パリは燃えているか:J−テーマ・ベスト!

1)岩代太郎/「あぐり」組曲〜Wonderful days(NHK連続テレビ小説「あぐり」テーマ)
2)加古隆(羽岡佳編曲)/黄昏のワルツ(NHK「にんげんドキュメント」テーマ)
3)加古隆(鈴木行一編曲)/パリは燃えているか(NHKスペシャル「映像の世紀」メインテーマ)
4)谷川賢作(美野春樹編曲)/その時 歴史が動いた(NHK「その時 歴史が動いた」テーマ)
5)大野雄二(羽岡佳編曲)/小さな旅(NHK「小さな旅」テーマ)
6)大島ミチル/風笛(NHK連続テレビ小説「あすか」テーマ)
7)渡辺俊幸/永久の愛(NHK大河ドラマ「利家とまつ 加賀百万石物語」紀行テーマ)
8)千住明/日本映像の20世紀(NHKスペシャル「日本 映像の世紀」メインテーマ)
9)千住明/君を信じて(NHK連続テレビ小説「ほんまもん」テーマ)
10)坂本龍一(鈴木行一編曲)/変革の世紀(NHKスペシャル「変革の世紀」テーマ )
11)小六禮次郎/SAKURA(NHK連続テレビ小説「さくら」テーマ)
12)渡辺俊幸/大地の子(NHKドラマ「大地の子」メインテーマ)
●演奏
セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット*3,4,8,11,12,フリューゲルホーン*1,2,5,6,7,9,10)
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2003年12月9,10,11日、石川県立音楽堂 コンサートホール
●発売/avex Classics AVCL-25013(2004年6月23日発売)コピーコントロールCD   \2800(税抜)


人気トランペット奏者セルゲイ・ナカリャコフが金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢と共演してNHKのテレビ番組のテーマ曲集を録音したCD。近年,ナカリャコフはトランペットのために書かれたオリジナル曲だけではなく,トランペット用に編曲されたいろいろなジャンルの曲へとレパートリーを広げているが,このCDもその一つである(ちなみに,今回の編曲は大半が作曲者自身による編曲である。)。

編曲の主眼は,ナカリャコフの”超絶技巧”を見せることではなく,しっとりとした”歌”を聞かせることにある。ここでナカリャコフは,トランペットとフリューゲルホーンを吹き分けている。ナカリャコフのトランペットの音色は,空気そのもののような自然な軽やかさを持っている。どこを取っても無理のない柔らかさを持つので,伸びやかで自由な歌を感じさせてくれる。フリューゲルホーンは,音域的により「人間の声」に近いので,その特徴がより顕著に出ている。ナカリャコフ自身,フリューゲルホーンを好んでいることがよく分かる。音色的な単調さを防ぐ点でも,2つの楽器を併用していることは効果的である。

アルバム全体は,気持ちの良いヒーリング・ミュージックとして聞くこともできるが,現代日本音楽の一つの方向性を印象づけるアルバムとも言える。テレビ番組のテーマ曲といえば,軽く見られがちだが,実際はこういう分野に現代日本の音楽の才能が集中していると感じさせてくれる。どの曲も,毎日・毎週,繰り返し聞かされる曲だけあって,親しみやすさと聞き飽きるところのない心地良さを持っている。

収録曲の中には,NHKの朝の連続ドラマのテーマ曲が含まれている。このドラマ・シリーズでは,一時期クラシック演奏家が演奏するインストゥルメンタル曲をテーマ曲として使っていたが,そういったテーマが4曲収録されている。ただし,ナカリャコフ自身がテーマ曲を吹いていた「天うらら」は収録されていない(どうせなら,これも収録して欲しかった)。それぞれ,オーボエ,ヴァイオリン,サクソフォーンといった楽器ソロのために書かれた曲だが,木管楽器的な優しさと金管楽器としての輝かしさの両方を備えたナカリャコフのソロで聞いても全く違和感はない。

冒頭の「あぐり」のテーマはハープとフルートの繊細な響きの中からナカリャコフのフリューゲルホーンがパッと立ち上がり,その後流れの良い歌が続く。「ほんまもん」のテーマもフリューゲルホーンの低音がハッとさせてくれる。連続テレビ小説は女性が主人公のドラマばかりだが,ナカリャコフの演奏も,そのヒロインたちを思い出させるような素直な明るさを感じさせる。4曲中3曲はフリューゲルホーンによる演奏だが,それも女性的な優しさを意識してのものなのかもしれない。いくつかのテーマ曲は,初めて聞く曲だったが,どこか懐かしさを感じさせてくれる。

2曲収録されている加古隆の曲は,どちらも深刻さとメランコリックなムードを持つ。ピアノを加えているのでオリジナルの雰囲気とほとんど変わらず,ドラマ主題歌のような甘さとは一味違う,ヒロイックな雰囲気が漂う。アルバム全体のタイトルとなっている「パリは燃えているか」は,それに相応しいスケールの大きさを感じさせる。ナカリャコフのトランペットは,悲劇にヒーローといった気分を感じさせる。

なお,ナカリャコフは,この加古隆が音楽を担当した映画「大河の一滴」にトランペット奏者役として”俳優として”登場したことがある。この映画の舞台は金沢でしかもナカリャコフは「金沢フィル(もちろん架空の団体)というオーケストラのオーディション受けに来るロシア人トランペット奏者」という役柄を演じた。そういう点では,今回のOEKとナカリャコフとの共演は,映画の続きを見るような因縁の共演とも言える。

その他,注目されるのは,OEKの”テーマ曲”化しつつあるNHK大河ドラマ「利家とまつ」の「永久の愛」が入っている点である。2002年に放送されて以来,これで早くも3回目の録音である(1回目はオリジナルの樫本大進版,2回目はメラニー・ホリディ他によるイタリア・アリア風アレンジ版)。ちなみに,「大地の歌」のテーマの方もOEKとしては2回目の録音である。1回目は渡辺俊幸作品集「浪漫紀行」の中に収録されている。オリジナル版は,ホルン独奏で始まるので,今回の作曲者自身による編曲版と聞き比べをするのも面白いだろう。

このCDはナカリャコフが主役というアルバムであるが,ナカリャコフとOEKのための編曲ということもあって,派手さよりもしっとりとした情感や精緻さを感じさせてくれる。指揮の金聖響とOEKとの共演CDはこれで4枚目となるが,ナカリャコフの”歌”を堪能させてくれながらも,このコンビらしい爽やかな空気も感じさせてくれる。曲によってはナカリャコフだけが突出せず,OEKのソロを生かしている編曲もある。

全体として印象的なモチーフを素直に繰り返すような分かりやすいアレンジが多く,オリジナルの雰囲気をそのまま残している。その一方,アルバム全体としての統一的なイメージも伝わってくる。その結果,「新しい日本の抒情歌集」という,ちょっと面白い位置づけのアルバムに仕上がっている。OEKのポップスオーケストラとしての柔軟性がナカリャコフの柔軟性と一致した完成度の高いアルバムと言える。

●録音
ナカリャコフは2003年12月の定期公演(ファンタジー公演)に登場したが,その時に合わせてレコーディングされてたもの。ただし,ライブ録音ではない(定期公演の指揮者は天沼裕子だった)。(2004/08/13)