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『45RPMコレクション』
ザ・ザ

Epic Records (EICP-7058)

 20世紀最後を飾るに相応しい『NAKEDSELF』という名作を世に送り出しながら、ザ・ザとナッシング・レコードの契約関係は、その後ほんの短い期間で幕を閉じてしまった。個人的に、マット・ジョンソンとトレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)に対しては、それぞれ音楽界で五指に入るほどの尊敬の念を抱いているだけに、コラボレーションの気運すら芽生える様子もないまま両者の関係が決裂してしまったことは、返す返すも残念だ。そうなってしまった背景には様々な事情があるのだが、ここでその詳細について触れるスペースはない。しかし、よくよく考えてみれば、孤高の存在感を放つ2人がともに道を歩むことなど、最初から不可能な話だったのかもしれない。
 さておき、この『45 RPM』と題されたシングル集の企画は、まだザ・ザとナッシングの関係が続いている頃から口の端に上っていた。実際に『NAKEDSELF』のCDブックレットに記載されたディスコグラフには「『45 RPM』のVol.1とVol.2が2000年にリリース」としっかり掲示してあるし、さらに当時筆者が行なったインタビューの中でマットは「翌2001年末にVol.3も発売するつもりだ」と発言している。つまり、このシングル集はナッシングとの関係が切れる以前の段階から構想されていた作品であり、メジャー契約を失ったために、以前の所属レーベルに泣きついて過去の遺産をほじくり返して小金を稼ぐような行為ではないのだ。マット・ジョンソンをよく知る人なら御承知の通り、彼は不屈の闘志で自らの創作活動を貫徹せんと戦う男であり、現在もその姿は変わらない。ちなみに、本作のブックレットには『45RPM Vol.2』は2002年リリース作品と掲載されている。熱心なファンにとっては、もはや「ザ・ザのCDブックレットに掲載されるリリース計画がきちんと実現した試しはない」という状況はとっくに恒例化している観もあるが、今度は予定通りに出ることを願いたい。

