金聖響+OEKベートーヴェン・シリーズ(2)

1)ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調,op.55「英雄」
2)ベートーヴェン/「コリオラン」序曲,op.62
●演奏
金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパン WPCS-11685(2003年8月20日発売)
●録音/2003年5月7-9日,石川県立音楽堂コンサートホール  \2400(税抜)

↑今回のジャケットは曲想を反映してかティンパニの写真となっています。今回も「特典」のサイン入りポートレイトをいただきました。
金聖響さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の組み合わせによるベートーヴェンの交響曲シリーズの第2弾。2ヶ月連続での新譜の発売というのは,最近低迷しているクラシック音楽CD業界では非常に珍しい。2枚を同時に出すよりも,短い期間に連続して発売する方がインパクトが強いので,この2枚のCDによって金聖響さんの知名度は一気に高まっただろう。

今回の録音の基本的なコンセプトは,前月に発売された交響曲第2番,7番同様,「現代楽器による古楽器風演奏」という点である。新鮮なコンビによる挑戦的な演奏という点も共通している。いちばんの違いは,今回の録音が2003年5月に行われたOEKの第141回定期公演でのライブ録音を中心としていることである。ライブとは思えない完成度の高さを維持しつつも,曲全体の勢いや熱気を感じさせてくれる。スタジオ録音とライブ録音のメリットがうまく共存しているといえる。演奏後の拍手はカットされているが,前作も(スタジオ録音なので当然)入っていなかったので,一貫性が取れている。

この録音の特徴は,第2,7番の録音と全く同じことが言える。第1・第2ヴァイオリンの対向配置(今回もCDの解説書の写真からから読み取れる。定期公演の時の写真である)。バロック・ティンパニの使用とホルンもゲシュトップ奏法の強調。弦楽器のノンヴィブラート奏法。各楽章の主題呈示部の繰り返しの実施,といった点である。

今回の2曲はレコーディングを行った定期公演そのものを実演を聴いたので,その時の印象を思い出しながらCDを聞いてみた。「英雄」の第1楽章などは,実演ではもう少し速いテンポで演奏していたように感じたが,CDを聞いてみると,意外に落ち着いて聞こえた。それでも全体に軽快さを失わず,響き全体に透明感が漂う。楽章が進むにつれて,キビキビした感じの熱気が増していくのもライブ録音ならではである。曲の性格にもよると思うが,「静と動」「強と弱」といった対比が非常に面白い。

何と言ってもバロックティンパニの威力が顕著である。曲自体大変スケールの大きいものだが,この強靭な響きによって,強弱の対比が非常に鋭くダイナミックなものになっている。弦楽器のノンヴィブラートの響きも印象的である。フレーズをキビキビと演奏させる部分と極端にレガートで演奏させる部分の対比が非常にはっきりと付けられているのも面白い。その他にも念の入った細かい表情付けが目立つ。それらがわざとらしくなく,大変新鮮に響く。展開部でいろいろな楽器の音が精密に飛び交うのも面白い。

トランペットの音もティンパニ同様,強烈なアクセントになっている。第1楽章最後の「問題の箇所」では,トランペットの旋律が最初からほとんど目立たない形になっている。途中でメロディがなくなるという感じがなく,キビキビとしたリズムが浮き出て聞こえる。

第2楽章は,非常にシリアスな演奏になっている。弦楽器の抑制された渋い響き,オーボエの落ち着いた響きで始まるが,中間部でティンパニの強打が「ダン」と入ってくると,一気に迫力のある雰囲気に変わる。弦楽器のノンヴィブラートの響きも次第に寂し気になってくる。フガートになり,弦楽器群が多声部のメロディを厳粛に演奏する中にティンパニの強打が運命の音型のような感じで打ち込まれ,ホルンのゾーっとするようなゲシュプトップ奏法が入ってくる辺りは,他では聞いたことの独特の雰囲気を持っている。この演奏のいちばんの聞き所かもしれない。この辺では金聖響さんのうなり声らしきものも少し入っている。その後,再度穏やかな雰囲気に戻る,静かな解放感も素晴らしい。最後は諦めきったたような寂しさが漂う。

第3楽章は,まず,「いかにもスケルツォ」というキレの良い弦楽器のリズムの刻みが楽しい。その後,目を覚ましてくれるように音が爆発する。この対比も前楽章までと同様である。そして,何と言っても聞き所はホルンである。よくまとまった和音を響かせてくれる一方,時折,艶を消したようなゲシュプトップ独特の音色が出てくる。

第4楽章も,これまで同様,新鮮な発見を感じさせる。全体に落ち着いたテンポで演奏し,これ見よがしの斬新さを強調していないのに新鮮さを感じさせる辺りが素晴らしい。ここでも,ティンパニの強いアクセント,弦楽器のアーティキュレーションの明確さ・多彩さが印象的である。変奏が進むにつれて,次々といろいろな景色が広がる。後半のコーダ直前でホルンが雄大に主題を演奏した後,ティンパニが一撃を加える辺りなど,「こうやって欲しかった」と私が思っていたとおりの演奏である。その後のコーダのエネルギーの放出も素晴らしい。トランペット,ホルン,ティンパニの強奏を中心として,オーケストラ全体が弾んでいるのが分かる。

最後に収録されている「コリオラン」序曲は,実演では最初に演奏されたものである。曲自体は短調なのだが,軽く伸びやかな音色とティンパニの強打がここでも印象的である。全体に落ち着いたテンポで,力み過ぎていないのが良い。この曲の暗く真面目な雰囲気な苦手な私にとっては丁度良い演奏だった。

今回の録音を部分的に取り出して聞くととても大胆な演奏のように思えるが,全体を聞いてみると,やっぱり古典派の作品だな,というがっちりとした統一感が後に残る。金聖響さんはまだ若い指揮者だが,斬新なことをしようというよりは,基本的には正統的な曲作りをしようとしているようである。強い芯があるので聞いていて飽きが来ない。金聖響さんはこの録音を大変気に入られているようだがOEKのCD録音の中でも特筆すべき演奏になった。

■録音データ
2003年5月7-9日に石川県立音楽堂で録音されている。CDの解説にはクレジットされていないが,写真によるとコンサート・マスターは松井直さんでティンパニは渡邉昭夫さんが担当している。今回の録音もとても生々しく,指揮者の息の音や客席のノイズの一部も収録されている。

■演奏時間の比較
岩城指揮OEKと比較してみた。岩城の方は1楽章の繰り返しを行っていない。テンポ的には今回の録音の方が1楽章は速く感じる。終楽章のコーダは岩城のテンポは非常に遅いが,それでも全体としては,今回の録音の方が長くなっている。参考までに1楽章の繰り返しを行っているショルティ指揮シカゴ交響楽団とも比較してみた。ショルティの録音に比べると随分速いテンポだということが分かる。
  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
今回の録音 16:52 15:36 5:59 11:50 50:17
岩城/OEK(2002) 14:28 14:17 5:40 11:35 46:00
ショルティ/CSO(1973) 19:28 17:32 5:50 12:10 55:00
(2003/09/05)