ムソルグスキー:展覧会の絵[ジュリアン・ユー編曲],プロコフィエフ:古典交響曲
1)ムソルグスキー(ジュリアン・ユー編曲)/組曲「展覧会の絵」
2)プロコフィエフ/交響曲第1番ニ長調op.25「古典交響曲」
●演奏
岩城宏之指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2003年9月3〜5日
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11722(2004年4月7日発売) \2400(税抜)

ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」には有名なラヴェル版を初めとして数多くのオーケストラ編曲があるが,このCDに収録されているジュリアン・ユーのアレンジは,その中でも特にユニークなものである。ユーは中国出身でオーストラリアで活躍する作曲家である。そのプロフィールを反映して中国的な味わいとモダンな感覚とが共存する,オリジナリティのある編曲となっている。

今回の編曲は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)という室内オーケストラ向けの編曲ということで響きは薄いが,打楽器を中心として多彩な楽器が使われているのが特徴である。大編成のオーケストラの持つ厚みのある色彩感とは違う,透き通るような色彩感を持っている。この透明感は,各楽器が1名という室内楽に近い編成となっていることにもよる。きらびやかさと同時に非常にクリアで引き締まった印象の残る演奏となっているが,これは岩城指揮OEKの他の演奏とも共通する持ち味である。

この編曲でまず印象に残るのは,何度も繰り返し出てくる「プロムナード」である。ラヴェル版でのトランペット・ソロによる演奏が「当たり前」となっているこの主題を,ヴィオラが中心となって演奏しているのが意表を突いている。通常,展覧会場といえば「静かな空間」なので,ヴィオラによる落ち着いた足取りも悪くない。

このプロムナードをはじめとして,一つのメロディを複数の楽器で分担して演奏いるのも特徴である。ウェーベルンが編曲したバッハの「音楽の捧げもの」などを思い出させる響きである。メロディをぶつ切りにし,わざと「引っかかり」を作っているようなところもある。この主題に時々「チャララララン」と中国風の合いが絡んでくる。こうやって聞くと,この主題自身,最初から中国風なのでは,と思えてくるところもある。

その後に続く各曲では,ラヴェル編曲を意識しているような所と編曲というよりは作曲に近い所とが混じっている。「古城」ではラヴェル版のサックスの代わりにイングリッシュ・ホルンが使われている。音のイメージとしては近いものがあるが,どこか東洋風の響きに聞こえる。途中,管楽器の特殊奏法で吹き抜ける風のような雰囲気を出しているのも面白い。

「ビドロ」はファゴットで始まりクラリネットが引き継いでいく。これも原曲と似たところがあるが,途中弦楽器が不思議な音で加わってくると非常に不気味な雰囲気になる。後半,トロンボーンの音がブワッという感じで入ってくるとちょっとショスタコーヴィチを思わせる感じになる。「殻をつけたひよこの踊り」は,ピッコロで演奏しているせいか,ラヴェル版よりも音が甲高く,もっと小さいひよこが踊っているイメージがある。

続く,「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」は組曲の中でも,いちばん原曲から離れた雰囲気がある。特にコントラバスとティンパニとピアノによる不気味な音楽前半はかなり自由な編曲となっている。中間部の「タタタタ,タタタ...」という音の連続はラヴェル版ではトランペットで演奏されるが,今回の変奏ではクラリネットで演奏される。トランペットでの演奏も大変そうだがクラリネットの甲高い音の連続もなかなか大変そうである。

「リモージュ」も独創的な編曲である。ここでも,いろいろな楽器が一つのメロディを分けて演奏するのだが,トランペットの音を初め,どこか突拍子もないような響きがして,不思議なユーモアがある。雑然とした市場の雰囲気を表現していると言える。

「カタコンブ」は,この曲の中ではいちばん厳粛な感じがする。「バーバヤガーの小屋」はピアノとマリンバによる打楽器的な音で始まる。ここでも,「古城」の時と同様,風が吹き抜けるような効果音が管楽器の特殊奏法で演奏されている。最後の「キエフの大門」はプロムナードと同様,意表を突く雰囲気で始まる。肩すかしをするかのように弦楽合奏による室内楽的な響きでプロムナードが演奏される。ライナーノートには,「遠くから「大門」を俯瞰するようなイメージ」と書かれているが,「なるほど」という感じである。そのとおり,最後の方ではクレッシェンドをして,どんどん門に近づいて行く。各奏者1人という点を除くと,比較的原曲に近いところはあるが,いちばん最後の部分は,最後の和音が終わった後,鐘の音だけが残る。この余韻を残す味わいには,ロシア風の気分がある。

曲全体として室内オーケストラの編成の薄さを効果的に使い,フル編成のオーケストラ版のゴージャスな雰囲気さは一味違った,ちょっとひねくれたような味を持った編曲となっている。ラヴェルの編曲は,すっかり定番となっておりその地位は揺るがないが,このジュリアン・ユー版の方が知的なムードという点では,上回っているのではないかと思う。

この一味違う「展覧会の絵」に組み合わされているのが,岩城指揮OEKがテーマ曲のように何度も実演で演奏してきたプロコフィエフの古典交響曲である。OEKの熱心な聴衆にとっては,「スタンダード」として耳に刷り込まれている演奏である。こちらの演奏は,「展覧会の絵」とは反対に大変正統的で立派さを持った演奏となっている(「展覧会の絵」の方も誠実に演奏しているからこそ,曲の面白さがストレートに伝わってくるとも言えるが)。この曲は,「小粋な曲」「パロディ」という印象ががあるが,この演奏は,パロディではなく「本当の古典」という感じに聞こえる。岩城自身のこの曲に対する愛情が伝わってくる演奏となっている。

第1楽章冒頭から室内オーケストラとは思えないぐらいの恰幅の良さで始まる。全体に暖かい響きで包み込まれている。すっと音の弱くなる第2主題の辺りの脱力感からは,この曲を繰り返し演奏してきたこのコンビならではの余裕が感じられる。キリっとしたクールさはない代わりに,曲を大切にいつくしむような丁寧さ,誠実さのある演奏となっている。

第2楽章も穏やかで円熟した表現が全編に溢れている。最初の音を聞いただけでホッとする。第3楽章には前楽章と対照的な軽妙さと力の抜けたユーモアがある。第4楽章は動きの速いキビキビとした楽章だが,ここでも慌てすぎることはなく,全体に余裕と豊かさを感じさせてくれる。その中で,ところどころ,ティンパニが強打を加えたり,ファゴットの低音がぐっと聞こえてきたりするのが面白い。オーケストラ全体のリズム感が良く,フルートをはじめとして各楽器の音も鮮明に浮き上がってくる。

曲全体を通し,機械的なクールさのない演奏となっている。20世紀の曲でこういう雰囲気を出すことができるのは,やはりベテラン指揮者とそれを繰り返し演奏してきたオーケストラという組み合わせだからであろう。

このCDに収録された2曲は,どちらも「OEKの顔」となるような曲である。岩城指揮OEKの代表作といえる録音に仕上がっている。

■演奏・録音データ
2003年9月に金沢で行われた演奏会の頃に,石川県立音楽堂で収録されたものである。「展覧会の絵」の方は8月31日に金沢市観光会館で行われたジョイントコンサートで初演されている。その時と同じメンバーがレコーディングに加わっている。古典交響曲は,OEKが本当に頻繁に演奏してきた曲である。OEKが「いつでも演奏できる曲」の一つとして,同時期にレコーディングしたようである。両者ともコンサートミストレスはアビゲイル・ヤングである。

(参考)
チャリティ・ジョイント・コンサート(2003年8月31日) (2004/07/03)