甲賀の巻 (甲南町〜甲賀町)

2003年6月訪問

甲賀町駅前にて
甲賀町駅前にて撮影

 伊賀の里から、甲賀までは、20数キロの道のり。鈴鹿峠を越えていく。目指すは、甲賀流忍術屋敷(甲南町)。
 甲南町に入ってしばらく走る。  「あれ、今、甲賀なんとか っていう看板があったですよ。」  助手席のハルウが言う。戻って確認すると、「甲賀流忍術屋敷」とある。道からは、それらしい屋敷は見えない。駐車場に車を止め、道案内の看板に導かれて100Mほど歩くと、目の前にその屋敷が現れる。

甲賀流忍術屋敷 一見、かやぶきの大きな農家風。  江戸時代の中期(忍者の活躍時期は戦国時代)、甲賀忍者の筆頭格であった望月出雲守が、飛騨から匠を呼んで造った。一階、中二階、屋根裏部屋の造りだが、階段は隠してある。どんでん返しや落とし穴、非常出口などの仕掛けがある。また、周りの分家へ通じる地下道もあったそうだ。造られてから、約300年、この屋敷での殺傷事件はないとのことだ。

 望月氏は、もともと信州の出身で、伝説では、今から約1000年以上も前、平将門 を討伐した功績で朝廷よりこの地を賜ったようだ。なお、平将門は、朝廷の重税に苦しむ関東の農民を救うため、関東に独立国を造ろうとした人で、関東の農民からの人気は、高かった。しかし、同じ関東の豪族・武士の反旗により、討ち死にした。一本のかぶら矢が当たり、あっけなく、亡くなったそうだ。歴史上、彼の存在は、次の武士の台頭してくる時代のさきがけとされている。また、反旗をひるがえした武士の子孫からは、あの「平清盛」が登場する。

     

 望月氏は、山伏姿で神社(伊勢の朝熊山の明王院)のお守り札を売り歩き、薬(万金丹)をお土産としたそうだ。  明治、大正、昭和には、この近くで陸軍の大演習がしばしば行われたが、この望月家に総本部がおかれ、野津、黒木、乃木、児玉の各大将が、この屋敷で指揮をとったとのことである(甲賀流忍術屋敷伝)。

  「至近距離から打つ手裏剣の威力は絶大で、忍者は100発100中となるよう鍛錬した」 とのこと。手裏剣は、「一撃必殺」の武器だったようだ。

 

    話は変わり、理想の忍者像 について、「万川集海(江戸中期)」より

第一、忠、勇、謀、功、信の五徳を兼ね備える人

第二、平素は柔和であって義理がたく、欲少なくして理学を重んじ、行いが正しく、恩を荷って忘却しない人

第三、弁舌に長じて博く内外の書を読み、知謀深く、平常の談話でも分かりが早く、人の口車に乗せられて欺かれない人

第四、天命を知って儒仏の理を兼備し、死生も命あることを常に心にかけ、私欲を離れるよう心がけ、先哲や古人の語に心を入れる人

第五、武士の法を知るを好み、古の士に忠勇の心固い人があって、義によって主命に代わり、智謀をもって敵を滅した和漢の名士の風を慕い、軍理戦法に心を寄せて英雄の気性の備わった人

第六、日ごろは人と論争することを好まず、柔和にして、しかも威があって義深く、善人の名あって表裏なきものと自他の国邑までも風評ある人

第七、妻子親族など正しくあって、反忍(裏切り忍者)の害あるまじき人。

第八、諸国を旅行して、諸所の国風を熟知している人。

第九、忍術をよく学び、謀計に敏く、文才あって書道をよくし、忍術を手練し、軍利に志厚い人。

第十、軍術はいうに及ばず、諸芸に熟達し、詩文、歌舞、音曲、物まねなどの遊芸も身につけ、時宣に適して演出し、如才(ぬかり)ない人。

 

「うずらがくれ」 について
 城中に潜行した忍者が夜回りに出会い、とっさに、うずらがくれをした。気配を感じた夜回りは、怪しいと思い、やりでついてみた。やりは、忍者のわき腹をついたが、彼は、痛みをこらえて動かなかった。 夜回りは、「人間では、なかったか。」とつぶやき立ち去った。彼は、首尾よく城に火を放ち、目的を達したという話がある。

 うずらがくれとは、袖で顔を隠し、手足を縮めて大地にうずくまり、石と思わせてやり過ごす術だ。 これを形だけ演ずることは、容易であろう。しかし、心まで「石」になりきるというのは、至難のわざと思われる。忍者の精神的な背景(思想や宗教)について、忍者のルーツといわれる山伏のことも調べてみた。 参考:「忍者の精神的支柱」、「修験道」など。

 山伏の信仰には、日本の素朴な山岳信仰に、中国から伝わった道教(仙道)や陰陽道、密教仏教などが強い影響を与えたようだ。この時代、仏教は最高の学問であり、かつ、不思議なる法術・法力があると期待されていた。天災、飢饉、疫病など人の力ではどうしようもないことは、不思議なる法術が頼りだった。山伏は、一般民衆に代わり、難行苦行する人として尊敬されたが、その一方で、超人的身体能力、兵法、さらに不思議な術(加持力、呪術)を使う者として恐れられた面もある。 ともあれ、山伏の目指した目標が「超人(スーパーマン)になること」であったことと、忍者に魅力を感じることには、共通するものがあると思います。

「忍者こそ、スーパーマンだった ・・ ?」


甲賀町の交通標識

甲賀の巻 終わり





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