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2014年7月↓ New レポート ができました
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大乗仏教、密教、念仏 などについて

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 最近、改めて気づいたことがある。・・・日本人にとって、宗教、とくに仏教は、故人や先祖をしのぶための法事に付属するものであるということで、今日の仏教が、葬式仏教といわれる所以です。

 しかし、キリスト教やイスラム教、その他でも、宗教とは、現在生きている人のための指針となるものであり、日々生きるための基盤となっている。

つまり、ある人にとって、宗教とは、故人をしのぶための場であるが、別の人にとっては、日々の生活の基盤・指針、つまり、自身の根本となっている。この別々の立場の人が、宗教について話す場合、はじめに立場の違いを理解しておくことが必要であろう。

 仏教は、はじめから葬式のための儀式であったわけではない。釈迦が悟りを求めたときも、自分とはなにか、生命とはなにか、この世に根本となるもの、つまり、真理とはなにか といったものであったはずで、葬式のために説いたものではなかった。

(最近の更新・修正加筆 2016年9月)

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音声でも聞けます (試行中)

釈迦が亡くなられる前の最後の説法の中に、このような言葉があります。

「自らを灯明とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころとせず、
を灯明とし、をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ

つまり、自分と法をよりどころ・根本にせよ ということでしょう。

このレポートの主題・本題は、この「」とは何なのだろう ということになります。

 現代では、釈迦を非難する人は、まずいない と思いますが、釈迦在世当時には、既成宗教(バラモン教など)から、大いに非難され、命まで狙われました。理由は、釈迦の教えは、「自らの清らかな行いによって、この世で幸福になれる」というものであり、当時、流布していたバラモン教とは、決定的に対立し、かつ、バラモン僧を不要とする説であり、あまりに斬新・革命的思想だったからでしょう。

 新しい思想や価値観が現れ、ましてや、普及している価値観と対立するとき、批判・攻撃されるのは、常でありましょう。

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  ところで、宗教には、いまだ科学では解明されていない 不可思議な力 があるのだろうか ということまで、踏み込みたかったのですが、いまのところ、私の力では、限界・無理なので、以下の カッコ閉じ( に 参考的に書きました。

 私はいままで、難しい理論や理想の中に、宗教の本質があると思っていました。しかし、難しい理論や理想、説明や解説などは、その宗教の優越性や正当性の裏づけとなるものですが、それは、言う人によって、どのようにも言えるのではないでしょうか。宗教の出発点は、その宗教が根本とし、信じる対象(本尊)で、これが主であり、解説は従となる。極端な話、他宗から、その解説をそっくりもってきて説明することもでき、泥棒が尊敬され、ありがたがられて、これはこれで、最高の詐欺となる。

 解説説明に対して 現実的な利益(現世利益・功徳)は、動かしがたい証拠といえますし客観性ということからいえば 客観的な事実そのものになりましょう。

 現実的な利益からその宗教を判断する とは、その人が信じ、実践している宗教がどのように生活に関わり、その宗教をやっている人が、どう感じ、考えて、日々をおくり、 悩みや困難をどのように克服し、そして、現実の生活の上で、どんな変化(功徳、あるいは、罰)を受けているのか をみること となります。

 そのようなわけで、素直な信ずるという行為により、受けることができる現実的な利益(現世利益・功徳)から、その宗教の本質を見るということが、一番確実だ と思うようになったのです。 簡単にいえば、その宗教をやっていくと、幸せになっているのか、それとも、不幸にむかっているのか をみるということになりましょう。

 もし、ある宗教を実践したら、好ましい功徳というものがはっきりと現れるというならば、これは 不思議 という次元 になりましょう。そのような宗教があるんでしょうか、また、宗教には、そのような力があるんでしょうか。

 宗教には、不思議・不可思議という部分がありそうですし、我々はそこにひかれ、また、拒否する原因ともなります。つまり、よく知らないものには、不安を感じるのです。宗教が受け入れられるには、分かりやすく、また、現実に幸せになっていかなければならない。

 ところで、釈迦は、なぜ、法を根本にせよ といったのでしょう。法とはなんなんでしょうか。法を根本に生活したら、なにがどう変わるんだろうか。釈迦の説いた  にのっとった生活をするならば、日々が不思議にうまく進むものなのだろうか。

どうなんだろう?

やはり、釈迦が勧めた 法とは何か と思うのは自然なことだと思う。

なお、以下の記述は、本などの書き物から得た知識に、私の経験などを少し加味したものです。

目次

クリックするとそれぞれの解説にジャンプします。

1  ブッダ(仏陀、釈迦)の言葉のいくつか


2  釈迦 とは、どんな 「人」だったのか


3 釈迦の説いた「法」とは何?


