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天照大神〜神武天皇〜明治天皇〜靖国神社

これらは、どうつながるのか、それとも無関係なのか・・・?    (2007年1月)

序 〜

 天照大神(あまてらすおおみかみ)といえば、古事記、日本書紀などの神話に出てくる神さまであり、天皇家の祖先神とされる。ゆえに、天皇は、神の子孫であり、現人神(あらひとがみ・人の姿をした神)とされたが、終戦後、GHQ(General Headquarters. 連合国軍最高司令官総司令部、総司令部と略される) によって、「人間」に復帰、今日に至っている。

 神武天皇は、初代の天皇である。

 靖国神社は、明治時代に、政府によって設けられた。

 古事記などは、日本の歴史を統治者の側から作り残したものであり、登場する神々の多くは、実在の人物をモデルにしたものらしい。「古事記」は神の話、神話であるが、神話とは、夢物語、作り話ではなく、古代日本が、実在の人物を神として、国が神々によってつくられたとする歴史書といえる。古代の日本の宗教観では、死んだ人は、皆、神になる、神の国にいく と信じられていたらしい。なので、ご先祖様は、すべて神になる。

 なお、私は、天照大神とは、邪馬台国の女王卑弥呼であると確信しています。日本の初代の統一者を皇室の祖先とすることは合理的であります。

 「天照大神は、実在したと思いますか」と問えば、たいていの人は、「実在なんかするわけがない」と応えます。「いや、実在したんだよ。」というと目をむいています。記紀に登場する神々の多くは実在した人物と聞きました。あるいは、事実をもとに、創作したともいえますか。

(以下は、平凡社「世界宗教大事典」を参考にしました)

 天照大神(あまてらすおおみかみ)といえば、古事記、日本書紀などの神話に出てくる神さまであり、天皇家の祖先神(皇祖神)とされる。太陽神的な女神であり、伊勢神宮に祭られる。

 古事記の初巻によれば、天津神(最も偉大で初原の神)の命により、イザナギノミコトとイザナミノミコトの2神は、世界の創造のほとんどをおこなった、つまり 「葦の芽吹き(国土の始原)〜生気に満つ原野〜浜と水田〜神と依代(よりしろ・神の降りるところ)〜男女の防塞神〜充足の観念〜3貴子(天照大神、月読命、すさのう尊)の誕生」を行った。

 イザナギは、天の浮橋にたって、ほこで海を攪拌し、おのごろ島を出現させ、2神は、この島で成婚し、大八島国その他を産み、山川草木水火などの神々を生んだ。・・・つまり、日本は、イザナギとイザナミが結婚して生まれた国ということになる。 〜中略〜 そして、最後に、イザナギの左目から天照大神(女神)が成りいで、右目から月読命(つくよねのみこと・女神)が、鼻からスサノウ命が生まれた。天照は、天津神より、天高原(あまたかまがはら・天上界)の統治を命じられ天に昇るが、弟スサノウの乱暴を怒って天の岩屋戸にこもると、世は暗闇となったが、戻ると光があふれた。

 天照大神の御統(みするぎ)の玉から、ににき尊が生まれ、地上界の統治者になったとされる。神武天皇は、ににき尊の曾孫になるようだ・・・。

 

 時代は一気に飛んで、明治天皇の御世である明治時代に、政府によって靖国神社が設けられた。

 靖国神社 〜 戊辰戦争(鳥羽伏見・甲州勝沼・宇都宮・上野・北越・会津・函館戦争)、西南戦争、以後、日清戦争、日露戦争などの対外戦争の死者を「靖国の神」として、国家がまつったもの。
 氏子を持たない靖国神社は、国家が戦争による死を「国家隆昌」をになったものと意義づけて「靖国の神」となし、死者によせる遺族の心情を国家に収斂する場であったといえよう。また、靖国神社は、日本軍国主義と密接な関係をもつようになったといえ、支柱的思想、信仰にされたといえる。戦死者の遺族は、身内が「靖国の神」となったことで、「靖国の家」となり、これを誇りにするむきもあった。

 靖国神社や各府県の護国神社の前身は、「招魂社」であった。
 1862年(文久2)、福羽美静(1831〜1907)らが、討幕運動で非命の最後をとげた尊王の志士たちを京都東山の霊山(りょうぜん)にまつり、63年に、八坂神社内に小祠を建立したのが最初。また、討幕諸藩でも招魂慰霊がなされた。大村益次郎の尽力で69年、勅命により、九段坂上に東京招魂社を設置し、鳥羽伏見から、函館戦争にいたるまでの戊辰戦争戦没者を合祀した。
 1879年、東京招魂社は、別格官幣社靖国神社となる。明治政府は、靖国神社(東京招魂社)を頂点として、地方招魂社を系列化することで、天皇の下に民心を収斂させる場とした。1939年、地方招魂社は、官私の別なく整理され、護国神社となった。

とても、レポートといえるものではありませんが、
ほとんど知らなかったワタシにすれば、かなりの、勉強になりました。
また、余計なことを書き加えないほうが、読まれる方が自由に考察できると思います。
靖国神社で祀られているのは、250万人に近い、明治維新前夜から今日までの
「神となった戦没者」であるというのは、衝撃的でした。
また、古事記と靖国神社は、つながりませんが、ともに統治者によってつくられた、
国を統治するための政策という面はあります。
また、神とは、不可思議・神秘的な存在ではなく、亡くなられた方を祀ったものなのですね。

 蛇足 ・・・ 

天照皇大神宮教(てんしょうこうたいじんぐうきょう)と聞けば、天照大神を祭る古くからの宗教かと思ってしまうが、実は、神道系の新宗教であった。

北村サヨ(1900〜67)が教祖。サヨは山口県の農家の生まれで、北村家に嫁ぐ。昭和17年、自宅の納屋などが放火と思われる火事によって焼失、犯人を捜そうと祈祷師のもとで修行をはじめる。19年に、胎がものをいう体験をしたのを契機に独自の境地をひらくようになり、終戦前の20年8月に、宇宙絶対神(天照皇大神)が降臨したと自覚する。自宅を道場とし、各地で激しい口調の説法を行うようになる。敗戦により、価値観の動揺していた人々に対して「真人間になれ」と説いた。23年頃から、新聞、雑誌、さらにテレビに登場することが多くなった。サヨの言行録である「生書(せいしょ)」が経典とされる。