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『ザ・レイヴン』
ザ・ストラングラーズ

東芝EMI(TOCP-67945)

 ストラングラーズ通算4作目のオリジナル・アルバム『レイヴン』は“ロングシップス”で幕を開ける。1分ちょっとの短いインストゥルメンタルだが、以前にも“グッドバイ・トゥールーズ”とか“アウトサイド・トーキョー”といった曲で試されてきた3拍子系のナンバーは、非常に印象的なオープニングとして機能している。この「1曲目が3拍子のインスト」という形は、次作『メニンブラック』でも踏襲された。ちなみにロングシップスとは、かつて北欧のヴァイキングたちが乗っていた舟(※裏ジャケットでメンバーと一緒に写真が載っている)のことで、荒れ狂う海に挑む海賊のイメージには、スウェーデンに住んでいた経験のあるヒュー・コーンウェル以上に、ジャン・ジャック・バーネルが魅せられていたようだ。
 そのまま続けてヴァイキングにまつわるイメージを広げたタイトル・ナンバー“ザ・レイヴン”は、ストラングラーズ史上でも屈指の名曲のひとつだ。ここでは、すでにバンドはパンク・ムーヴメントに別れを告げ、たとえその先にどれほど困難な道が待っていようとも、新たなる領域を目指して突き進んで行くのだという決意が毅然と表明されている。JJの歌声のトーンがシャウトせず淡々としているところが、最高にクールでカッコいい。ネズミに続いてバンドを象徴する動物となったレイヴン(ワタリガラス)について、JJ自身は以下のように説明する。「レイヴンは北欧神話において非常に重要なシンボルなんだ。神々の王であるオーディンが飼っているカラスは彼の目となり、世界中を飛び回ってはそこで見聞したことを主に伝える。これがアルバムのコンセプトにぴったり合っている気がしたんだ。それにヴァイキングはワタリガラスを舟に乗せて、新しい侵略地を探させたから、レイヴンは移動の象徴でもあるのさ」。

 77年1月にシングル“グリップ”でデビューしてから、同年中に『夜獣の館』と『ノー・モア・ヒーローズ』、翌年5月には早くもサード『ブラック・アンド・ホワイト』と立て続けに3枚のアルバムをリリースし、大成功を収めて来たストラングラーズだったが、パンクとともに燃え上がり、一気に駆け抜けてきたバンドは、そこでいったんブレイクをとる。79年には初期の凶暴な空気が凝縮されたライヴ・アルバム『Xサーツ』がリリースされ、さらにジャン・ジャックは『ユーロマン・カメス』、ヒューはロバート・ウィリアムスと共同制作した『ノスフェラトゥ』とそれぞれ初めてのソロ・プロジェクトを形にし、パンクとは異なる音楽性を世に示してみせた。そして、スケジュール的にも余裕を持ちながら、イタリアで曲を書いてフランスでレコーディングを敢行、79年の9月に発売された『レイヴン』は、タイトル曲が象徴している通り、第2章へと向けて漕ぎ出したバンドの姿をはっきりと確認することができる。
 すでにバンドの活動範囲は世界中へ広がり、商業的な成功で得た報酬は機材の充実に結びついた。この2つの側面が『レイヴン』には正しく反映されている。例えば、歌詞に反映された地理的な要素を拾っただけでも、アメリカについての“デッド・ロス・アンジェリス”、日本のことを歌った“アイス”、オーストラリアに関する“ニュークリア・ディヴァイス”、イランに対する“シャ・シャ・ア・ゴー・ゴー”という具合だし、他にもヘロイン、遺伝子工学、そして次作にてトータル・コンセプトとなって大展開する謎の存在メニンブラックに至るまで、多岐にわたるテーマが取り上げられていることが分かるだろう。
 サウンド面では、オルガンを主体にプレイしていたデイヴ・グリーンフィールドが、少しずつ導入してきたシンセサイザーを完全に使いこなしていっそう多様な音色を聴かせるようになった他、ギター、ドラムス、とりわけベースのフレージングは(この時期の彼らの楽曲には、JJが弾いたベースラインを基にして作られる曲の数がかなり多かったようだ)それぞれ3コードのロックンロールの一類型であったパンク・ロックを遥かに超えた次元で高いオリジナリティに到達している。メタルチックスもカバーした“デッド・ロス・アンジェリス”におけるツイン・ベース、美しいピアノをフィーチャーしながら底なしの暗さをたたえた“ドント・ブリング・ハリー”でキックが1音ごとに左右にパンされる工夫、“メニンブラック”でのヴォーカル変調などなど、実験的な色合いも非常に強くなった。また、“アイス”と“シャ・シャ・ア・ゴー・ゴー”に同じシーケンス・パターンが入っているのは、もともと繋がっていたものを2つに分けたからだそうだ。おそらくリアルタイムで初期のストレートな作風に入れあげたファンは、ここらあたりで馴染めないものを感じ始めたのかもしれない。しかし、リリースから時を経た現在では、先鋭性に富みながら同時に流麗なメロディーやキャッチーなリフを満載した本作は、あまりに多様性に富んでいるがうえにもたらされた少しばかり散漫に思えた当初の感触を完全に覆し、もはや優れてポップな印象さえ与えるものになっている。

