金聖響+OEKベートーヴェン・シリーズ(3)
(Disc1:CD)
1)ベートーヴェン/交響曲第5番変ホ長調,op.67「運命」
2)ベートーヴェン/「エグモント」序曲,op.84

(Disc2:DVD)
「運命」との対話:a dialogue with fate(リハーサル風景&インタビューにより構成されたドキュメンタリー映像作品)
●演奏
金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパン WPZS-3005〜6(2004年8月4日発売)
●録音/2004年4月7-10日,石川県立音楽堂コンサートホール  \2400(税抜)

金聖響とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の組み合わせによるベートーヴェンの交響曲シリーズの第3弾。今回の収録曲は「運命」と「エグモント」序曲の2曲ということでCDとしては,大変収録時間が短いが,その分「特典DVD」として金聖響さんのインタビューとリハーサル風景がたっぷり(約30分)収録されている。DVD付きCDという発売形態は,今後クラシック音楽でも増えてくるのかもしれない。特にリハーサル風景はOEKのファンにとっては大変楽しめる内容となっている。

今回の録音の基本的なコンセプトは,昨年発売された交響曲第2,3,7番同様,「現代楽器による古楽器風演奏」という点である。ライブ録音のテイクを中心としている点は「英雄」の時と共通している(演奏後の拍手はカットされている)。

録音の特徴についても,これまでの録音と全く同じことが言えるが,聞いた印象ではさらに古楽器奏法が徹底しているような気がする。弦楽器意の古典配置による音の飛び交い,バロック・ティンパニの使用,ホルンもゲシュトップ奏法,弦楽器のノンヴィブラート奏法,各楽章の主題呈示部の繰り返しの実施,といった点も「英雄」の時と同様である。今回の「運命」では,弦楽器のノンビブラート風の奏法が特に徹底しており,いつものOEKの音とはかなり違った印象を受ける。非常にすっきりとした印象を持つベートーヴェンとなっている。

この「運命」だが,冒頭の有名なモチーフから力みや悲壮感が全くない。人によっては物足りないと感じる人もいるだろう。テンポは速いけれども整った感じで,スーッと入ってくる。第2主題なども「タラ,ララ,ララ...」という短めのフレージングで演奏しているので,濁りのない弦の美しさが気持ちよく響く。弦楽器の響きの薄さによって,各楽器のリズムのキレの良さもより鮮やかに出ている。それほど極端な強調はしていないのに自然な躍動感が出ている。

最初の部分は,「重い運命」というよりは古典的なバランスの良さを感じさせるが,展開部あたりから徐々に迫力を持ち始める。運命のモチーフをキレ良く精密に演奏し,それを執拗に繰り返せば繰り返すほど,凄みがにじみ出る。ホルンのゲシュトップ奏法(その後も所々で出てくる)の違和感のある響きなど,「おや」と思わせる発見があった後,展開部になる。オーボエの瑞々しい響きの後,再度,キレのよいモチーフが続くが楽章終盤になるとバロック・ティンパニの重い音が効果を出してきて,高揚感を作る。コーダの最後の方では,微妙な音量変化を付け,金聖響とOEKが一体となってしなやかな音楽を作っている様子を印象付ける。楽章全体として,「爽やかなしつこさ」とでも言えるような気分が鮮やかに残る。

第2楽章も冒頭から低弦のノンビブラートの響きがきっちりと揃っており,いつものOEKの響きとは全然違う。一つ一つの音がスーッと消え入るようなはかなげな美しさが素晴らしい。この楽章でも重苦しい感じはなく,むしろ明るさを感じさせる。途中,変奏曲風に展開していくが,ここでも波のような微妙な音量変化を付けている。爽やかなファンファーレを聞かせるトランペットをはじめとして,各楽器の音の動きも生き生きとしている。

第3楽章も重苦しくはない。冒頭のコントラバスは十分な深みを持つが,足を引きずる感じではない。その後の各楽器の音の動きはここでも鮮明である。特に中間のフガートの部分の速い音の動きが「お見事!」の一言である。ベルリオーズが「象のダンス」とか言った不器用な音の動きの続く部分だが,それを吹き飛ばすような鮮やかさと迫力がある。

