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Tokyo, 2001.12
text by Yoshiyuki Suzuki
interpretation by Stanley George Bodman
translation by Shino Kobayashi

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アリゾナ州のカレッジ・タウン=トゥーソンを拠点に、様々な伝統音楽に影響されながらも同時にモダンなサウンド・プロダクションを持つ音楽を作ってきたキャレキシコ。20年ものキャリアを持つジャイアント・サンド(こちらのアルバム『チョア・オブ・エンチャントメント』も必聴)でリズム隊を務めるジョーイ・バーンズとジョン・コルヴェンティーノの2人によってスタートしたプロジェクトで、ここ数年のうちに日本でも急速に認知を広げ、エゴ・ラッピンやダブル・フェイマスらと共演した初来日公演も大盛況だった。彼らの活動ぶりを見ていると、新世紀にインディペンデントなスタンスをとるアーティストのタフさ/スマートさが感じられて非常に頼もしい気持ちになってくる。こうした希有なバンドの表現にリアルタイムで触れられる喜びはこのうえないものだ。インタビューに応じてもらったジョーイは、想像していた以上に「アート」というものに関して深い考えをもった人で、いつか機会があったらもっと話をしてみたい、そしてもっともっと彼らのライヴが見てみたい、と心から思った。(※1ページ目の写真の向かって左側がジョーイ。右は相方のジョン)

「キャレキシコっていうカリフォルニアとメキシコを合体させた名前には『音楽は国境を超える』っていう思想と同時に『規律を守ってそれぞれの個性を際立たせるために国境は必要不可欠だ』っていう意味も込められているんだ」

今回の来日実現、本当に嬉しいです。それにこうやって取材の時間を作っていただいて、どうもありがとうございます。

Joey:いやいや、こちらこそ。取材してくれて、どうもありがとう!

ではまず最初に、日本という国について感じた印象や、今回のツアーで共演したバンドについての感想を聞かせてください。

Joey:まず、何よりも日本に来れたことが嬉しくてたまらないね。長い間ずっと日本に行ってみたいなぁって夢見ていたから、こうやって来日公演が実現して本当に嬉しいんだ。それから、僕にとってこれが初めての来日なんだけど、この国、ここに住む人々、そしてこの土地の持つスピリットには感動するばかりだよ。共演バンドについて言うと、例えばエゴ・ラッピンには個人的に非常に近いものを感じた。みんな、すごくオープンマインドだし、もちろんダブル・フェイマスからもそういう印象を受けたよ。まるで初対面って感じじゃなくて、むしろ長い間音信不通だった兄弟にようやく再会できたみたいな感じがしたね。一緒にプレイする中で、お互いの音楽作りのスタンスが近いこともわかったし、似ている部分も多いなぁって痛感したんだ。

次に、あなた自身の音楽的な背景について聞きたいのですが、どのような音楽環境で育ち、どうしてミュージシャンになろうと決心したのか、その辺のことについて教えていただけますか?

Joey:とにかく昔から音楽にすごく興味を持っていたんだ。そもそものきっかけは、音楽の持つ周波数みたいなものに魅了されたってところなんだけど……音楽って、フィジカルでありながら、同時にスピリチュアルなものだろ? その両面に語りかけてくるっていうかさ。音の波に打たれるのと同時に、エモーションにも語りかけられる。僕は子供の頃から音楽が大好きだったし、常に音楽のそばにいたんだよ。

何歳くらいからの話ですか? 5歳とか6歳とか、そのくらい?

Joey:とにかくすごく若い頃から。ママがピアノを弾き語ったり、兄貴がガレージでギターを弾いたりとか、そういう環境的な要素もあったと思う。それから年齢を重ねるごとに、ジャズからクラシック、ロック、パンクとあらゆる音楽から影響を受けていったんだ。例えばミニットメンみたいなバンドが大好きだったし、以前SSTレコードで働いていたこともあるんだよ。僕は南カリフォルニアで育ったから、ありとあらゆる面白い音楽を知る機会に恵まれたんだ。高校時代にはジャズをやっていた。高校のジャズ・バンドでプレイしてて、ある年にはハリウッド・ボウルで開催された“プレイボーイ・ジャズ・フェスティヴァル”に出演することが出来た。その時にはジャコ・パストリアスに会えたし、他にもレイ・チャールズ・バンドやチャーリー・ヘイデンとかにも会えた。あとカーメン・クレイディも歌っていたし……あ、ダイアン・リーヴスもいた。そういう経験のひとつひとつから影響を受けてきたね。僕はジャコ・パストリアスの大ファンだったんだけど、その憧れの人がプレイするのを生で見たり、実際に会って話をしたり、彼のベースを弾かせてもらったり出来たんだよ。その時の彼は大病を患っていて、本当に苦しそうで……精神面の問題とかアルコールの問題もあったみたいで、見ていて辛かったけどね。でも、チャーリー・ヘイデン・バンドのベーシストとかレイ・チャールズ、それからダイアン・リーヴスとかはみんな、僕らに本当に良くしてくれた。そして、それぞれがその場所にいる本当の理由――つまり、音楽を愛しているという共通認識――を教えてくれたような気がする。そのことも本格的に音楽を志すきっかけになったね。

ちなみに、ベースをプレイしはじめたのは、ジャコ・パストリアスの影響ですか?

