ジャクリーヌの涙/遠藤真理
1)サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番イ短調op.33
2)チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲op.33
3)オッフェンバック(トーマス=ミフネ編曲):ジャクリーヌの涙
●演奏
遠藤真理(チェロ)
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2005年5月4〜6日石川県立音楽堂コンサートホール
●発売/avex-classics AVCL-25042(2005年10月26日発売) \3000(税込)

2003年の日本音楽コンクールで第1位を獲得した新人チェリスト遠藤真理が,金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演したアルバム。これは遠藤真理のデビュー盤である。CDの背には「ジャクリーヌの涙/遠藤真理」とだけ書かれているので,OEKと共演していることが一見分かりにくいが3曲ともOEKが伴奏を行なっている。収録されている曲の中でいちばん演奏時間が短く,最後に演奏されている「ジャクリーヌの涙」をタイトルとして持って来ているのは,販売上の戦略だろう。

ただし,演奏時間的には前半2曲の協奏曲的作品がメインであり,「ジャクリーヌの涙」は,アンコール曲的な位置づけで演奏されている。サン=サーンスのチェロ協奏曲とチェイコフスキーのロココ変奏曲の組み合わせは,時間的なバランスの点でも,両者とも曲がきっちりとまとまっているという点でもバランスが良い。OEKが伴奏するのに絶好のロマン派のチェロ協奏曲2曲のカップリングと言える(両曲とも作品番号が33というのもゴロが良い)。

遠藤真理のチェロは,デビュー盤ということもあり,大変仕上がりの良い演奏を聞かせてくれる。サン=サーンスは,3つの部分に分けられる単一楽章の曲である。第1部では,曲の冒頭からスピードに乗った若々しい音楽を聞かせてくれる。これは金聖響指揮OEKによるキリっとしたサポートに因るところも大きいだろう。反対にテンポが遅くなる第2主題では,デリケートでありながら憧れに満ちた表情を見せてくれる。演奏全体に言えることだが,安定した技巧の上に常に前向きな表現意欲が溢れているのが気持ち良い。

第2部は弦楽器のひっそりとした音から始まる。古典派音楽を聞くような清潔さは,室内オーケストラならではである。その上に遠藤の滑らかな歌が加わってくる。チェロとオーケストラのしっとりとした絡み合いが美しい。第3部は,第1部の主題を回想しながら,次第に熱を帯びて盛り上がってくる。ここでも,遠藤のチェロは安定している。速いパッセージでも乱れることはなく,鮮やかかつエレガントである。

チャイコフスキーのロココ変奏曲の方もサン=サーンスと同様,完成度の高い,バランスの良い落ち着いた音楽を聞かせてくれる。変奏曲ということで,軽い動きの曲,たっぷりと歌う曲などいろいろな性格の曲が混在しているが,それらが大変バランス良くまとまめられている。「ロココ」という雅やかなネーミングにはぴったりの演奏となっている。

特に第3変奏では,「いかにもチャイコフスキー」という感じのメランコリックで美しく引き締まったカンタービレを堪能させてくれる。その後も高音が出てきたり,速いパッセージが出てきたり,カデンツァ風の部分になったりと,いろいろ変化に富んだ音楽を聞かせてくれる。変奏曲の場合,曲の構造上,ソナタ形式の曲よりは間延びして聞こえることもあるが,遠藤の音は常に密度の高さを感じさせてくれるので,弛緩することがない。全体的に大変聞き応えのある音楽となっている。

OEKの演奏では,ホルンや木管楽器群などの瑞々しい音が合間に入ってくるのが素晴らしい。各変奏ごとの表情の変化も大変鮮やかだが,基本的には遠藤の演奏にぴったりの正統的で爽やかな演奏を聞かせてくれる。最後の変奏には,若い指揮者と若いソリストによる演奏ならでは軽快なスピード感が溢れており,気持が良い。

最後に演奏されている,オッフェンバックの「ジャクリーヌの涙」は「知られざる名曲」といっても良い曲で,1980年代後半以降知られるようになった作品である。「オッフェンバック=フレンチ・カンカン=馬鹿騒ぎ」という一般的な連想のリンクを吹き消してくれるような素晴らしい作品である。「涙」というネーミングどおり,メランコリックに始まるが,途中からその涙を拭き取るかのように明るさを帯びてくる。OEKの暖かみのある弦楽器群の演奏の上で,遠藤は,その絶妙な転調を感動的に表現している。クライマックスでの潤んだような高音の美しさは絶品である。この演奏を聞くと,今回のアルバムのタイトルが「ジャクリーヌの涙」となっているのも納得できる。彼女の潤いのある音が最高に生きた演奏となっている。

アルバム全体を通じて,遠藤のチェロの音色には,常にしっとりとした潤いと落ち着きがある。どの音域の音もムラなく美しく,音楽の流れもとても良い。そのため,音楽のスムーズの流れに身を任せているだけで,充実感が身体の中に残る。演奏全体としては,とてもニュートラルなのだが,それでいて存在感を残してくれる。遠藤はまだ若いチェリストなので,今後より個性的な表現を目指すようになるかもしれないが,このアルバムは完成度の高いデビュー盤として価値を落とすことはないだろう。

■録音
2005年5月4〜6日に石川県立音楽堂で収録されている。avexの他のCD同様,コンサートマスターをはじめとしたメンバー表は付いていない。この録音は,Super Audio CD層と通常のCDの2層からなる,「ハイブリッド仕様」となっている。どちらのCDプレーヤーでも対応可能とのことである。

遠藤真理とOEKの共演だが,2005年の3月の定期公演で,ボッケリーニのチェロ協奏曲を演奏している。また,レコーディング前日の5月3日の「もりのみやこコンサート」でもOEKと共演している。その時は,「ジャクリーヌの涙」が演奏されたようである。
(2005/12/10)