 ではここで、各曲について簡単に説明していこう。まず最初の2曲“UNCERTAIN SMILE”と“PERFECT”は、それまで個人名義で『BURNING BLUE SOUL』などの作品を発表していたマット・ジョンソンが、ザ・ザという名称を使ってレコーディングした最初期の作品で、ワイヤーやソフト・セルを手がけてきたマイク・ソーンによってプロデュースされている。ちなみに“UNCERTAIN SMILE”はデビュー・アルバム『SOUL MINING』に、“PERFECT”は同アルバムのUS盤にも収録されたが、どちらも全くテイクが異なる。前者のアルバム・ヴァージョンでは後半にジュールス・ホランドによる華麗なピアノ・ソロがフィーチャーされていたが、こちらのヴァージョンではフルートとサックスが使われている。また、後者ではデヴィッド・ヨハンセンがハーモニカを吹いている。この2曲は今回が初CD化で、元の音質のチープさは否めないが、リマスタリングの効果も発揮され、オープニングを飾るのに決して遜色はない。
 “SWEET BIRD OF TRUTH”“INFECTED”“HEARTLAND”は86年にリリースされ、全曲分のクリップを収めたビデオ作品とともに、シーンに大変な衝撃をもたらした『INFECTED』からシングル・カットされた楽曲群。今回のコンパイルにあたって収録されたヴァージョンは、アルバムに入っているものとは微妙にエディットの違う箇所があり、マニア心をくすぐる。
 続く“ARMAGEDDON DAYS ARE HERE (again)”“THE BEAT(en) GENERATION”の2曲は、ギターにジョニー・マー(元ザ・スミス)、ベースにジェームズ・エラー(ニック・ロウやジュリアン・コープのバック・バンド他)、そしてドラムスにデイヴッド・パーマー(元ABC、YMOなど)という強力な布陣のメンバーを揃え、初めてパーマネントなバンドとして作り上げたアルバム『MIND BOMB』から。サルマン・ラシュディ暗殺指令騒動によって発禁となった“ARMAGEDDON DAYS〜”ではイスラム教とキリスト教の対立による最終戦争の終末観が描かれているが、作品の発表後まもなく湾岸戦争が勃発し、そのあまりに予言的な内容が話題となった。そして、新世紀に突入し、世紀末ムードも消えたはずの今また再びアフガニスタンで対テロ戦争がリアルタイムで進行しており、この曲の提起する問題が過去のものになっていないという現実を、我々は真に恐怖すべきかもしれない。
 “DOGS OF LUST”“SLOW EMOTION REPLAY”“LOVE IS STRONGER THAN DEATH”は、アルバム『DUSK』からのシングル・ナンバー。社会問題よりも人間としての内面的な葛藤がテーマとなったこのアルバムは、聴く者の胸を震わせずにはおかない名作中の名作で、マット自身も特にお気に入りだそうだ。
 次の“THIS IS THE DAY”はデビュー・アルバム収録曲だが、『DUSK』の翌年にリリースされた『DIS-INFECTED EP』(※アメリカでは同じジャケットで内容が少々違う『SOLITUDE』というタイトルのEPが出ている)のリード・トラックとなった再録音ヴァージョンで、オリジナル盤の方では“THAT WAS THE DAY”というタイトルでクレジットされていた。続いて“I SAW THE LIGHT”は、アメリカの伝説的カントリー・ブルーズ・シンガーであるハンク・ウイリアムスのカバー曲ばかりを収めた『HANKY PANKY』から。原曲を完全にザ・ザ化してしまった、アルバム中でも出色のナンバーで、高層ビルの屋上の縁を歩き回るマットの姿を捕えたビデオ・クリップが印象深かった。
 “DECEMBER SUNLIGHT (CRIED OUT)”は、ナッシングからリリースした『NAKEDSELF』に入っていた曲だが、本作収録にあたり、以前のバンドメイトであるジェイムズ・エラーのプロデュースによって再レコーディングされている。ここでマットとデュエットしているのは、ブラーなどが所属するフード・レーベルから99年に『HEAVY HIGH』という作品でデビューしている女性シンガーソングライターのリズ・ホースマン。個人的に彼女のファンでもあるので、こうしてザ・ザとのコラボレーションという形で再会できたのは非常に嬉しい。
 そして今回、純然たる新曲として書き下ろされたのが“PILLAR BOX RED”と“DEEP DOWN TRUTH”だ。ともに『NAKEDSELF』を作り上げた現在のバンド・メンバー、エリック・シュマーホン、スペンサー・キャンベル、アール・ハーヴィンらの演奏で、イギリスのミュージック・シーンではベテラン・コンビとして名高いクライヴ・ランガーとアラン・ウィンスタンレーによってプロデュースされている。なお、“DEEP DOWN TRUTH”をデュエットしているアンジェラ・マクラスキーは、ワイルド・コロニアルズというバンドを率いて活動している、マットの古くからの友人だそうだ。  なお、ラスト3つの新録曲に関しては今後、『NAKEDSELF』からシングル・カットされた“SHRUNKENMAN”と同じように「新解釈シリーズ」と題されたEPを順次リリースしていく予定だという。現在で確認できた範囲では“DECEMBER SUNLIGHT”をアンナ・ドミノ(※“SWEET BIRD OF TRUTH”でもデュエットしていた女性シンガー)がカバーすることが決定している他、ジョニー・マーや、アンジェラ・マクラスキー&ワイルド・コロニアルズ、さらには昨年サマーソニック・フェスティバルで来日したエルボーといった面々が参加することになっているらしい。いずれにせよ、マットのこれまでの交流が活かされたアーティスト人選になるようだ。
 マットによれば、2004年のザ・ザ25周年に向け、自らを総括する意味合いの諸作品を、これから2年間にわたって発売していき、その第1弾となるがこの『45RPM Vol.1』ということだ。すぐ後に続けて『SOUL MINING』『INFECTED』『MIND BOMB』『DUSK』のリマスター盤リイシューが控えているし、ファンとしては誠に喜ばしい限りだが、では肝心の純然たるニュー・アルバムはどうなっているのか?というと、さすがはマット・ジョンソン、こちらも来年のリリースに向けて現在作曲作業を進めているとのこと。やはり彼が後ろばかりを見ているわけがなかった。なんでも新作では「25年前のルーツに戻る時期だと感じ、全てのパートを自分で演奏するつもり」(!)らしい。ちなみに、今後ザ・ザの作品はラザラス・レコードを通じて、その都度メジャーのディストリビューションを使ってリリースすることになるそうだ。また、この原稿を書いている時点では来月の話だが、デヴィッド・ボウイ主宰のメルトダウンというイベントに出演し、旧友のジム・フィータスとステージで共演するという興味深い試みも果たしているはずだ。

 『45 RPM』を聴くと、改めてザ・ザの音楽が普遍の輝きを放っていることがよくわかる。曲の中で扱われているテーマは、世界のことから個人の内面のことまでと凄まじく幅広いが、最終的にどの曲もマット・ジョンソンという一人の男が自分自身から削り出すようにして書いているからこそ、時代の変化とともに風化しない強靱さを持ち得るのだ。ザ・ザ=マット・ジョンソンの作り上げる音楽はまだまだこれからも私達を打ちのめし続けていってくれるに違いない。

2002年5月 鈴木喜之


※本稿は、国内盤アルバムのライナーノーツとして書かれた原稿に、一部手を加えたものです。

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