Joey:いや。最初のきっかけになったのはキッスだね(笑)。ジーン・シモンズだよ、アハハハ! それからポール・マッカートニーとか。クリス・スクワイアとか。

マイク・ワットはどうでしょう?

Joey:うん、マイク・ワットもね。でも彼を知ったのはずっと後になってからなんだ。子供の頃は全然知らなかったから。

今回の来日公演では、ミニットメンのカヴァーもプレイしているそうですが、彼らについてはどのように評価していますか?

Joey:彼らは本当にスゴイと思うよ。音楽の全てを一度ブチ壊して、それから余計なものを省いた非常にミニマルな表現を再構築することが出来る人達なんだ。ありとあらゆる方面から影響を受けているから折衷主義的だしね。確か彼らは、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルとかボブ・ディランが大好きだって言ってたと思う。それからジャズにも傾倒してるらしくて、チャーリー・ヘイデンとライヴをしたこともあるんだよね。折衷主義的なバンドは数多くいるけど、彼らはズバ抜けているよ。奇妙で、力強くて、情熱的で……それから歌詞も本当にいい。歌詞と音楽を組み合わせることで、社会的/政治的な物事をも上手に表現していると思う。まるでチャールズ・ブコウスキーの詩みたいな感じにね。すごくリアルなんだ。そういう部分が好きだね。

ところで、日本においてキャレキシコは、デザート・ロックとかオルタナティヴ・カントリーとかいう呼称で紹介されて、アリゾナという土地の持つ地域性と結びつける形で語られることが多いのですが、そのことについてはどのように思いますか?

Joey:ん〜、取っ掛かりとしては上等なんじゃないのかな? 人を知る上で地域性を知るのは重要なことだし。ただ、特定の地域で生まれ育ったとしても、僕らは全世界から影響を受けているけどね。とはいえ、そう呼ばれることも嫌じゃないし、気にならないよ。最初の取っ掛かりが何であれ、一度興味を持ってもらえれば、そこから僕らの興味の対象を深く知ってもらえるんじゃないかな? 例えば昔のヨーロッパ・スタイルのアコーディオン音楽とかポルトガルのマイナー音楽、ジプシー音楽。それから実験的な部分でいうと、ジャズとかインプロヴァイゼーション的なスタイルとか。セロニアス・モンクやチャールズ・ミンガスは本当に良く聴いているからね。それに僕らはアコースティックの楽器ばかり使うから、音楽を聴いただけでは分かりづらいかもしれないけど、実はエレクトロニック・ミュージックもよく聴いているんだ。リミックスもやっているし、サウンドトラック的なものも作っていきたいと思ってる。どんなタイプの音楽も好きなんだ。そして、そういう様々な影響がもっと音楽に表れてくる日が来るはずだよ。オルタナティヴ・カントリーと呼ばれたり、アリゾナ出身と謳われるところが起点としても、それは単なる出発点にすぎないんだ。僕らは非常にユニヴァーサルで、ヴァラエティに富んだバンドだと自負してる。例えばトータスとかアズ・トゥ・トーク・セブンティーン、スモッグ、リチャード・バックナー、それからダブル・フェイマスにも共通点があると思うよ。特に影響を受けた音楽や、ライヴのやり方とか使う楽器とかいった点でね。

今も言った通り、キャレキシコの音楽って、第一印象では「生演奏中心タイプのミュージシャン」というイメージがありつつ、実際にはスタジオワークについてもすごく興味を持ってやっていることがわかります。レコーディング現場では生演奏に加えて、どんな可能性を持たせようとしているんですか?

Joey:スタジオは最高の環境だ。まるで図書館にいるみたいだよ。キャレキシコのレコーディングに関しては、特に事前に細かく話し合うってことはない。ただ感じ取るだけで、直感に従ってるだけなんだ。とはいえ、いつでも違う視点から物事を捉えようと心掛けているけどね。この後、98年からずっと一緒にツアーをしてきたミュージシャンと一緒にスタジオ・ライヴ・レコーディングをする予定があるんだけど、そしたら、その音と過去に行なってきたレコーディングの違いを実際に比較してみたいと思ってる。それからリミックスの仕事は自分にとってすごく大きな自信になったと思う。最初に、アンディー・ウェザオールが曲のリミックスを依頼してきた時、『とにかく君たちの好きなようにやってくれ』って言ってくれてね。だから僕らのスタイルやプロダクション、それからサウンドやレコーディング方法に興味がない人からの依頼と違って、自分を偽って作りあげる必要が全くなかったんだ。これは本当に素晴らしかったよ! 自信にも繋がったし、この時のリミックスは僕らにとって最高の経験になったんだ。それと同様にゴールドフラップのリミックスもやったし、反対にプシェミには僕らの曲のリミックスを頼んだり、何かとリミックスを行なっているね。そういう風に一度レコーディングしたものを大勢の人でシェアするという考え方が好きなんだ。あ、トータスにいたバンディ・K・ブラウンとも一緒に仕事をしたなぁ。そうやってシカゴに行ったり、ベルリンやロンドンに行ったり、東京に行って人々と仕事をしていきたいと思う。それってすごく象徴的なことじゃない? 一緒にスタジオに入ってどのようなものを生み出せるのか、その場にならないとわからないんだから。そういう生活をするのが僕の夢だね。

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