Easy Blog







Tokyo, 2006. 9. 8
text by Yoshiyuki Suzuki
translation by Satomi Kataoka

← Prev | 1 | 2 | 3 | Next →

 ドレスデン・ドールズ初の単独来日公演は、本当に素晴らしかった。今時ギターレスもデュオ編成もさして珍しくはないけれど、2人のプレイヤビリティ、そして呼吸の合わせ方の見事さを改めて目の当たりにし、ここまで豊かで多彩な感情表現を達成している正真正銘のライヴ・バンドは他にいないと確信できた。この時には超個性派ドラマーのブライアン・ヴィグリオーネに単独インタビューする貴重な機会を得たので、オフで話す時もメチャメチャ表情豊かにオーバーアクションで喋ってくれるブライアンの様子を思い浮かべながら読んでください。

「自分がその瞬間その曲にどう共感しているかを雄弁にはっきり表現できてこそ、本物のアートフォームだと思う」

これまでにもナイン・インチ・ネイルズのサポートとかフジロック・フェスティバルで、ドレスデン・ドールズのライヴは何度も見ているんですが、ようやく昨日、初めて単独ライヴを体験することができて、とても嬉しかったです。

Brian:2005年の春にロンドンのアストリアでナイン・インチ・ネイルズとやったショウを観てくれたんだってね。実はあの1年後、今度はヘッドライナーとしてアストリアでショウをやったんだ。完全にソールド・アウトだったんだよ。素晴らしかった! 今年の5月の話なんだけど、アストリアに戻ってきて今度は自分たちのファンに向けて、確か2200人の前でプレイしたんだ。めちゃくちゃ盛り上がったよ。

おお。そんなふうに、着実に人気を拡大しているわけですが、ここ数年の状況を振り返ってみてどんな気持ちですか?

Brian:世界中でこんなふうに受け入れてもらえて、ものすごく感謝してる。それに、その辺の「ニュー・トレンディ・バンド」にはならなかったし、ただのハイプで終わらなくて、ホントよかったと思ってるんだ。みんな、ちゃんとコンサートを観に来たり、口コミでバンドのことを知ったり、とても真剣かつ誠実な形で僕らのことを知ってくれているのが、とっても嬉しいね。それに今の成功は、バンドを始めた当初に目標としてたレベルまで十分に達してると思う。だって自分たちの好きなことが、無理なく、いい感じのペースでやれてるわけだから。

なるほど。では、昨晩の日本初単独ライヴの感想を聞かせてください。

Brian:昨日は……驚異的だったよ。最高だった。特によかったのは、終演後のサイン会でファンのみんなと直に触れ合えたことだね。みんなの顔から僕らに向けられた喜びの気持ちがあふれ出ていて、誰もが本当に感じよかったし、しかもコンサートの間ものすごく熱心に集中して、しっかり聴いてくれてるっていうのがこっちにも伝わってきた。本当によいライヴだったな。

ちなみに、さきほどアマンダに話を聞いたら「アメリカなどに比べると観客が静かなので、ちょっと戸惑いを覚えてしまったけど、最後のサイン会の時にみんな喜んでくれてたんだというのがやっと実感できた」と言ってました。

Brian:アマンダっていつもそうなんだよ。常に自信がなくて、オーディエンスが大騒ぎして声援を上げてくれてないと「楽しんでくれてるのかしら?」って、なぜか今でも不安になるらしいんだ。でも僕に言わせれば、このバンドのオーディエンスの反応って、じっと耳を傾けて気が向いたら拍手してくれる、っていうのが普通の反応なんだよね。ショウの間中叫び声上げてモッシングしてるような典型的なロック・ショウと違って、ステージで起きてることや僕らの言葉に対して反応してくれるんだ。つまり、集団意識が働く場というよりも、観客ひとりひとりがそれぞれ自分だけの体験をする場所が、僕らのコンサートだってことなんじゃないかな。アリーナ・ロックの場合だと「みんな行くぜ!」「ウォーーーッ!」、「みんないいか!」「ウォーーーーーッ!」って、一斉に盛り上がるノリだけど、ドレスデン・ドールズの場合は「君、調子はどう?」、「いいよ」、「まあまあさ」、「イマイチだな」、「悲しいんだ」、「ハッピー!」っていうふうに、観客ひとりひとりに語りかけてる感じで、だから全体的な反応も比較的おとなし目になるんだよ。でも熱狂的なのはまったく同じで、アメリカでもコンサートの後サイン会をすると、涙を浮かべてるキッズがいたりなんかするし、自分たちの音楽がファンの人生にすごく影響を与えたんだって思うと、素晴らしい気分になる。ポップ・アイドルを見て「きゃーっ、めっちゃかわいい! もう大好き☆」って泣いてるのとは次元が違って、自分たちの音楽がその子の人生の役に立ってるってことが、すごく伝わってくるんだ。

確かに。昨日のライヴも、みんな大騒ぎしたりはしてないけれども、すごく集中して聴き入っている様子が感じられたんですが、そういう雰囲気は、ドラムの向こう側にいてもわかりましたか?

Brian:もちろん感じたよ。それを認識する力を高めるには、観客とアイコンタクトを取るのが一番なんだ。観客とちゃんと気持ちを通じ合わせずに、ただ漠然とステージに立って会場をぼーっと見回してるだけじゃ、みんなが楽しんでくれてるのかどうか判断するのがますます難しくなると思う。だから僕たちも、観客の微妙なリアクション、たとえば歌詞を口ずさんでたり、僕とアマンダを交互に見てたり、微笑んでたりっていう姿をキャッチすることで、みんなが夢中になってくれてるかどうかを把握してるんだ。大声で騒いでるかどうかを判断基準にしてはいないんだよ。

ところで、ショウの途中あなたがギターを弾いてアマンダがハンド・マイクで歌う場面がありましたが、ああいう風にドラムセットの後ろから前に出てきて、オーディエンスと近い距離でコンタクトしている時は、どんな気持ちがしていますか?

