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Tokyo, 2004.2.29
text by Yoshiyuki Suzuki
interpretation by Ryo Uchida
translation by Shizu Kawata

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 オリジナル・ロンドン・パンクの勃興から四半世紀を経て再始動し、昨年には最新アルバム『センド』をリリースしたワイアー。10年前には本国イギリスで短命のブームとなったニューウェイヴ・オブ・ニューウェイヴにおいてその影響力が指摘されたりしたが、今回の復活はそれよりもっと大きな、アメリカで80年代後半から脈々と続いているハードコア/オルタナティヴ・シーンに及ぼした影響の深さと関連づけて語られている。かのスティーヴ・アルビニ(※ビッグ・ブラック時代に"Heartbeat"をカバー)がシェラックとしてキュレーターを務めたオール・トゥモロウズ・パーティーズに招聘されるなどの事例が注目され、この「パンクらしささえも拒絶することによって、結果的に最もパンク的になってしまった」バンドの存在感を、ここにきて再び際立たせるムードを高めたようだ。
 そして2004年2月に実現した再来日公演で目の当たりにした現在進行形のワイアーのライヴは、それまで頭の中で理解した気になっていた様々な言説の核心を一時に体感させる凄まじくも強烈なものだった。ステージ上のメンバーには、もはやオッサンどころかお爺さんに近い風貌の者までいるにもかかわらず、である。
 ライヴ直前に会見したコリン・ニューマンは矍鑠として饒舌、しゃべりながら途中で思い付いたことにどんどん話題を移していってしまうタイプの人で、第一印象は理論肌に感じられても、実はかなり感覚先行の人なのではないかとも思った。読んでいただければお分かりの通り、「今は年間100ドル払うだけで6000曲もダウンロードできるけど、その大半はクズ同然だ」とか「俺はパンク哲学は信じてない」など、いかにも英国的なフレーズが次々と飛び出してくる。かの名言「ロックでなければなんでもいい」もこんな感じで世に放たれたのだろう。


「ワイアーはロック・バンドじゃないんだ。それでも大半のバンドよりロックしてるけどね」

今日はこれから東京公演があるわけですが、すでに大阪でのライヴを終えた感想なども合わせて今回のツアーに対する手応えを聞かせてください。

Colin:日本は1998年以来なんで(※本当は88年以来?)、興味深かったし特別な想いもあったよ。とにかく、いったい何を期待したらいいのか分からなかった。というのも、前回の大阪では客入りが悪くて、ライヴもあまり盛り上がらなかったんだ。あれから何年も経っているし、今回はきっと大半が中年でみんな若い頃を思い出しに来るんだろうってね。だから昨晩のライヴは嬉しい誤算だった。満員でなくともオーディエンスはすごく熱狂的だったし、俺も演ってて楽しかったよ。反応がストレートな分だけ感覚に訴えかけてくるような経験だったと思う。日本人はパッションのある音楽を好むっていう話を聞くけど、それにも様々な表現方法があって、中には見せかけだけってのもあるだろう。でも俺達はそうじゃない。いつも全開でやってるんだ。

個人的に、あなた方の表現には、それを受け取った者の創造性を刺激する作用があると思っているんですが、あなた自身はオーディエンス対して、特にライヴの場ではどんな刺激を与えたいと思っていますか?

Colin:ステージを見たらみんなまず驚くだろうね。俺達のようなオヤジ・バンドがデカいノイズを出して大騒ぎしてるんだから(笑)。それにワイアーはミニマリスト集団で、必要最低限のサウンドを基本にしてる。だからスタイルやジャンルとは関係なく、シンプルな音を好む人には気に入ってもらえるんじゃないかな。

バンドを再開してからの活動を通じて、自分達のサウンドは今の時代でも十分影響力を持てると感じているのではないかと思いますが、現在のシーンとか時代の中で求められているものを意識することはありますか?

