菊池洋子モーツァルト・アルバム
1)モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467(カデンツァ:菊池洋子)
2)モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調,K.331「トルコ行進曲付き」
●演奏
菊池洋子(ピアノ)
沼尻竜典指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1)
●録音/2005年3月24〜25日石川県立音楽堂コンサートホール
●発売/avex-classics AVCL-25041(2005年8月24日発売) \3000(税込)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,ワーナー・ミュージック・ジャパンから月1枚のペースでCDを発売しているが,avex-classicからもかなり頻繁に新譜が発売されている。こちらの方は協奏曲の伴奏を担当するような録音が多い。今回は若手ピアニスト,菊池洋子のデビュー録音の伴奏としてOEKが登場した。指揮は沼尻竜典である。

この録音はそのタイトルどおり,菊池洋子のピアノが主役である。アルバムの後半はピアノ・ソナタとなっているようにOEKは脇役ではあるがアルバム自体の完成度は非常に高い。菊池洋子とOEKとは定期公演でも一度共演しているが(  年  月,ギュンター・ピヒラー指揮),その相性の良さを示している。続編を期待したくなるような魅力的な録音となっている。

今回収録されている2曲はいずれもモーツァルトのピアノ曲の代表作である。協奏曲とソナタという組み合わせは,それほど多くはないが,ほとんど新人といっても良い菊池のピアノの魅力を多面的に味わうには好都合である。非常に親しみやすい明るさを持った2曲に対して,菊池のピアノは正統的かつ新鮮でセンスの良いアプローチを見せている。

最初のピアノ協奏曲第21番の方は,OEKの定期公演でも取り上げられた曲である。今回のデビュー・アルバムにも取り上げたところから見ても,彼女の十八番のレパートリーと言える。その自信を示すようなしっかりとした演奏となっている。曲は,OEKのみによる軽快な演奏で始まる。沼尻の指揮は非常にスマートなものである。しなやかな歌と気持ちの良いリズムが,最上のバランスでブレンドされている。演奏全体に心地良い推進力と洗練味があるのが素晴らしい。

これを受けて登場する菊池のピアノもこのOEKの雰囲気とピタリと合っている。ダイナミックスやテンポに大きな変化をつけているわけではないのだが,退屈することはない。小賢しいところが無く,極めて自然な表情を持った演奏となっている。よくコントロールされた粒立ちの良い音で弾かれているので,モーツァルトの音楽の美しさが自然にコロコロと湧き出てくるようである。

長調の部分に何の翳りも不安もないので,音楽が一瞬短調に変わっただけで,その表情がとても深いものに感じられ,ドキリとさせられる。その後,再度長調に戻る第2主題の幸福感に満ちた歌も素晴らしい。カデンツァは菊池の自作だが,モーツァルトの曲との違和感が全然ない。新鮮なセンスの良さが時折キラリと光るような見事なカデンツァだと思う。

第2楽章はやや速めのテンポで演奏されている。沼尻/OEKの作る基本的なリズムは軽やかなので,非常にさらりとした感触が残る。その上に,爽やかな甘さとほのかな憂いが漂う。菊池のピアノが加わると,さらに心に染みる歌となる。ここでも音楽は自然に流れ,人工的な冷たさは全然ない。シンプルな曲をシンプルに弾いて,これだけの豊かさを感じさせてくれるのは,菊池のピアノのタッチとモーツァルトの曲との親和性の高さを示している。甘いだけではなく,引き締まった表情と前向きな生命力を感じさせてくれるのも素晴らしい。

第3楽章も,大騒ぎすることはない。軽快でマイルドな音楽を楽しむことができる。この楽章では,時々,アドリブ的な音符も加わり,フィナーレに相応しい愉悦感にも溢れている。音楽のノリの良さが素晴らしい。

全曲を通じて,気負いがなく,余裕を持って演奏されているのが素晴らしい。モーツァルトを演奏する喜びに満ちたこの演奏は,聞く人すべてに喜びを与えてくれるだろう。

アルバムの後半は,菊池の独奏となっている。そのこともあり,より自在な表情の変化を楽しめる。このソナタも,モーツァルトのピアノ曲の中でも特に親しまれている名曲だが,そのお馴染みの曲から,新鮮さと幸福感に満ちた表情が引き出されている。

変奏曲形式の第1楽章では,変奏ごとに多彩な表情が湧き出てくるようである。主題及び各変奏は,きちんと繰り返しが行なわれているが,それが全く退屈ではない。主題は,何の衒いもなく,純粋無垢に演奏される。続く変奏も厚化粧することなく,シンプルに曲を伝えてくれる。ピアノの音はクリアで音にキレがあるのが気持ち良い。所々,アドリブ風の音が入るが,センス良く控えめに入っているので,全く嫌味なところはない。ほっと和ませてくれるような「遊び」となっている。

短調の変奏に入る前に,大きな間が入るのも効果的である。これまでの音楽の流れがパッと止まるのでハッとさせられる。その後,迫した音の流れが心に染み込んで来る。この部分は非常に魅力的である。次の変奏で,曲は長調に戻るがその気分の変化のさりげなさもセンスが良い。この人のピアノの良さは,この「やり過ぎない,さりげなさ」にあると思う。微妙な陰影の変化を持つモーツァルトの音楽を再現するにはぴったりの才能である。

この楽章では,1つ1つ変奏が進むにつれて,次はどういう表情を見せてくれるのだろうか?と楽しみなってくる。しかも,何回聞いてもその新鮮さは失われない。菊池のピアノの「さりげない表情の変化」の美しさがモーツァルトの曲の魅力にピタリと合っているからだと思う。

第2楽章も穏やかで力みの無い表現で一貫している。音楽に微笑みがあり,喜びが込み上げてくる。そのためことによって,短調の部分が非常に切なく美しく響く。中間部の静かな部分の夢を見るような美しさも印象的である。

第3楽章「トルコ行進曲」は,落ち着きのあるテンポでしっかりと演奏される。しかし,リズムがとても軽やかなのでもたれることはない。自然なテンポなので,細かい音符の粒立ちもとても気持ちよく響く。次第にアドリブが加わってきて,ハッとさせられるが,フォルテの音が全くうるさくないので,上品なユーモアと感じられる。コーダでも声高になることはなく,軽いリズムと自然な音の流れに身をまかせている。

今回の菊池洋子のモーツァルト・アルバムでは,「落ち着きと変化」「斬新さと穏やかさ」「流れの良さとリズムの軽さ」といった色々な要素が非常にバランス良く,自然な表情の中にまとめられている。好感度抜群のモーツァルトである。

■録音
近年のOEKのレコーディングとしては珍しくライブ録音ではない。2005年3月24〜25日に石川県立音楽堂で収録されている。コンサートマスターをはじめとしたメンバー表が付いていないのは残念だが,ピアニスト中心のアルバムなので仕方が無い面もある。この録音は,Super Audio CD層と通常のCDの2層からなる,「ハイブリッド仕様」となっている。どちらのCDプレーヤーでも対応可能とのことである。今回のアルバムの心地良さは,この録音の良さによる面も大きいと思う。(2005/09/26)