浪漫紀行:NHKテーマ音楽集

1)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流(メインテーマ)
2)渡辺俊幸/NHKドラマ「大地の子」〜メインテーマ
3)渡辺俊幸/NHK「新日本探訪」のテーマ(オーケストラバージョン)
4)渡辺俊幸/NHKドラマ「少年たち」〜メインテーマ
5)渡辺俊幸/NHK月曜ドラマシリーズ「夢見る葡萄」〜メインテーマ
6)渡辺俊幸/NHKスペシャル「阪神大震災5年」〜悲しみを乗り越えて
7)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜永久の愛(アリアバージョン)
8)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜まつのテーマ
9)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「毛利元就」〜メインテーマ
10)渡辺俊幸/3D映画「葉っぱのフレディ」のテーマ
11)渡辺俊幸/ファンファーレ・フォー・ザ・セレブレーション
12)渡辺俊幸/交響的幻想曲「能登」
●演奏
岩城宏之(1,8),渡辺俊幸(2-7,10-12),外山雄三(9)指揮
オーケストラ・アンサンブル金沢とNHK交響楽団の合同演奏(1),オーケストラ・アンサンブル金沢(2-4,6-8,11-12),NHK交響楽団(9),コンセール・レニエ管弦楽団(5,10)
岩田英憲(パンフルート*3),斎藤明子,尾尻雅弘(ギター*4),二村英仁(ヴァイオリン*5),ルドヴィート・カンタ(チェロ*6),メラニー・ホリディ(ソプラノ*7),セバスティアン・レインツァラー(テノール*7),ナターシャ・グジー(ソプラノ*10)
●発売/ソニー SICC-154(2003年12月17日発売)
●録音/2003年8月6,7日 石川県立音楽堂コンサートホール(2-4,6,7,11,12),2001年10月9日NHK CR-509スタジオ(1),2003年8月29日 NHK CR-506スタジオ(5),2001年11月5日石川県立音楽堂コンサートホール(8),1996年10月1日 NHK CR-506スタジオ(9),2003年2月18日 NHK CR-506スタジオ(10) \2800(税抜)

作曲家・編曲家の渡辺俊幸さんの作品を集めたCD。渡辺さんはこれまでテレビや映画のために,沢山の曲を作ってきたが,単独の作品集は今回が初めてとのことである。このアルバムでは,全体のプロデュース,作曲,編曲,指揮(3曲だけ別の指揮者が担当),曲目解説を担当しており,そのマルチ・タレントぶりと力の入れ具合がよくわかる。今回は,オーケストラの曲だけではなく,声楽,器楽などいろいろなソリストが登場しているのも特徴である。

演奏されている曲の大半は,NHKのドラマや番組のために作られた曲である。どの曲も,とても聞きやすく適度な甘さを持っている(最後の2曲はちょっと質が違うところもあるが)。アルバム全体のタイトルもそのムードにちなんで「浪漫紀行」という,柔らかさを感じさせるネーミングがされている。

渡辺さんは,2002年のNHK大河ドラマ「利家とまつ」の音楽を担当して以来,ドラマの地元金沢にある,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とのつながりが非常に強くなった。大河ドラマには,多かれ少なかれ「地域おこし」的な側面があるが,郷土愛の強い金沢のような土地の場合,その効果が特に大きかった。色々なものが財産として残ることになったが,その代表が渡辺俊幸さんの作曲した「利家とまつ」のための音楽の数々である。

2002年オーケストラ・アンサンブル金沢は,「利家とまつ」のテーマ曲「颯流」を色々な演奏会で演奏しまくった。その結果,金沢の聴衆は,この曲を金沢とOEKのテーマ曲のように感じるようになったのではないだろうか?繰り返し流されることになるテレビ・ドラマのテーマ曲には「印象的で,飽きが来ない」という条件が必要である。この「利家とまつ」は,その条件を満たした,最高の曲だったといえる。