Brian:うん。たとえば面白いのは、僕が客席に近づくと、みんなから「恐怖」や「不安」みたいなものを感じるんだよね。ちょうど大型犬に出くわした子どもが「手を出したら何をされるだろう」って恐怖を感じてるみたいな。

というと?

Brian:ドラムとピアノの後ろにいるはずの2人が、いきなり縄を解かれて目の前にやってきたわけだから、「何するつもりだろう」って不安になるわけ。そういう人間関係を誰かと持つこと、誰かの不安をそんなふうにコントロールするということが、僕にはすごく興味深い経験なんだ。みんなを身構えさせるというか、我が身を守らなきゃと思わせるのと同時に、完全に心を開かせることができるからね。とあるショウで、最前列にいた女の子がずっと僕のことを見つめてたんだけど、"Two-Headed Boy"を僕が前に出て行って演奏して、最後の音を弾いてお辞儀して、という過程を通じて、まるで彼女だけに直接プレイしてあげてるような雰囲気になったんだ。けど、それをきっかけに彼女が本当に心を開いてくれたのが、こっちにも見てとれたんだよね。すごく愉快で、しかもすごく複雑な力が、そこでは働いてるんだよ。

なるほど。ちなみに、昨夜のショウでもそこでアマンダがあなたに耳打ちして、その場でセットリストを変えていましたが、そうした判断は主にアマンダがやっているのですよね?

Brian:まあ、基本的にはそうなんだけど、ふたりでやってるとも言えるかもね。その時の雰囲気とか……エヘヘヘ(笑)……なんで今笑ったかというと、このことでツアー・クルーにしょっちゅう皮肉られるからなんだ(笑)。「事前にセットリストを書いてくれてどうもありがとう。実に助かるよ」ってね(苦笑)。でも、やっぱりこれもライヴ・パフォーマンスの醍醐味っていうか、他人と自然発生的・衝動的な作業をする醍醐味だと思うんだよね。つまり、その瞬間の自分の本当の気持ちにもっと忠実になれるってことで、それが究極的には曲にもベターな結果をもたらすと思うんだ。だから……うん、それが答かな。本当にその瞬間の判断でやってることなんだよ。ソング・リストは単に、自分たちがどういうレパートリーを持っているかを思い出させてくれる「きっかけ」みたいな存在になっているってわけ。

そうやってライヴに常に即興性を持たせるのは、やはりドレスデン・ドールズにとって最重要なことのひとつなんでしょうか?

Brian:もちろん。ライヴ以外の他の場面でもそうなんだけど、僕とアマンダってすごく本能的なところで動いてるんだよね。自分たちの周囲の、いろいろ微妙な側面を感じ取りながら、それをどうやって形にしていくか逐一把握しながら作業していくんだ。そしてそれを個々の曲の中で展開していって、新鮮さや活気を維持するようにしてる。だから、元の曲とまったく同じ音やリズムでプレイするってことが、ホント滅多にないんだよ。元の曲は、単なる骨組みでしかないのさ。ジャズと同じで基本的なメロディの骨組みがあって、自分がその曲の情感についてどう感じてるかを、その枠組の中でさらに表現していくわけ。それでこそ真のアートフォームだと思うんだよね。自分がその瞬間その曲にどう共感しているかを雄弁にはっきり表現できてこそ、本物のアートフォームだと思うんだ。

なるほど。

Brian:僕らはいつもステージに立った瞬間から、そういう心構えでいるようにしてる。つまり、音楽が鳴っているうちに2人の間で起こるいろんな微細な事柄に、どうやって反応するかを常に考えるようにしてるんだ。ダンスのパートナーに反応できるようにしておくのと同じことだよ。わかるかな? たった2人のデュオでやるのって、まさにダンスに似てるんだよね。バンドで大勢の人間とダンスをするとなると、動ける範囲がすごく限られちゃうけど、相手がひとりしかいなければ、相手のどんな小さな動きにも反応することができるわけ。ツイストしたりターンしたりってね。動き回れる範囲が幾何学級数的に増加するんだ。僕らがライヴ・ショウでフルに生かそうとしてるのがまさにそこの部分で、つまり僕らは「他の大勢のメンバー」の存在ってやつに、縛られることがないってわけ。もちろん、マイルス・デイヴィスなんかは、13人のミュージシャンを従えながらも我を忘れたように自由奔放にプレイしてたけど、あれはあくまでも極端に才能のある人の例であって、ほとんどのロック・バンドはそんな余裕はどこにもない。でもデュオである僕たちは、自分たちがプレイする音楽のありとあらゆる側面を好きなだけ練り上げることができるし、そのお陰ですごくクリエイティヴな感覚が生まれるんだ。ひとつの「仕事」だけに縛られているという感覚とは違ってね。アマンダの歌にしてもそうで、歌詞の多くがたくさんの比喩的イメージとストーリーテリングをほのめかす内容になっているから、そういったイメージを物理的に体で解釈できるっていうのが、素晴らしいところなんだ。音符やリズムだけじゃなく、音楽の持つ全体的な「身体性」も取り入れながらプレイする、それが僕たちが目指してることなんだよ。

← Prev | 1 | 2 | 3 | Next →

Special Issue | Interviews | Articles | Disc Reviews
Core BBS | Easy Blog | Links

© 2003 HARDLISTENING. all rights reserved.