 ブッダ(釈迦)の言葉のいくつか

音声でも聞けます-2 (試行中です)

(出展はインド原始経典「スッタニパーダ」などで、実際の釈迦の説法に、かなり忠実であるとされます。)

★  「世に母を敬うことは楽しい。また父を敬うことは楽しい。」

★  「母と父とは、子らに対して多大のことをなし、育て、養い、この世を見せてくれた。」

★  「母、または父が老いて朽ち衰えていくのを養わないで、自らは豊かに暮らす人、これは破滅の道である。」

★  「親の義務とは、子を悪から遠ざけ、善に入らしめ、技能を習学させ、適当な妻を迎え、適当な時期に相続させることである。」

★  「子らは、すみかであり、妻は最上の友である。」

★  「飲み友達なるものがある。きみよ、きみよと呼びかけて、親友であると自称する。しかし、事が生じたときに味方となってくれる人こそ、友だちなのである。」

★  「人の価値とは、生まれや身分によるものではなく、清らかな行いによって決まる」

★  「王よ、婦人といえども、ある人々は、実に男子よりも優れている。智慧があり、戒を保ち、姑を敬い、夫に忠実である。かの女の生んだ子(女の子)は、英雄となり、地上の主となる。かくの如き、良き妻の子は、国家をも教え導くのである。」

★  「自分よりも愛しいものはない。同様に他の人々にも、自己は愛しい。故に自己を愛するものは、他人を害してはならない。」

★  「生き物を自ら害すべからず。また他人をして殺さしめてはいけない。また、他の人々が殺害するのを容認してはならない。」

★  盛年をすぎた男がティンバル果のように盛り上がった乳房ある若い女を誘い入れて、かの女への嫉妬から夜も眠れない。これは破滅への門である。 

★  「女に溺れ、酒にひたり、賭博に耽り、得るにしたがって、得たものを、その度に失う人がいる。これは破滅の門である。」

★  「婦女の求めるところは、男性であり、心を向けるところは装飾品、化粧品であり、よりどころは子どもであり、執着するところは夫を独占することであり、究極の目標は支配権である。」

★  「足りないものは、音をたてるが、満ち足りたものは静かである。」

★  道を行きて、己よりも勝れたる者、または、己に等しき人に逢わずんば、むしろ、独り行きて誤るな。愚かなる者の友となるなかれ。」

 ★  「あらゆる生物にたいして暴力や悩みを与えてはならない。独り、サイの角のように歩め。実に欲望はいろとりどりで甘美である。心を楽しませてくれ、満たしてくれる。しかし、欲望の対償には、憂いがあることをみて、サイの角のように、ただ独り歩め。」

★ 「世界はどこも、とどまってはいない。すべての方角も揺れ動いている。私は、安住の地を求め探したが、どこにもなかった。すべて、死や苦しみにとりつかれている所ばかりだった。殺そうとしている人々を見よ。武器をとって打とうとしたことから恐怖が起こった。すべてのものは、燃えている。欲望と怒りと愚かさによって。

     釈迦(釈尊) とは、どのような 「人」 だったのか

 釈尊は、紀元前5世紀頃(前463年)、現在のネパールの内のカピラ国に生まれる。母マーヤは、釈迦を産んで間もなく亡くなり、マーヤの妹が義母として育てた。釈尊は、インド人ではなく、ネパールの人である。ネパール人と、日本人は似ている、釈尊は、日本人的な顔立ちだったかもしれない と私は思う。

 釈尊は、文武両道にわたる教育を受け、王子として恵まれた少年期を送り、非凡な才能を示した。成長するにしたがい、人生の問題に思い悩み、もの思いにふけることがあった。16歳で結婚をし、男子ラーフラをもうけるが、ついに、王である父スッドーダナの心配をふりきり、出家修行の道を志ざし、インドへ向かう。当時のインドでは、思想、哲学、宗教は、百花繚乱であった。

 釈迦はまず、バラモン教の修行をした。禅定(心を落ち着け、瞑想する)の大家につく。次に、苦行(息を止める、絶食、減食などする)を行う。苦行の期間は、6年(〜12年)に及ぶ。その後、苦行によっては、解脱の悟りを得ることはできないと知り、苦行をやめた。バラモン教を超えた瞬間でしょう。修行仲間は、苦行をやめた釈迦は堕落したと思い、去っていった。

