菊池洋子モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番,ソナタイ短調他
1)モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466(カデンツァ:ベートーヴェン)
2)モーツァルト:きらきら星変奏曲(フランスの歌「ああ,ママに言うわ」による12の変奏曲)ハ長調K.265
3)モーツァルト:ピアノ・ソナタ第9(8)番イ短調,K.310
●演奏
菊池洋子(ピアノ)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1)
●録音/2006年9月17,18日(1);2006年8月15〜16日(2,3)石川県立音楽堂コンサートホール(9月18日はライブ録音)
●発売/avex-classics AVCL-25118(2006年11月15日発売) \3000(税込)


2005年に発売されたピアニスト菊池洋子による「モーツァルト・アルバム」に続く,シリーズ第2作。このアルバムも協奏曲とソナタの組み合わせという同様の構成になっている。ただし,指揮者は沼尻竜典から井上道義に代わり,演奏の一部は,ライブ録音になっている。

菊池のモーツァルト演奏については,第1作が国内の「ミュージック・ペンクラブ賞」を受賞するなど,評価が高かったが,今回の録音は,その評価をさらに確かなものにする演奏である。短調の協奏曲と短調のソナタの組み合わせということで,より積極的な表現意欲の溢れたアルバムとなっている。

演奏会のライブ録音と(恐らく)そのリハーサルとを組み合わる形で収録した第20番は,全般に速目のテンポで演奏されており,拍手は収録されていないものの,ライブ的な雰囲気を持った生気のある演奏となっている。第1楽章のOEKのみによる序奏部分から音の流れの勢いを感じさせてくれる。それを受ける木管楽器群の瑞々しさは前回の第21番の録音と同様である。

この序奏を受けて登場する菊池のピアノは,堂々としたものである。表情は豊かだが,過度にセンチメンタルな思い入れはなく,OEKと正面から向き合っている。それが大変清々しい。同時に,楽章最後のカデンツァなどでは,重みのある音楽を聞かせてくれる。

第2楽章もまた,速目のテンポで始まる。淡々と演奏しながら,さりげない悲しみを感じさせてくれるあたりに菊池の演奏のセンスの良さがある。中間部では,十分な激しさを持ちながらも余裕のある表現を聞かせてくれる。

第3楽章は,キレの良い鮮やかな技巧を堪能させてくれる。力みすぎず,軽やかに音符が転がる様は,モーツァルトにぴったりである。この楽章の前半でも悲しみをにじませているが,どこか「明るい未来」を内包しているような若いエネルギーを感じさせる。第1楽章同様,十分な間を取った深いカデンツァの後,輝くような弾むようなエンディングとなる。この曲のエンディングについては,演奏によっては,唐突に明るくなったように感じられることもあるが,菊池さんの場合,演奏自体にエネルギーがあるので,とても自然な明るさに感じられる。

後半は前作同様,ピアノ独奏曲が収録されている。キラキラ星変奏曲は,思わずホッとさせてくれるようなシンプルな音で始まる。演奏が始まったとたん,空気が澄み渡ってくるようである。テンポはゆっくりしているが,技巧が安定しているので,音楽全体にしなやかさと余裕が漂う。各変奏ともに,間をたっぷり取っており,せせこましいところは皆無である。特に短調になる変奏での内に秘めたような表情の豊かさが印象的である。このようなペースでしっかりと弾かれているので,この小品が,次第に堂々とした建物のようになってくるのも素晴らしい。

アルバムの最後は,モーツァルトのピアノ・ソナタの中でも強い個性を持つ,イ短調のソナタで締められる。この演奏も,しっとりとした滑らかさとゆとりを持って始まる。激しい悲しみやとげとげしいところはなく,ひたすら美しいが,そのことによって,一層深い悲しみを伝えてくれるようである。第2楽章では,このしっとりとした情感がさらに深く染み渡る。第3楽章は,切迫する悲しみを持った音楽であるが,それでもせせこましく聞こえないのが,菊池の良さである。

今回収録されている3曲中の2曲は,「短調のモーツァルト」の代表作だったが,いずれも,悲しみを強調し過ぎず,自然な美しさを感じさせてくれる点が素晴らしかった。菊池のピアノは,前作同様,正統的でありながら新鮮で,センスの良いアプローチを聞かせてくれた。今回はさらに自信に満ちた響きを聞かせてくれた。この菊池とOEKによる協奏曲シリーズの続編に期待したい。

■録音
2006年9月18日に石川県立音楽堂で行われたOEKの定期公演で演奏されたモーツァルトのピアノ協奏曲第20番の演奏を中心に収録された録音である。ピアノ・ソナタの方はその1ヶ月ほど前に,セッション録音されている。このピアノ・ソナタについては,その後,10月に同じ金沢市のアートホールで行われたリサイタルでも演奏されているので,菊池は3ヶ月連続で金沢で演奏を行ったことになる。

前回同様,ピアニスト中心の録音であるため,コンサートマスターをはじめとしたメンバー表が付いていないのは残念だが,定期公演の情報によるとサイモン・ブレンディスがコンサート・マスターであった。また,オーケストラは第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置だった。なお,この録音は,Super Audio CD層と通常のCDの2層からなる,「ハイブリッド仕様」となっている。(2007/01/01)