第3楽章から第4楽章にかけての推移の部分もどこか軽妙な気分がある。不安感はなく,新しい世界が広がる期待をワクワクと待ち構えているような感じである。第4楽章の冒頭は,トランペットとティンパニを中心に非常にキビキビとしており,一つ一つの音が立っている。弦楽器の音を中心に各楽器の音が厚くならないので,爽やかさを強く感じさせる。対向配置による音の飛び交いもあり,非常に生き生きとした気分が盛り上がる。ここでは繰り返しを行っているが,「もう一度この部分を聞ける」という得した気分になる(たとえCDであったとしても)。

展開部ではティンパニの強い音とピッコロの鋭い音が強烈な楔を打ち込む。再現部ではティンパニはさらに力感を増し,爽やかさを維持しながら,さらに大きく盛り上がる。ここでもフルート付近から不思議な音が聞こえてくる「おや」という発見がある。コーダ付近の高揚感はライブ録音ならではのものである。胸をすく爽やかさを残す,大変新鮮な「運命」である。

「エグモント」序曲も冒頭からノンビブラートの響きが印象的である。じっくりしたテンポで演奏しているのだが重厚さはない。しかし,それは軽薄な感じではなく,音の構造が透けて見えるような堅固さがある。

ノンビブラートの響きが主体なので,「運命」同様,スーッと消えるような弦楽器の響きが特徴的である。弦楽器の透明感のある響きの上にティンパニや管楽器の音がアクセントとして加わるのも同様である。特に弦楽器が伴奏からメロディまで徹底してキレの良い音を聞かせてくれるのが素晴らしい。

後半,ギロチンの描写が出てくる前辺りのホルンのゲシュトップ奏法も面白い。その後の「ターラ」というギロチンの音の部分は,通常はもっとタメを作って大げさに演奏されるのだが,今回の演奏は非常にそっけない。このことによって,かえってはかなげな気分が出ている。

続くコーダは,まさに快演である。流れの良いスピードに乗った推進力はとても気持ちが良い。弦楽器の生気,トランペットやピッコロの鋭さなど,音楽を聞く楽しみがあふれ出ている。

この部分をはじめとして,両曲を通じて,表現が徹底していることの気持ち良さを強く感じさせてくれる演奏となっている。新鮮な響きを追求しようという意欲が指揮者とOEKとのチームワークとなって現れている。部分的に強烈さを感じさせる部分があったとしても全曲の統一感を損なうことはない。深刻で大げさなベートーヴェンを求める聞き手には物足りない面もある演奏かもしれないが,完成した一つの世界をバーンと提示されたような素晴らしさは誰もが認めるだろう。

私は他の古楽器風の演奏について聞いたことがないので,比較はできないが,(たとえ他指揮者の影響を受けているにしても)これだけ徹底した表現力を持ったベートーヴェンは滅多に聞けないと思う。

■録音データ
2004年4月7-10日に石川県立音楽堂で録音されている。コンサート・マスターはサイモン・ブレンディスさんでティンパニは渡邉昭夫さんが担当している。とても鮮明な録音で客席のノイズの一部も収録されている。指揮者の息の音は「英雄」の時ほどは入っていない。

特典付録DVDのリハーサル風景を見ると,英語と日本語を交えて,かなり具体的な指示を出しながらリハーサルを行っている様子が分かる。セッションに参加したメンバー表も付けられている。今回は,トロンボーン3人をはじめとしてかなり沢山のエキストラが入っているようである。

■演奏時間の比較
岩城指揮OEKと比較してみた。岩城の方は4楽章の繰り返しを行っていないが,基本的なテンポはほぼ同じといえる(繰り返し分は約2分)。それでいて,聞いた印象が全然違うのが面白い。
  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
今回の録音 7:08 8:49 4:47 10:46 31:30
岩城/OEK(2002) 7:21 8:42 4:51 8:20 29:14
(参考)クライバー/VPO(1975) 7:22 10:00 5:09 10:51 33:22
(2004/08/13)