中村紘子「ルービンシュタイン没後20年メモリアル」公演

ショパン/ピアノ協奏曲第2番ヘ短調,op.21
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調,op.73「皇帝」
●演奏
中村紘子(ピアノ)
ギュンター・ピヒラー指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●発売/エイベックス・クラシック AVCL-25001(2003年10月22日発売)
●録音/2003年3月24日 サントリーホール(東京)・ライヴ録音・コピーコントロールCD   \2800(税抜)

これまでクラシック音楽のCDを作ってこなかったエイベックス社が"avex-classics"として,クラシックCD業界に本格的に参入することになった。その第1弾がこの録音である。このCDでピアノを弾いている中村紘子が,長年専属アーティストとして所属していたソニーからエイベックスに移籍したことでも話題を集めた。

中村紘子とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1,3番のCDをすでに録音しているので,ベートーヴェンの「皇帝」を含む今回の録音には,その続編的な意味もあるが,それよりも今回は,2003年春に行われた「ルービンシュタイン没後20年記念メモリアル」公演のライブ録音であることがキャッチフレーズとなっている。この演奏会で演奏された2曲はいずれも,往年の名ピアニスト・アルトゥール・ルービンシュタインが好んで演奏していた曲である。この2曲を組み合わせたCDは珍しいが,これには,ルービンシュタインへのオマージュの意味合いがある。

「ルービンシュタイン没後20年記念メモリアル」公演というのは,ポリーニ,キーシンといった現代を代表するピアニストたちによって世界各地で行われた「シリーズもの」の演奏会のことである。その"日本代表”として中村紘子が選ばれ,さらにそのパートナーとしてOEKが選ばれた。このことは,OEKファンとしてはとても嬉しいことである。

今回のライブ録音は,細かい編集をあまり行っていないようだが,そのことがこの録音のいちばんの魅力となっている。前へ前へと進もうとする,中村さんのピアノの勢いが非常によく伝わってくる。どの部分をとっても堂々とした自信と輝きに溢れ,「ルービンシュタイン・メモリアル」という冠称に相応しい。スタジオ録音ほどの完成度の高さはないが,それ以上に曲全体を一気に演奏したような勢いの良さを感じさせてくれるのが素晴らしい。聞いていて気分が高揚してくる。

中村さんのタッチは非常に硬質で,酔わせるよりは,きらびやかさを感じさせてくれる。フォルテの音色などは,金属的な響きに感じられるところがあり,聞いていて疲れるところもあるが,曲全体に漂う積極性と華やかさは,中村さんならではある。特にショパンの第2楽章での自信に溢れた歌い方などを聞いているとホテルの最上階のラウンジから宝石のような夜景を眺めるような(何とも陳腐な表現ですが)ゴージャスな気分に浸ることができる。3楽章のホルンの信号の後の勢いのある弾きっぷりも最高である。

「皇帝」の方も第1楽章から気合が入り,気持ちが乗っている様子が音となって伝わってくる。展開部での「ガンガガン」と言う感じの強打の連続は,「ちょっと傍若無人かな」という感じで,ベートーヴェンとしては「やりすぎ」なのかもしれないが,聞いていてわくわくさせてくれる。2楽章にはショパンの2楽章と通じるきらびやかさがあると同時に落ち着いた大人の貫禄を感じさせる。3楽章もライブならではのノリの良さと熱を感じさせてくれる。

中村さんのピアノ同様にピヒラー指揮OEKの伴奏も非常に積極的である。オーケストラとピアノとがぶつかり合い,それでいて信頼関係を感じさせる。中村さんが勢いよく切り込んでくるのをOEKがしっかりと受け,負けずに切り返す,といった丁々発止のやり取りが感じられる。ショパンの3楽章のクラリネットの音の意味深さ,皇帝の第2楽章の最初の低音の効果,ショパンの第2楽章中間部の不吉な感じの弦の響きの音や第3楽章のコルレーニョなど,録音もとてもリアルである。各楽器の音が非常に鮮明に聞こえるのが素晴らしい。

中村紘子さんは,いろいろな場所でOEKのことを大変高く評価しているが,今回の録音で,ベートーヴェンのピアノ協奏曲の録音が3曲になった。この際,第2番,第4番も録音し,是非,貫禄と華やかさの溢れるピアノ協奏曲全集を作ってもらいたいものである。

●録音について
この録音は先にも書いたとおり2003年3月24日に東京のサントリー・ホールで行われたコンサートのライブ録音である(ちなみにこの演奏会は北陸朝日放送がライブ収録しており,石川県では,テレビ放送されている)。OEKのCD録音でこのホールが使われたのは初めてのことである。ホールの残響も豊かに入っていて,クリアさと柔らかさを同時に感じさせてくれる。ショパンの後の拍手はカットされているが,ベートーヴェンの後には盛大が拍手が収録されている。その他,演奏中の客席のノイズなどもかなり盛大に入っている。(2003/11/23)