1枚である。現代日本の作品とドイツ音楽の組み合わせというのは,岩城の演奏会の定番である。そのコンサートでの順番どおり,先に権代作品,後にブラームスという並びになっている(ただし,これらは同じ演奏会で収録されたものではなく約半年のタイム・ラグがある)。

最初の権代の作品は,彼がOEKのコンポーザー・イン・レジデンスとして文字通り金沢に暮らしていた時の印象を曲にしたものである。この演奏が世界初演だった。数学的なタイトルとなっているが,これは煩悩の数(84000)に無の境地(0)を掛け合わせると煩悩が消える,といった意味を表現している。権代が生活していた金沢の東山地区は,寺社の多い街である。その仏教的な気分が比較的ストレートに表現された管弦楽曲となっている。

曲は打楽器の荒々しい音や管楽器の鋭く突き刺すような音で煩悩の中にある状態を表現している前半と煩悩が消された境地である後半とが対比されている。従来の権代作品同様,メロディはほとんどないが音色に独特の美しさがあるので音に浸るように楽しむことができる。中盤からは木魚を叩くような一定のリズムが出てくる。これが心地よい(ただし,金沢のお寺は浄土真宗が多いので街の中で木魚の音を聞くことは少ないのだが...)。最後は音が次第にすっきりとしてきて,浄化されたような気分になっていく。低音と高音が同時になるような響きの後,鐘の音が「ゴーン」となって曲は結ばれる。この終わり方については,「いかにも仏教」という気はするが,私にはあまりにもダイレクト過ぎる気がした。もう一ひねりあった方が良かったと思う。

この録音は2005年3月の定期公演でライブ録音され,翌月末に発売された。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート並の素早さである。このフットワークの軽さは今後も継続してもらいたい。

後半のブラームスは,このところ岩城がOEKと熱心に取り組んでいる作曲家である。既に第4番が発売されているが,全集になることは確実だろう。今回の演奏も奇を衒ったところがなく,落ち着いた情感が浸み出してくるようなオーソドックスな演奏となっている。この録音時のオーケストラの配置はかなり変則的なものだったので,実演では目を引いたが,音だけで聞くと通常の編成との違いはほとんど感じられなかった。

録音の方はほとんど編集を行っていないようで,ライブ録音の流れの良さをそのまま生かしている(演奏後の拍手は収録されていないが)。その分,ヘッドフォンなどでじっくり聞くと,ほころびとは言わないまでも,管楽器などの音程の微妙な揺れなどが感じられ,精緻さに欠けるような部分もある。しかし,これは短所ではなく,人間的な感情の揺れのように感じらる。演奏全体を大らかで血の通ったものにしている。第1楽章コーダの付近のしみじみとした情感もこもった弦楽器の歌などは特に印象的である。

第1楽章は非常に落ち着いたテンポで,いとおしむようなムードで始まる。第2主題のチェロをはじめとして弦楽器の人数が少なめのため,各楽器のヴィブラートの音まで聞こえてくるようで,室内楽を聴くような親しみやすい暖かさが伝わってくる。弦楽器の響きが薄い分,管楽器の音の動きも明確に聞こえる。遅いテンポ設定をしっかりと維持しているため,編成の小ささにも関わらず,曲が進むにつれて,堂々とした貫禄も増してくる。呈示部の繰り返しは行っていない。

第2楽章も全編に渡り落ち着いた渋さを感じさせる。ものすごく遅いテンポというわけではないが,淡々とした枯淡の味わいがある。その一方,この楽章でも弦楽器の情熱的な歌が素晴らしい。この録音のコンサート・マスターはマイケル・ダウスさんだったが,弦楽器の音から常に湧き上がるような情熱が感じられるのはそのリードの力によるのかもしれない。

第3楽章は非常に素朴な味を持ったオーボエ・ソロで始まる。刺激的なところがなく,田舎の空気を自然に感じさせる。続く弦楽器の小回りの効いた軽やかな音の動きも大変気持ち良い。室内オーケストラらしさの感じられる楽章となっている。

第4楽章になっても堂々とした歩みは変わらない。岩城さんのブラームスは,室内オーケストラでもフル・オーケストラと変わらないだけの豊かさを十分表現できることを示そうとしているようである。贅肉のない引き締まった響きと第1楽章から一貫して続く揺ぎのないテンポが第4楽章でクライマックスを迎える。コーダに向かってトロンボーンやチューバの厚い響きがバランス良く加わっていく中で,全く浮ついたところのない,クライマックスが築かれる。その中でティンパニが非常にリズム感の良い,連打を聞かせてくれるのも気持ち良い。熱狂するような若々しさはないが,豊かな音に包まれる幸福感を感じさせてくれる。この表現は,恐らく若い頃の岩城さんの解釈とはかなり違っているのではないだろうか。

このブラームスは,全体的には大げさな表現を避けており,古典的なバランスの良さを保っている。CDとして聞いてみると,特に抑制された中庸の美のようなものを感じさせてくれる。その一方で曲の奥から自然に浸み出してくるような瑞々しさも持っている。テンポの動きが少ないのに絶えず血の通った情感を感じさせてくれる。何もしないのに自然と情感が浸み出てくるという岩城さんの到達した現在の境地を実感させてくれる演奏である。

■演奏・録音データ
2004年9月21日に行われた第167回定期公演,2005年3月19日に行われた第178回定期公演のライブ録音である。9月21日と同様の演奏会は東京や名古屋などでも行われた。名古屋公演についてはNHK-FMで放送もされた。3月19日の演奏会では,ブラームスの第1交響曲と一緒に演奏された。この演奏も将来CD化されると思われる。コンサートマスターは,権代作品がアビゲイル・ヤングでブラームスの方はマイケル・ダウスが担当している。今シリーズからレコーディングの参加メンバーがCDに明記されるようになったのは嬉しい。

■参考ページ
オーケストラ・アンサンブル金沢第167回定期公演(2004/09/21)
オーケストラ・アンサンブル金沢第178回定期公演(2005/03/19)
(2005/05/31)