ピエ・イエス:祈りを込めて/森麻季
1)モーツァルト/モテット「喜べ躍れ,幸いなる魂よ」K.165
2)モーツァルト/ミサ曲ハ短調,K.427〜精霊によって処女マリアより御体を受け,わたしたちは主をほめ
3)ハイドン/オラトリオ「天地創造」〜レチタティーヴォ「神はまた言われた「血は青草と,種をもつ草と」,アリア「今や野はさわやかな緑を」,レチタティーヴォ「神はまた言われた「水は生命もちゆれ動く生き物を」,アリア「力強い翼を広げて」
4)バッハ,J.S./マタイ受難曲BWV.244〜レチタティーヴォ「あの方は良いことだけをされました」,アリア「愛ゆえに主は死にたもう」
5)バッハ,J.S./ヨハネ受難曲BWV.245〜アリア「溶けて流れよ,わが心よ」
6)フォーレ/レクイエム〜ピエ・イエス
7)フランク/天使の糧
●演奏
森麻季(ソプラノ)
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(通奏低音:ルドヴィート・カンタ(通奏低音),辰巳美納子(オルガン,チェンバロ)),加納律子(イングリッシュ・ホルン*4,5),水谷元(イングリッシュ・ホルン*4),岡本えり子(フルート*5)

●録音/2007年7月10-13日 石川県立音楽堂
●発売/エイベックス・エンタテインメントAVCL-25182(2007年11月21日発売)\3000

日本を代表するソプラノ歌手の一人,森麻季さんと金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による宗教曲のアリアを中心にしたアルバム。森さんとOEKは頻繁に共演を行っているが,CDでの共演はこれが初めてである。今回収録されている作品は,モーツァルト,ハイドン,バッハ,フォーレ,フランクと多様だが,雰囲気に統一感があり,聞き手の耳を癒してくれる作品が続く。

アルバム全体として森さんのヴィブラートの少ないまっすぐに伸びる透明な声の美しさが特に印象的である。構成は,華やかさのあるモーツァルトの曲の後,バロック?古典派時代の宗教曲の精髄のようなアリアが続き,最後,フォーレとフランクというフランスの曲で締める形になっている。

最初のモーツァルトのモテットは,宗教曲というよりは,声楽による協奏曲のような作品で,森さんのコロラトゥーラの精緻さを堪能できる。非常に丁寧な歌で雑なところが全くない。OEKの演奏も古楽奏法を取り入れているようで,透明ですっきりとした清清しい空気を作っている。ただし,華麗な作品ではあるが,キラキラとした感じよりも奥ゆかしさを感じさせるところがある。ストレートさよりも翳りやしっとりとした気分を感じさせてくれるのが森さんの歌の持ち味だと思う。

この気分は,次のハ短調ミサ曲の第3曲「クレド」の中のアリアでさらに強くなっている。この曲はOEKは既にロルフ・ベック指揮の全曲盤(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭のライブ録音)があるが,その演奏よりもさらに濃厚な情緒が感じられる。演奏時間が8分もある曲だが,まさに至福の時間である。森さんの声には,繊細さに加え艶やかさもあり,OEKの木管楽器のソロと絡み合って,非常に親密なムードを出している。個人的に,このアルバムの中でいちばん気に入っている曲である。

同じミサの第2曲「グローリア」の中のアリアの方は,より快活で,第1曲のモテット同様,上品で上質なコロラトゥーラを堪能させてくれる。

ハイドンの「天地創造」からのアリアは,それぞれ,レチタティーヴォとアリアという形でセットで歌われている。そのことにより,アリアだけが歌われるよりも奥行きが出ている。バッハの受難曲からの2曲は,オーケストラ伴奏というよりは室内楽編成による伴奏であり,ジャケットにも通奏低音とオーボエ,イングリッシュ・ホルン,フルートの演奏者名がクレジットされている。素朴さのあるハイドンからバッハへと次第に深い世界に入っていくような感覚を味わうことができる。

最後の2曲はフランスの曲である。フォーレのレクイエムの曲は,このアルバム全体のタイトルにもなっている「ピエ・イエス」である。ボーイ・ソプラノを思わせるヴィブラートの少ない素直な声なのだが,遅目のテンポで歌われていることもあり,非常に神秘的なムードが漂っている。是非,OEKと全曲を演奏してもらいたい作品である。

トリで歌われているフランクの作品は,2008年のニューイヤー・コンサートでも歌われた曲で,とても親しみやすい曲である。ただし,アルバム全体の雰囲気からすると,少しこの曲だけ異質な雰囲気を持っている。少々大げさな序奏をはじめとして,フランクのオリジナル曲ではないような気がする。これまでの禁欲的な気分が一気に開放されてしまったような感じがする。悪くはないけれども...この曲だけは別のアルバムに収録すべきだった気がする。

●録音
2007年7月10-13日石川県立音楽堂で行われたセッション録音である。今回の収録曲のうち,モテットは2006年1月の定期公演,天使の糧は2008年1月の定期公演で歌っているが,それ以外の曲はOEKと演奏するのは初めてだと思われる。

(2008/04/05)