 ラホール博物館にある「釈迦苦行像」は、眼窩は洞穴のようにくぼみ、頬は完全に削げ落ち、全身は骸骨のようである。過去にも未来にも、およそ釈尊ほどに苦行に耐え得た者はいないと言われる。 
 水面に映った自分の姿をみた釈尊は、「人間が悟ろうとする真理は、健康な肉体にそなわる栄養の足りた頭脳によって初めてもたらされる」と感じた。つまり、苦行によって心身を極限まで追い詰めても、悟りを得ることはできない という結論を得た。既成の思想・宗教を超えた、新しい次元に突入したのだと思う。

 釈迦は、河で身を清め、村の少女スジャーターの捧げる乳粥(ちちがゆ、オートミール、牛乳に砂糖、蜂蜜、穀物を入れた粥)を食べ、体力を回復させた。ここで、いったい、何を感じ、思ったのだろう。

 体力を回復した釈迦は、近くの菩提樹の下に座して瞑想を続け、ついに大悟(真理、法)を得て仏陀(覚者)となった(30歳〜35歳)。私的には、苦行の後の 娘スジャータの存在も大きいと思う。苦行⇒人間性否定、スジャータ⇒人間性確認

 最初に釈迦は、、釈迦のもとを去った修行仲間を訪ねた。近づいてくる釈尊に気づいた彼らは、最初は釈尊を無視しようとしたが、釈尊が近づいてくるにつれ、態度が自然と変わり、釈尊の衣服の塵をはらったりして、敬意を示した。ついに彼らは、最初の弟子となった。

 その後、釈尊はガンジス河中流域を中心にして、多くの人を導いたが、バラモン教(現在のヒンズー教の元)の勢力が強く、非難、攻撃された。晩年、弟子であり、いとこであった提婆達多(ダイバダッタ)が嫉妬により反逆し、釈迦を殺そうとした。ダイバダッタは生きながら地獄に堕ちたと伝えられる。

 釈迦は80歳で亡くなるが、晩年には、1万人くらいの弟子らがおり、その高名はよく知られていた。

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 当時のインドでは、「輪廻転生」の思想が一般的で、バラモンの僧侶たちは、「死後に幸福に生まれ変わるための「儀式」を行える人」として、最上級の特権階級であり、バラモン僧の言葉は、「真言」として、神の言葉よりも尊いとされた。

 一方、釈迦の教えは、「自らの清らかな行いによって、この世で幸福になれる」というものであり、バラモン不要の説であり、バラモン教とは決定的に対立した。そのため、バラモン階級から、非難中傷され、命までねらわれた。

  釈迦は、「人はいかに生きるべきか、真の自己とは何か」を説いた といわれる。
これは、哲学という分野ですよね。釈迦の説いた教えが、宗教となっていく、哲学が宗教になるとは、いかなることか、宗教とは何なのか ということも、想起されます。哲学は真理を開くことが目的、宗教は人を救うことが目的 といっていいのか。

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   本来、宗教とは、今生きている人のために説かれるものであって、キリスト教やイスラム教などは、今も昔もそうであろう。宗教は、人として、よりよく生きるための指標、羅針盤、模範、規範 となる。

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 釈迦のなくなった後、4回の仏典結集・・・

 入滅の年に、弟子により、第一回の仏典結集が行われた。当時の「仏典結集」とは、釈迦の話されたことを互いに口述しあい、確認、記憶することであった。当時のインドでは、神聖な言葉は文字にすると、その神聖さが失われると考えられていたので、文字にしないで、口述口伝された。・・・ 書いた文字で伝えるより、弟子たちが教わった通りに口伝することが重要とされたのか。

  2回目の仏典結集は、釈迦滅後100年頃にされた。この頃には、見解の相違が出てきて、上座部(後の小乗教・出家者向き)と大衆部(大乗教・一般向き)に分かれた。上座部は戒律に厳格であろうとし、大衆部は、一般人に広めるためには緩和すべきとする。

  3回目の仏典結集は、紀元前3世紀に、アショーカ(阿育)王が行った。アショーカ王は、残虐王といわれたが、仏教に帰依し、善政を行った

  さらに後の、釈迦滅後から700年を経た2世紀頃、釈迦の説法が、文字(パーリ語・上座部)として書き残された。同じ頃に、大乗仏教典も作られていった。

 2世紀ごろのインドのクシャーナ朝の時代に、カニシカ王が登場し、第4回の仏典結集が行われた。シルクロードを通して、ローマ・ギリシアの文化も運ばれ、ガンダーラ仏教美術がおこり、初めて釈迦の仏像が登場してきた。

