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第二回インタビュー

第二回 パーシー・ジョーンズ氏
(Tunnels ベース)
2003年12月インタビュー

インタビュアーHideyuki Shima/SIXNORTH、翻訳Mana Shimizu

Shima) ベースのテクニックやブランドXに関する質問は他の雑誌でよく見かけるので、見かけないトピックを選んで質問してみました。

あなたは過去のインタビューでチャールズ・ミンガスからの影響を挙げていますし、その比肩しうる物のない程ユニークな演奏スタイルは一種ジャズ的とも言えると思うのですが、ジャズを演奏する事に興味はないのですか?また過去に一緒に演奏した事のあるジャズミュージシャンについて聞かせて下さい。

パーシー) 確かに多くのジャズ・ミュージシャンに影響を受けたのですが、自分の音楽をどういうふうにジャンル分けすればいいのかはよく分からないです。ジャズとも、ロックとも、プログレとも言われますが、私としては自分にしか出来ない事に興味があるだけですので、その種の議論からは身を引いて判断はまかせる事にしています。最近はジャズだけでなく色々なジャンルの音楽を聞いていますよ。  ジャズ・ミュージシャンで一緒に演奏した事のあるのは、ア−ネット・ピーコック、ティム・バーン、ボビー・プリヴァイト、ダニ−・リッチモンド、マイク・クラーク、ビル・フリゼルなどです。ジョン・マクラフリンは1970年代に彼の「ワン・トゥルース・バンド」で演奏しないかと誘って来ましたが、その話は実現しませんでした。


Shima) あなたのリズムアプローチにはタブラの要素を、音階的なアプローチにはラ−ガの要素を感じます。インド音楽を演奏する事に興味はありませんか?

パーシー) インド音楽は本当に好きでよく聞きます。 インド人は西洋のミュージシャンとは違うコンセプトを持っていますね。フレットレスベースで彼等の使う24音スケールを弾いたりも出来るのですが、あまり詳しくは知らないので、聞いた感じでなんとなく取り入れたりはしています。最近イギリスではアジアンチックなドラムンベースのシーンなどが活発ですが、 そんな風に東洋の音楽と西洋の音楽を融合させていく姿勢には常に興味がありますね。以前ヴァイオリニストのシャンカールのバンドにいた事は良い経験でした。まあそのバンド自体は西洋的なポップスを演奏していたのですが..。最近はパラノイズのジム・メイタスと一緒に故ナスラット・ファティ・アリ・カーンのボーカルの入った曲を作っています。


Shima) 現在の音楽シーンについてはどう思われますか? 良い面と悪い面についてお答え下さい。

パーシー) 良い面は、ポピュラーミュージックというシーンの中で、音楽が常に進歩をし続けているという点でしょう。21世紀になり、テクノロジーも大きな進歩を遂げていて、レコーディングの技術や方法も変わり、新しいかたちの音楽が生まれる事を可能にしています。現在では25年前のアナログ録音機材にひけをとらないレベルで、自宅でコンピュータを使ってレコーディング出来るようになったし、高い代金を払わなくても音源ファイルを世界中に送って、地球の裏側にいるだれかとコラボレートする事も可能になりました。

悪い面は、巨大ビジネスによる産業化です。大企業が市場、流通、放送をコントロールしているという事実は、どこかのボロアパートで誰も聞いた事のないような素晴しい音楽を作っているのに、容姿がみすぼらしいせいで企業に商品価値がないとみなされるような人にとっては、良い話とは言えません。大衆の目や耳に入るものの大半がそんな大企業の重役達にコントロールされているというのは、なさけない話です。音楽業界はもっと草の根レベルに戻って欲しい。そうする事で、クリエイティブなレベルは飛躍的に上がるでしょう。


Shima)外国人のミュージシャンがアメリカで活動する事の良い面、悪い面についてお答え下さい。

パーシー) とても難しい質問ですね。たぶん外国人はよそ者扱いされるので、いろいろ大変なことも多いと思います。ですが、もしがんばり続ける事が出来れば、きっとそのうち受け入れてもらえるんではないでしょうか。まあ、どのくらいかかるのかは判りませんけど。私も未だに待っていますよ。


Shima)イギリスでの活動はもうされないのですか?

パーシー) いや、イギリスに戻っても何もないと思いますね。70年代にロンドンでBrand Xをやっていた時も、地元ではライブなんてほとんどなくて、ツアーといえば大体アメリカでした。 97年にBrand Xでは17年ぶりに戻りましたが、散々な結果でした。ロンドンは良かったんですが、他の町では昔からのファン以外ほとんど反応はありませんでした。私がイギリスでやっていくためには、よっぽど何か変わらないといけませんね。


Shima)音楽以外に特に興味のある事はありますか?

パーシー) そうですね。物理学とか工学が好きです。なかでも遠隔作用と電磁気学や、小型のアンテナを作る事にはとても興味があります。あと空気中の電気、気候、太陽と(地球の)電離層を含む宇宙の気候にも興味があります。


Shima)Brand Xでの活動が有名な為プログレッシブ・ロックにカテゴライズされ易いですが、あなたはあなただけにしか出来ないオリジナルな音楽を志しているのだと思います。長年音楽マーケットの産業化に屈する事なく活動して来た立場から、同じように頑張っているミュージシャン達に一言メッセージをお願いします。

パーシー) うーん、まず忍耐強く一生懸命がんばってやっていく心の準備をする必要があるということでしょうね。なんといっても、実際に自分の音楽を流通させてくれる人が見つかるまでに、とてつもなく長くかかってしまう可能性もあるわけですから。大切なのは、自分のやっている事を信じ、ネガティブな意見には動揺しない事、そしてネガティブな意見とポジティブな意見をしっかり見極める事でしょう。ポジティブな方は、ときどき自分の役にも立ちますしね。

実際、ときどき訳が判らなくなりますよ。音楽を作ってみても、「これはすばらしい!」と言う人もいれば、「こいつはひどい」と言う人もいるわけで、だからといって両方が正解というのはありえないですから。そんな時いつも「シュレディンガ−の猫の実験」を思い出すんですよね。

80年代に私はビル・フリーゼルとマイク・クラークと一緒にドギー・ボーンというバンドをやっていましたが、うまくいかず、結局解散しました。しかし最近、小さなレコード会社から、そのバンドでリリース出来るような音源を持っていないかと言ってくる事がよくあるんです。これはいかにこの業界が気まぐれかを証明していますよね。まあよく言えば、キーキーとうるさい車輪にはそのうちオイルを差してもらえる(長くがんばっていれば、そのうち何かしてくれる人も現れる)という事ですね。


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