この「浪漫紀行」でも,このおなじみのテーマから始まっている。この録音は,岩城宏之指揮NHK交響楽団とOEKの合同演奏によるオリジナル・サウンド・トラック盤からの再収録である(先日のOEKの演奏会では,弦楽合奏版の「颯流」が演奏されたが,できれば,この弦楽合奏版の方を収録しても面白かったのではないかと思う)。

その後に渡辺さんの指揮による曲が続く。これらを続けて聞いてみると,渡辺さんの曲作りの特徴が見えてくる。メロディが分かりやすく,単独の楽器でくっきりと演奏されることが多い。それを支えるオーケストラの伴奏は,スケール感のあるふんわりとした柔らかいムードを作っていることが多い。例えば,「大地の子」では,メインテーマは最初はホルンで演奏され,後半ではオーボエなどで演奏されている。

続く2曲では,パンフルート,ギターといった素朴さとインティメートな雰囲気を持った楽器が主旋律を演奏している。「新日本探訪」は,「どこかで聞いたことがあるな」という懐かしさを覚える曲である。オリジナルは,もっと簡素な形だったような記憶があるが,今回はオーケストラ伴奏の版に編曲されている。「少年たち」のテーマは,ギターデュオを中心とした曲である。ひっそりとした心優しいメロディは耳に心地よく染み込んで来る(ギター・デュオ,ゴンチチの演奏したTVのCMにこういう感じの曲があったかもしれないですね。)。

次の「夢みる葡萄」のテーマは,2003年の秋に放送されていたドラマなので,今回収録された曲の中では最新作だと思われる。恐らく,テレビ・ドラマのサントラの演奏だろう。曲の雰囲気がとても新鮮で,音が始まった途端に,パッと目の前に鮮やかな光景が飛び込んできて,爽やかな空気が吹き込んでくる。メロディラインは,同じくヴァイオリン独奏を使った「利家とまつ」の「永遠の愛」を思わせるところもあるが,よりリズミカルで華やかな動きのある曲となっている。

ヴァイオリンの独奏に続いては,チェロの独奏を中心とした曲となる。「阪神大震災」に関連した番組のための曲ということで,落ち着いてくすんだ感じの響きが主体となっている。オーケストラの方も弦楽器が中心で,バーバーの弦楽のためのアダージョなどを思わせる重苦しさがある。その中で,控えめな希望を感じさせてくれるようなチェロの暖かな響きが印象的である。OEKの首席奏者のルドヴィート・カンタさんの音色は,その控えめな雰囲気にぴったりである。

その後,「利家とまつ」のための曲が2曲続く。まず,ドラマでは「紀行テーマ」として使われた「永久の愛」のアリア版が演奏される。もともと,イタリアのオペラをイメージして作られた曲(渡辺さん自身の解説による)ということもあり,違和感なくイタリア語の歌詞が乗り,ロマンティックな愛の2重唱となっている。渡辺さん自身,楽しんでアレンジを行ったのではないかと思う。

ただ,オーケストラの伴奏は本場のイタリア・オペラというよりは,どちらかというとミュージカル風である。ここで歌っているメラニー・ホリデーさんは,オペレッタ歌手として有名な方だが,この録音で聞く限りでは,声にざらついた感じがあり,高音部にもちょっとが余裕がない。2003年8月にこのお二人による実演を聞いたのだが,やはり,ホリデーさんの場合,視覚的な華やかさがないとと少々物足りないところがあるのかもしれない。

次の「まつのテーマ」は,「利家とまつ」のオリジナル・サウンド・トラック盤からの再収録である。改めて聞いてみると,理由もなく,涙腺が緩んできそうになる。渡辺さんの曲,岩城指揮OEKの演奏ともに絶品である。

