金聖響+OEKベートーヴェン・シリーズ(4)
1)ベートーヴェン/交響曲第6番へ長調,op.68「田園」
2)ベートーヴェン/バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲,op.43
●演奏
金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●発売/Avex-classics AVCL-25098(2006年7月26日発売)
●録音/2006年1月25,26,29日 石川県立音楽堂コンサートホール ※1月29日のみライブ録音  \3000(税抜)

金聖響とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の組み合わせによるベートーヴェンの交響曲シリーズの第4弾。このシリーズは,2003年にスタートし,第2番+第7番,続いて第3番と2ヶ月連続で発売されたのだが,その後,2004年の第5番からは1枚に1つの交響曲を収録する形に変わり,それと合わせるかのように,発売のペースがダウンした。今回は,2年ぶりの発売ということになる。

また,これまでワーナー・ミュージック・ジャパンから発売されていたものが,今回からはAvex-Classicに変更になった。CDのジャケットの雰囲気はそのまま,レコーディング・スタッフもそのままで,レーベルだけが変更になるというケースはかなり珍しいことだと思うが,近年の国内のCD業界の事情を反映しているのかもしれない。

ベートーヴェンの「田園」については,OEKは過去2回録音を行っている。2005年にはピヒラーさん指揮の録音がリリースされたばかりなので2年連続の発売ということになる。演奏の特徴は,これまでどおり,「現代楽器による古楽器風演奏」なのだが,「田園」という曲の特徴を反映して,これまで発売されてきた「奇数系」の交響曲とは一味違った演奏となっている。

今回の「田園」の演奏のいちばんの特徴は,演奏全体に漂う透明感である。その響きに浸っているだけで気持ちの良い演奏である。これは,録音の力による面も大きい。これまでのこのシリーズでは,ライブ録音のテイクを中心としていたが,今回の「田園」では,レコーディング・セッションによる録音となっている。そのこともあり,これまでのベートーヴェン・シリーズ以上に鮮明なサウンドが広がっている。

これはAvexによるOEKの他のCD録音についても感じていることなのだが,SACD(Super Audio CD),DSD(Digital Stream Digital)といった新しい録音技術は,OEKのような室内オーケストラのレコーディングの場合に特に大きな効果を発揮しているのではないかと思う。その分,1枚あたりの価格が3000円と高くなっているのだが,その分じっくり味わいたくなる面もある。これまでのシリーズ同様,すっきりとしたノンヴィブラートの弦楽器の響きが主体なのだが,その美しさがさらにクローズアップされているような気がする。

このすっきり感は,第1楽章の冒頭から顕著である。曲は低弦から始まるのだが,そのスーッと伸びる音の美しさに,まず惚れ惚れとする。各楽器の音の分離がはっきりしているので,室内楽のように響く。テンポは中庸で,音の絡み合いを余裕を持って楽しむことができる。ちょっとレガート気味に入ってくる「タタタタタタタ」といった木管楽器の音も非常に気持ち良い。第2主題の滑らかな響きの中に浮かび上がってくるホルンの高音,その後に続く瑞々しいオーボエの音などすべての音が鮮やかに迫ってくる。

このような感じで一つづつ書いていくとキリがない,総ての音が磨き抜かれていながら,曲全体としては音楽の流れの自然さを伝えてくれるのが素晴らしい。全曲を通じて,すっきりとしてながらとても艶やかなイメージを持った演奏となっている。

第2楽章もやや速目のテンポですっきりと演奏されるが,第1楽章同様,磨きつくされていながら作為的なところがない。この楽章でも「タタタタタタ」の音型が,ざわめくような雰囲気で演奏されているのが印象的である。楽章の中盤以降の木管楽器群の響きも鮮やかである。普通の録音では聞こえてこないような,エコーのような音型がいろいろな楽器の間から縫って出てくるような部分があるのだが,その辺がとても面白い。楽章最後の鳥の声の模写の部分も非常に臨場感がある。