 筆者は2006年4月、空手の師範会議に出席するため単身来日していたジャン・ジャック・バーネルに会見する機会を持てた。その時に彼から聞いた話では、今イギリス現地のストラングラーズ・ファンから「最高傑作」として名前がよく上げられるのは、本作『レイヴン』らしい。当時、バンドにとっては大きな音楽的転換点であり、それに対して若干とまどいを隠せないリスナーもいたが(それが次作でいっそう拡大していく事実経過はご存知の通り)、クラッシュは『ロンドン・コーリング』や『サンディニスタ!』で、ジョン・ライドンはセックス・ピストルズ脱退後パブリック・イメージ・リミテッドで実践していったように、志の高いアーティストが皆「パンク以降」を模索しながら創作意欲をいっそう活性化させていったことは、後の歴史がきちんと再評価を与えている通りだ。そうした状況の中でストラングラーズは、そもそもパンクに参加するにはやや年長で、音楽的経験も豊かだった部分を背景に、独自の音楽性を切り開いていく。その偉大な第一歩となり、まさに新たな創造のエクスプロージョンが起きた『レイヴン』は、後のヒュー脱退を経て今なお続くストラングラーズの歴史の中で、やはり輝かしい瞬間として認識されているのだ。続く『メニンブラック』が、4人のメンバー間の科学反応がピークに達した作品であり、コンセプト・アルバムでもあることから、ビートルズならば『サージェント・ペパーズ〜』的な位置にあるとこじつければ、そこでまとめあげられる直前に起きた表現衝動のビッグバンをそのまま克明に記録した本作は『リボルバー』的な位置にある作品なのかもしれない。
 『レイヴン』は全英チャートで最高4位を記録したが、これは集計上のミスによる不当な順位だったという逸話もある。なんでも『レイヴン』の売り上げが間違ってポリスの『白いレガッタ』の方に計上されてしまったのだそうだ。また、非常に軽快で耳馴染みのよい“ダッチェス”と“ニュークリア・ディヴァイス”、そしてボーナス・トラックに収録されているフランス語ヴァージョンも作られた“ドント・ブリング・ハリー”の3曲がシングル・カットされ、スマッシュ・ヒットしている。前2者のビデオ・クリップには、どことなくユーモラスな味も出始めており、ヒリヒリとした彼らの周りをとりまくムードに変化が訪れつつあることも感じとれるだろう。

 ボーナス・トラックについて触れておくと、“ベア・ケイジ”は80年3月にリリースされたアルバム未収録のシングル曲で、クラフトワークやジョルジオ・モロダーらの初期テクノ・ポップに影響されて出来たナンバー(カップリングの“シャ・シャ・ア・ゴー・ゴー”とともに12インチ用のロング・ヴァージョンもある)。“フールズ・ラッシュ・アウト”は“ダッチェス”の、テープの逆回転を使った“イエローケイクUF6”は“ニュークリア・ディヴァイス”のシングルB面にカップリングされた曲だ。

 今回の紙ジャケットでのリイシューに関しては、音源的な内容は2001年に本国でリイシューされた時のものと同じだが、その際に勝手につけ加えられたCDトレイ部分のデザインなどが個人的には気に入っていなかっただけに、こうしてオリジナルに忠実なアートワークに包まれた形で改めて名作を手に出来ることは、本当に喜ばしい。もうひとつ参考までに書いておくと、オリジナル・リリース時には、ジャケットを飾るカラスの絵に立体写真を使った初回限定のオリジナル・アナログ盤も制作されたが、その3Dアートは日本の技術だそうで、当時ヒューは、その仕上がりをチェックするために来日していたそうである。


2006年6月 鈴木喜之


※本稿は、国内盤アルバムのライナーノーツとして書かれたものです。

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