Colin:もちろん。バックグラウンドである文化や時代を映し出してこそ、はじめてワイアーが存在するんだからね。現在の俺達を語るには、音楽の歴史的な流れ、そしてこのバンドの経歴を振り返る必要がある。90年代、ワイアーはほとんど活動してこなかった。個人的にはエレクトロニック・ミュージックに没頭していて、そっちのレコード・リリースやライヴに大忙しだったんだ。そして1997、98年にドラムンベース・ブームが去り、ポスト・ロックの時代がやって来た。なかなか面白いとは思ったけど、まったくロックを感じさせなかったのが難点だったな(笑)。それから1999、2000年辺りになって、そろそろロックが来る頃だろうという予感がしていて、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでのイベントに(ワイアーとしての)出演依頼をもらった時は、状況的にもバンド再開の時期だと思ったんだ。その2年前だったらロック・バンド形態ではなくて、ラップトップを駆使したライヴになってただろうね。今とは違うサウンドになってたはずだよ。だからある意味、現在のワイアーが作り出す音楽は、エレクトロニック・ダンス・ミュージックのリズムとロック・ギターがぶつかって生まれる衝撃のようなものなんだ。ただ、再結成した時点では「これからはリズムとロックのエネルギーを融合させた音がもてはやされるぞ」と思っていたんだけど、実際には世間に求められていたものは単なるレトロで、しかもそのほとんどはクズ同然だったけどね。でもライアーズのように成功したブルックリン出身バンドもいる。次はロック色を抑えたリズム主体のサウンドが増えるんじゃないかな。

あなた方にとって、エレクトロニック・ミュージックやダンス・ミュージックというものは、どのような意味を持っているのでしょうか? それと、普段はどんなダンス・ミュージックを聴いているかについても教えてください。

Colin:ジャンルとしての効力なんてものについては語れないよ。ラップなんかみたいに、ジャンルを前面に押し出しているアーティストに限られたことだと思うしね。とにかくダンス・ミュージックに対して感じたのは、音に込められたエネルギーだった。それに時代背景といったタイミングの問題もあっただろうね。俺はSwimというレーベルを経営していて、90年代初期はミニマル・テクノを大量にリリースしてたんだ。ベース、ドラム、そして変なノイズの3つだけで構成されていて、あの頃はミニマル・テクノが世界一素晴らしい音楽だと思ってたね。当時は同系列の日本人アーティストと仕事したこともあったよ。そして、その後に続いたのはドラムンベースの時代だった。ただし、昔を振り返るのもいいけど、それは終わったこと、つまり過去を評価しているに過ぎない。どのジャンルにおいても、最後に残るのは「真にいいアーティスト」や「作品」なんだよ。質問の答になってないことは分かってる。でも、俺にもよく分からないんだ。好きなダンス・ミュージックは、初期のテクノとか、LFOとか、デトロイト・テクノなんかだな。それらは時代を超越したサウンドだと思う。でも4年前だったらそうは感じなかったかもしれない。今でこそドラムンベースは古いと感じるけれど、2年後には見方が変わるかもしれないしね。今のロックにはほとほとうんざりするよ。ここ数年、くだらないバンドばかりだろ? だから昨晩共演したメルトバナナは新しいエネルギーを運んでくれたという意味でとても重要な存在なんだ。彼らの名前を最初に耳にしたのは……確か2000年だったと思う。次は高速ロックの時代だって誰かに話していて、そいつが教えてくれたんだ。その時はまだライヴも観たことがなかったけれど、すごく興味を持ったよ。

最近のロック・バンドの中にも、テクノやダブなどに影響を受けたバンド――ただ演奏するだけでなく、その音色を後から加工するような工夫をしている連中が出てきてますが、ワイアーはかなり早い時期からそういったことを意識的にやってきたような気がします。そうした表現法はどのように獲得していったものなんでしょうか?