 クシャーナ朝では、仏教だけでなく、いろんな宗教が盛んであったらしく、イラン系のゾロアスター教などもあった。

 このような中で、大乗仏教の経典が成立してくるが、仏教の流布の方法は、既存の宗教を否定せずに、吸収します。よって、いろいろな宗教を吸収して、いろんな大乗仏教典が成立していくことになります。

 仏教は、布教するとき、既存の宗教を否定せずに吸収し、取り込む。このとき、本来の仏教にはなかった要素(呪術、まじない、手指による独特の印、救世主思想、他力本願思想 など)が、取り込まれたようで、いろいろな仏教典、たくさんの諸仏諸菩薩が誕生したと、推測します。

 釈迦の実語にかなり忠実とされる上座部から見れば、大乗仏教典は、一般大衆への布教のためとはいえ、あまりにも大胆に変化されていると非難もされる。

 上座部の仏教は、出家者のためのものであり、大乗仏教は、一般大衆を教化するために、彼らの信じている宗教を取り込み、分かりやすく、受け入れやすくした仏教 といえるのではないか。

 私は、仏教の流れは、釈迦仏教(上座部・出家者のため)⇒ 大乗仏教(一般大衆のため)⇒ さらに、中国、日本などに伝わり、現実利益を強調する、新仏教が誕生する⇒ そして権実雑乱(何が本当の教えか分からない状態)の時代 というふうに変化していると思う。

 宗教は、最終的には、苦しむ人を救うものだから、その時代の人々の求めるところに応じて、その布教の仕方を変え、支持されていこうとするものだと思う。宗教は、その本質・根本は変わらないが、説き方は、時代に応じて変化するものだと思う。生きている宗教とは、そういうことではないだろうか。

 
 
 本題 釈迦の説いた法に迫ってみる

「自らを灯明とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころとせず、
を灯明とし、をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ

 上の文は、釈迦が亡くなる前の、「最後の説法(涅槃経)」の中にある言葉であり、「遺言」 といってもいいのはないでしょうか

 釈迦は、法について、具体的に、説かなかった。 「法」を知識・言葉として知ったとき、弟子らは分かった と思い、求道心を失い、傲慢になる と見抜いていたからだそうです。

 他の宗教では、神や仏といったものが本尊、つまり、根として敬するもの となっているが、仏教(仏法)では「法」を根本としている

 ただし、一口に仏教といっても、100派あれば、100通りの主張をしており、法ではなく、○○仏を本尊としている仏教宗派もたくさんあります。

 これは、「法を根本とせよ」と釈迦が言い残したことに矛盾しているのではないでしょうか ?      それとも、別の解釈があるのでしょうか。あるいは、仏教は進歩した ということでしょうか。

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 仏教には、なぜ、矛盾・対立する宗派があるのか?

 大乗仏教では、既成の宗教、土着の信仰を否定せずに、仏教のなかに取り込んで、布教したため、いろいろな大乗仏経典が誕生し、それを元にして、各派が成立していったため、後に、対立するするようになった。

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仏教を布教していくとき、民族宗教や土着の信仰をしている人々に、いきなり、「法」を説いても理解は得られなかっただろう。

 そこで、彼らが信じている土着の信仰を取り込んで、わかりやすくした教えが登場してきた。これを方便といい、真の教え(法)に導くための仮の教え といえる。釈迦の教えを根本にするならば、法を根本にする教えこそが、真の仏教といえる。

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 ところで、信ずるという行為は、意外に「簡単」なことなのではないだろうか と思うこともある。難しいもの、難解なもの、神秘的、神聖なもの、おどろおどろしいもの、など 先入観があるが、「信じる」という行為は、それほどに、困難で仰々しいことなのだろうか。むしろ、もっとも、素直で無邪気で無疑な行為なのではないか。

 今日の疑い深い我々には、「信ずる」 という行為は、「納得し、かつ、間違いがない」 という確認(確信)の先にあるものだろう 。 確信とは、半信半疑でやり始めた者が、経験を積むうちに、しだいに、「間違いがない」 と納得して つかんでいくもの であろう。

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 私は、「法 というのは、あまりに無限であって、人知・言葉では表現・限定できないものである」 と思います。 法を人智・言葉で表現しようと努力し、また、一時はできたとしても、法は、さらに無限の広がりをもっている ということに 我々は気づくのでしょう。

 おそらく 、 法とは、この宇宙を存在させている根本の節理 であり、宇宙の生命、根源の力 であり、我ら自身の生命と宇宙を貫く根本の法則 というものであろう。法は目には見えないから、信じるということは難しいことですが、あなたがもし、その法の存在を否定するならば、それは、釈迦が死の間際の最後に説いたことを否定する ということになるのではないでしょうか。

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読んでいただき、ありがとうございました。

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