第3楽章は推進力と力感があり,大変若々しい演奏になっている。どの楽器の響きも美しいが,ここでは特にオーボエの響きが大変美しい。なお,第3楽章の繰り返しは,岩城さんはいつも行っていなかったが,ここでは行われている。この推進力は,次の第4楽章の「嵐」まで続く。ここでは,これまで「奇数系」の曲で金聖響さんが聞かせてくれた,キレ味鋭い音楽を楽しむことができる。今回は録音が特にクリアなので,低弦の速い動きやズシリと打ち込まれるティンパニの響きなどが迫力たっぷりに収録されている。

第5楽章は,再び,平和で透明な世界に戻る。クラリネットに続いて出てくる,ホルンののどかな響きがとても美しい。ノンヴィブラートで演奏される弦楽器による第1主題も牧歌的な気分にぴったりである。その後は,のんびりとしているだけではなく,平和な気分を楽しもうと,曲全体が軽やかに弾んだ雰囲気となる。最後の部分は,その分じっくりとテンポが落とされ,風格を持って締められる。

最後に収録されている「プロメテウスの創造物」序曲は,定期公演の際,アンコールとして演奏された曲である。がっちりとした和音で始まった後,弦楽器に急速なパッセージが出てくるのだが,この部分の鮮やかさは本当に素晴らしい。OEKの弦楽器の素晴らしさをアピールしているようである。ライブ録音ならではの高揚感も感じられ,このCD録音全体のアンコール的な位置づけとなっている演奏である。そのことを意識してか,曲の最後の部分に,当日の拍手も収録されているが,この拍手については,これまでのシリーズでは全く入れてこなかったので,無くても良かったのではないか,と個人的には思う。

今回の「田園」も,これまで発売されてきた金聖響/OEKによるベートーヴェン・シリーズ同様,徹底した表現を自然に,しかし。しっかりと感じさせるてくれる演奏となっていた。今回,CDの発売元が変更になったが,これで9曲中の5曲の録音が完了したことになるので,ここまで来たらライブ録音とレコーディング・セッションとを併用しながら,金聖響さんの意図の貫徹した完成度の高い全集を完成させて欲しい。

■録音データ
2005年1月25,26,29日に石川県立音楽堂で録音されている。このうち,1月29日だけは第194回定期公演のライブ録音である。私自身,この定期公演には出かけられなかったのだが,「プロメテウスの創造物」序曲は,アンコールとして演奏された曲のようである。

「田園」の方も1月29日の定期公演で演奏されているのだが,今回の録音では,その音源ではなく,リハーサル等の音源を中心に使っているようである。ちなみに,1月27日には,金聖響さんとOEKは,東京のすみだトリフォニーホールで行われた「地方都市オーケストラ・フェスティバル2006」に参加している。その時にも「田園」を演奏している。このCDのジャケットの写真は,すみだトリフォニーホールでのリハーサル光景を撮影したもののようである。

今回のCDにはレコーディングに参加したメンバー・リストが付いていないのが非常に残念だが,この写真を見る限りでは,コンサート・マスターはアビゲイル・ヤングさんでティンパニは渡邉昭夫さんが担当している。オーケストラの配置は,チェロとコントラバスが下手に来る古典的な対向配置となっている。ティンパニとトランペットが上手奥,ホルンが下手奥に配置していることも分かる。

■演奏時間の比較
過去OEKが録音してきた「田園」と演奏時間の比較してみた。「田園」の第1楽章と第3楽章の大きな時間差は,繰り返しの有無によるものである。
  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 第5楽章 合計
今回の録音 11:35 11:37 5:01 3:26 8:58 40:37
ピヒラー/OEK(2003年) 12:03 12:01 5:20 3:40 9:08 42:12
岩城/OEK(1994年) 9:17 11:02 2:54 3:33 9:39 36:25
(2006/08/17)