Colin:さあ……俺達は変人の集団だからな(笑)。実際のところ、ワイアーはロック・バンドじゃないんだ。今までもそれらしいことはしてこなかったし、ロック・バンドとしてのやり方も分かってないよ。それでも大半のバンドよりはロックしてるだろうけどね。というのも、俺達は「ロック」と言うメンタリティを持ち合わせてないからさ。ワイアーは根本的に俺達のプロジェクトなんだ。全体構成は抽象的で、サウンドの操作と曲の構成にこだわる一面も兼ね備えてる。だけどメロディーには一切興味がない。例えば民族音楽ほどメロディーやストーリー性を重要視していないんだ。それよりもサウンドやリズムの組み合わせが中心なんだよ。スター気取りやもったいぶった態度じゃ言いたいことは伝わらない。俺達はロック・バンドじゃないんだ。どうしたらそうなれるかもわからないしね(笑)。

ただ、そういった資質を持ちながら、一人で打ち込みをするのではなく――もちろんソロ活動もしてるわけですが――今回あえてドラム、ギター、ベースという形式を持ったワイアーという「バンド」をやっているのは、どういったわけなのでしょうか?

Colin:特にこだわりといったほどのものはないね。というのも、スタジオでは一発録りでなく、バラバラにレコーディングした後で必要な音を組み合わせていくわけだし……もちろんライヴは全く別物だけど。メンバーの内2人はロンドンに住んでいないからリハーサル自体が無理なんだよ。1人はスウェーデン在住だし、リハ以外の理由でもない限り交通費がかさむ一方だからね。そんなわけで、ライヴの予定がない時は、メンバー各自が音源を持ち帰って分析した上で、次のライヴで演奏可能な曲を選ぶことにしたんだ。だから、ライヴで演奏する曲は生演奏の効果が絶大なわけだけど、スタジオで作ったものとは全く別物になるんだよ。つまり、ライヴはスタジオ・レコーディングのアナログ版、そしてスタジオもライヴのアナログ版というか……どちらも創作活動というか……人工的っていうのでもヴァーチャルっていうんでもない。ロック・バンドの一つの形でありながら、ほんとのところはロック・バンドでもなくてね。抽象的な答だけど、そんな感じだな(笑)。

では、最新アルバムは具体的には、どのように作り上げていったんでしょう? ほとんどあなた一人で作業したんですか?

Colin:(今回ワイアーが)活動を再開したのは、ロイヤル・フェスティバル・ホールという3000人収容の大きな会場で行なうライヴのためだった。それからオール・トゥモローズ・パーティーズに出演し、昔の曲を引っさげてアメリカ・ツアーに出たんだ。ツアー後もみんなバンドを続けたいと考えていたけれど、そのためには新曲を作る必要があった。ワイアーは即興バンドじゃないんで、曲を形にする必要があるんだ。それに対して資金を出してくれるようなところもないから、自分達で全てをこなしてるよ。日本での契約先もレコード会社じゃないしね。アルバム制作に関しては、俺は自宅にスタジオがあるし、自分のレーベルもあるってことで、経費をかけずに作れると思った。そこでカミさんと相談した上で、レコーディングをスタートさせたんだ。最初に俺が作ったデモをみんな気に入ったんで、それをもとに16トラックのA-DATを使って3日間スタジオ・レコーディングした。その段階ではドラムやギターやベースをなんとなく録音したぐらいで、プレイ自体はものすごく粗くてまだ曲と呼べるような状態ではなかったね。その音源を、俺とブルース・ギルバートとで1年ぐらいかけて組み合わせていったんだ。必要な音があったらその場でレコーディングしつつ、使えそうなものをどんどん採用してね。そこにスウェーデンのグレアム・ルイスからベースラインや他の音が入ったMDが送られてきたり、ロバート・ゴートゥベッドからはドラム音が送られてきたりした。基本的にはハードディスクを使ったけど、いつも底辺にあったのはワイアーとしての美学だな。ロバートのドラムを基礎に置いてワイアーとしてのサウンドを構築していったんだよ。ダンス・ミュージックのように聴こえるのは、どの曲もリズムから出来上がっているからさ。いたってシンプルな理由だね。

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