オーケストラ・アンサンブル金沢21
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」,第8番
1)ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調,op.68「田園」
2)ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調,op.93
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2003年11月22日(1),2004年3月25日(2) 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11865(2005年8月24日発売) \1500(税込)

「オーケストラ・アンサンブル(OEK)金沢21」の第4弾は,OEKのプリンシパル・ゲスト・コンダクター,ギュンター・ピヒラー指揮によるベートーヴェンの交響曲である。今回,収録された第6番「田園」と第8番はどちらもヘ長調の作品であるが,聞いた感じは全く違う印象を与える。「田園」の方は比較的こじんまりと穏やかにまとめられているのに対し,第8番の方は鋭さとコントラストの強さを感じさせる演奏となっている。これは曲想をそのまま反映している。私自身には,第8番の演奏の方に惹かれた。

今回の録音なのだが,弦楽器の音が非常に薄く聞こえる。室内オーケストラなので,響きが薄いのは当然なのだが,特に「田園」では,各楽器の音があまり溶け合わず,どちらかというとギスギスした雰囲気に聞こえる。「田園」は実演を聞いた印象では,もっと暖かい感じだったので,少々不思議である。

第1楽章などは落ち着いたテンポによる穏やかな演奏なのだが,どちらかというとクールに聞こえる。弦楽器の細かい音の刻みがはっきり聞こえるのは気持ちが良い,第2楽章もデリケートな演奏である。静かな小川の流れに相応しい繊細さが強調されているが,やはり,弦楽器の音が生々し過ぎる気がする。楽章の最後の木管楽器のソロの部分は,細かいニュアンスまで聞くことができ,大変聞き応えがある。

第3楽章は穏やかな気分に包まれながらも軽快に始まる。この部分での木管楽器群の軽妙さは素晴らしい。トリオの部分ではテンポが慌て気味になる。この対比がとても気持良い。第4楽章は,それ程荒々しくない「嵐」である。古典派交響曲の中の一楽章という感じのまとまりの良さを感じる。それでいて,各楽器の音が鮮やかに良く聞こえてくるので,迫力に不足は感じない。

第5楽章は,全体的にもう少したっぷりとした響きが欲しい気がする。テンポ的にはじっくりとした貫禄はあるのだが,やはり録音のせいか,響きが痩せて聞こえる。いちばん最後のホルンのソロの後,非常にさっぱりとした短い音で終わるのは,寂しさを感じさせてくれて個性的である。

というわけで,この演奏の録音については,残念ながら私の好みと合わない部分があった。実演で聞いた時は,オーケストラ全体としての響きの豊かさが感じられたのだが,このCDでは,弦楽器の音が痩せて聞こえた。その音の生々しさが不自然に感じられたのが残念だった。

一方,第8番の方は,実演の素晴らしさがそのまま反映されている。こちらも弦楽器の音は引き締まっているのだが,曲全体がダイナミックな膨らみを持って聞こえる。この演奏の特徴を一言でいうと,コントラストの面白さということに尽きる。第1楽章は,冒頭の厳しく鋭く活気に満ちた第1主題と力の抜けた第2主題の柔らかさとのコントラストが面白い。全曲に渡り,トランペットの音が大変鋭く,強い音のアタックがビシバシと決まっている。ティンパニのクレッシェンドも強調されており,展開部などは非常に迫力がある。

第2楽章は穏やかなリズムで始まるが,所々出てくる「ダダダダ,ダダダダ」という音の刻みが非常に鋭い。この部分をはじめとしてレガートとスタッカートのコントラストがはっきりと付けられているのが,聞いていて気持ちが良い。

第3楽章は全体に大らかである。トリオの部分はさらにゆったりとしたテンポとなり,室内楽演奏のような雰囲気になる。ホルン,クラリネット,チェロのアンサンブルによる自由な気分は,手綱をギュッとしめた主部と良いコントラストを作っている。

第4楽章は第1楽章と同様,厳しさと明るさとが交錯する。ここでもトランペットやティンパニの音が素晴らしいアクセントとなっている。

というわけで,このCDについては,録音の面でも表現の面でも第8番の方がピヒラーの意図が明確に伝わってきた。実演で聞いた時は,古典的な落ち着きを感じさせてくれる穏やかなペースで進む「田園」だと感じたが,今回のCDについては録音のせいもあるのか,その穏やかさがあまりうまく伝わって来なかったのが残念である。

いずれにしてもピヒラーのベートーヴェンは,現在進行中の金聖響指揮のベートーヴェン・シリーズとも,すでに全曲録音のある岩城宏之のベートーヴェンとも違った印象を与えてくれた。同一オケによる同一の曲の演奏を複数の指揮者で比較できるのもレコーディングに熱心なOEKならではである。石川県立音楽堂では,ライブ録音によるCD録音が手軽に行なえるので,今後もこういう形での聞き比べが楽しめることだろう。

■演奏・録音データ
第6番は2003年11月22日,第8番は2004年3月25日に行なわれたOEKの定期公演のライブ録音である。前者のコンサートミストレスはアビゲイル・ヤング,後者のコンサート・マスターは松井直だった。ティンパニはどちらも渡邉昭夫。「田園」の第2楽章では木管楽器が活躍するが,CDジャケットの写真によると第1奏者は次のとおりである。オーボエ:加納律子,フルート:岡本えり子,クラリネット:遠藤文江,ファゴット:柳浦慎史。ピヒラー指揮OEKの録音はこれが3枚目だが,交響曲の録音はハイドンの交響曲集以来の2枚目である。

それぞれの曲について岩城宏之指揮OEKの録音と時間を比較してみた。「田園」の第1楽章と第3楽章の大きな時間差は,繰り返しの有無によるものである。
第6番  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 第5楽章
今回の録音 12:03 12:01 5:20 3:40 9:08
岩城/OEK(1994年) 9:17 11:02 2:54 3:33 9:39

第8番については,全体に岩城盤の方が遅いテンポを取っているが,第3楽章だけはピヒラー盤が遅くなっている。
第8番  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章
今回の録音 9:04 4:06 4:55 7:19
岩城/OEK(1994年) 9:55 4:12 4:38 8:17

■参考ページ
オーケストラ・アンサンブル金沢第151回定期公演(2003/11/22)
オーケストラ・アンサンブル金沢第158回定期公演(2004/03/25)
(2005/09/25)