渡辺さんが初めて大河ドラマの音楽を書いた「毛利元就」のテーマがその後に続く。「利家とまつ」の華麗な音楽とは違い,従来からの大河ドラマの重厚路線のイメージを感じさせる音楽となっている。個人的には「利家とまつ」の音楽の方に渡辺さんの個性がより強く出ているような気がする(これは,”加賀藩”に住む者の思い込みの強さでしょうか?)。

「葉っぱのフレディ」のテーマは,NHKドラマのための曲ではなく,3D映画のための音楽とのことである。ナターシャ・グジーさんのヴォカリーズを爽やかに聞かせて,映像を喚起するような鮮やかな音楽となっている。調性が微妙に揺れ動く感じも大変魅力的である。

最後の2曲は,渡辺さんがOEKのために作曲し,2003年8月に金沢で初演された曲である。ここまで収録されて来た曲が,テレビや映画のための音楽だったのに対し,最後の2曲は実演で演奏されることを目的として作られているのが大きな違いである。渡辺さんは,2003年8月にOEKがポップスを演奏するときの名称である”OEKポップス”のディレクターに任命されたが(まだ公式な発表はされていないようですが),そのことと,OEKの創設15周年を記念して作曲されたのがファンファーレ・フォー・ザ・セレブレーションである。聞けばわかるとおり,通常のOEKの編成より,かなり大規模な編成を必要とする曲である。これは,OEKポップスは金管楽器などをエキストラで補強することを想定しているためであろう。今回のレコーディングでは,岩城宏之さんとつながりのあるメルボルン交響楽団のメンバーなどがエキストラで参加している。

このファンファーレは,渡辺さんが渡米して勉強した”ハリウッド・スタイル”の特徴が非常によく現れている。ジョン・ウィリアムズの曲だと言えば,皆信じるのではないだろうか。LAオリンピックのファンファーレ,スーパーマンのテーマ,スターウォーズのテーマなど,ジョン・ウィリアムズには「ファンファーレ+行進曲」の名曲が多いが,そういった曲と遜色がない曲だと思う。中間部には叙情的なメロディが出てくるが,ここはエルガーの「威風堂々」の中間部を思い出させる。エルガーの「威風堂々」は第5番まであるが,ジョン・ウィリアムズが続編の第6番を作曲したらこういう曲になるだろうな,という曲である。この曲は,岩城宏之指揮OEKによって2003年8月3日に初演されている。

最後に収録された交響的幻想曲「能登」は,このアルバムに収録された曲の中ではいちばん演奏時間が長く,もっともクラシック音楽風の作品である。2003年に開港した能登空港の開港にちなんで,作曲された曲で,「ファンファーレ・フォー・ザ・セレブレーション」と同時期のOEKの演奏会で初演されている。「能登」という具体的な地名がタイトルには付けられているが,能登の民謡をそのまま使っているわけではなく,渡辺さんのイメージの中の能登をラプソディックに描いている。音の雰囲気としては,重厚な大河ドラマの音楽のムードに近いところもあるが,途中,御陣乗太鼓を思わせる部分や,「春の祭典」を思わせるような原始的な音が出てくるのが面白い。渡辺さんの知られざる一面を見せてくれる作品となっている。この曲も,岩城宏之指揮OEKによって2003年8月4日に初演されている。

というようなわけで,このアルバムは,2003年現在の渡辺さんの”作風”の幅の広さを知るのに絶好のアルバムとなっている。渡辺さんは,今後,OEKポップスとの活躍の場を広げていくと思われる。このアルバムでは,渡辺さんの多様性を印象づけてくれたので,次回は,コンセプトを絞った形でのアルバムを期待したいと思う。

録音について
メインとなっているのは,2003年8月に石川県立音楽堂コンサートホールで行われた録音であるが,それ以外は,一言で言うと”寄せ集め”である。広いコンサートホールで収録されたものと,スタジオ録音とでは,音の雰囲気がちょっと違うところがある。そのことが,曲自体の特徴となっているようなところもある。
(2003/12/24)