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1999.11.5 - 11.13
text by Seiki (NAHT)


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1st Day..........11/5 (fri)

pm9:00西荻窪駅構内にてBURNING AIRLINES(以下BAL)と初対面。Jayはお辞儀の様な姿勢で「I am Jay Robbins」と自己紹介。俺はこの時点で気を失いそうな感じだった。我々NAHTの事はKEROSENE 454のメンバーから聞いていたとJay。導入部は割とすんなり入った。そしてJayはやはり大柄。Peter(Dr.)は気難かしそうな第一印象(3連ベルトが泣かせる)。この時点でメンバー全員かなりお疲れの様子。ウェルカムパーティー&晩飯は簡素に白木屋にて。ここに居るのは紛れもなくあのJay Robbinsである。食事中JayにNAHTの意味を聞かれ「傷口を縫合する意」だと伝えると良い名前だと頷いてくれた。帰りしなにエモキッズ(?)と思しき連中に会う。HOT WATER MUSICのT-SHIRTSを着てたがBALのメンバーには反応弱し。俺には理解できない行動。さて夢物語の始まりである。本日はBALのメンバーはSOON/ジョージ宅へ宿泊。


2nd Day..........11/6(sat)

前日の駐禁レッカー代を払いに荻窪警察に寄りつつpm 3:30に新宿JAMへ。BALは弦や楽器アクセサリーを購入しに新宿の楽器店へ。俺はサウンドチェックの手配&ハコとの打ち合わせ確認。Peterにはスネアを、JayにはNAHTのG.アンプを貸す。ここで遂にBALのプレイを目の当たりにする。その3人とは思えないパワーに撃沈寸前である(意識をしっかり!!)。米のバンドはGの音量は小さめのバンドが多いがJayはその中に於いてはかなりタフな部類だ。さなかNAHT器材に馴染むためJayと会話。この辺りですこしずつではあるが親しみを交換しあってきた。この日のライブは言葉も無い程ほぼ完璧な物だった。鋭角なささくれがあり口とは全く別の動きをとるG.(このポイントが3人編成のバンドに深みをもたらす)にまず感動。JAMの音抜けのクオリティーを(特にVo.のパワーアンプ耐久量。絶対音量が小さいのに加え、歪みがち)差し引いても長年の自分自身の思い入れを満足させるには充分過ぎるステージだった。ツアー初日はハコや楽器、メンタリティーのコンディション調整等に演奏のクオリティーが左右されがちだが、彼らにそんな言葉は不必要だった。ツアーバンドはやはりタフである。幾つかの取材を執り行いながら、終演後のパーティーはいろはにほへとにて。一部の段取りの悪さにイライラが収まらない。気を静め食事へ。Jay達と今お気に入りのバンド("CHAVEZ"/matador)やKEROSENE454のERIKとDARRENの新バン("OSWEGO"/リリース予定は未だ無し)の事やJayの年齢(32才!)や最近のIanの近況等を拝聴。約2年前のBLUETIP達とのツアーの時も感じたけど、Ianの話題には言葉選びが慎重になる。昨晩にないテンションにてパーティは2時間弱で終了。それにしてもJayは実に人格者である。はにかみや且つ礼儀作法を重んじる紳士でした。日本食は貪欲に食すし(寿司、刺身を好んで食べていた)、自分が日本語を操れない事を皆に陳謝する。依然こちらの気持ちはトップギアに入ったまま。今晩は眠れるのであろうか?


3rd Day..........11/7(sun)

遂にこの日の到来である。何度この日の朝を想像したであろうか。15:00。NAHT、SHELTERに到着。器材搬入をBALのメンバーも率先してやってくれる(この姿勢がクール)。BALサウンドチェック開始。ここで"sweet"のカバーを演奏。昨日のJAMと比べればP.A.のクオリティーの差も加わり申し分無い様子。今回のツアーではこのサウンドチェックの時間帯に俺はJayのギタープレイを探った(これはまさに俺なりのサウンドチェック!)。いつもNAHTがLIVEを演っているここSHELTERのステージに立っているBALを見ながら一瞬、妙な気持ちになった。サウンドチェックが終わり階上へ上がると大勢の人だかりを確認。少しほっとする(ここは日本です。この光景こそが自分の志を強固なものにしてくれる瞬間でもある)。COWPERSはこの日新曲を数曲披露。確実に次のステップを見据えている感じがして良い。居心地の良い場所にとどまる事は即ち負けを意味する事をメンバーは知ってる。
 SOONの持ち得てる可能性は多分に感じる故に、これからの活動に期待。SHELTERでは8月の"narrow ways tour"以来の我々。この日は絶対に譲れない思いで踏ん張った。以前から「早くNAHTやSOONとライブをしたい」と言ってたJay達の事はこの瞬間だけは忘れました。相手が誰であっても自分達はライブに於いては一切の躊躇はしない。ここではバンド対バンドの勝負。下手な歩み寄りは不必要である。笑みが漏れたのはNAHT終了後のBALの時でした。演奏中盤なんと"Roll Kicker Lay Down"の名曲を披露。間髪いれずに"Carnival"へ突入。会場に即死者は何人いたのでしょうか?楽屋にて困憊中の俺は思わず超満員の会場内へツッ走りましたね。この貴重な瞬間を客席で共有する為に。アンコールも終了(SWEETのCOVER&"back of love")。大喝采の中2日目が終了。因みにこの日はチケットはSOLD OUT(実質250人動員)でした。来てくれた皆さんどうも有り難う。終演後同会場にて懇親会(敢えて)。皆いい顔してました。川瀬(S00N)と現在までの収支の確認。思っていたより遙かに多くの動員があったのでBALに飛行機代を渡せそうな気配。遠く離れた(まして日本の)地に同じ様なシンパシーを感じてる人間がこんなに存在している事にBALのメンバーも喜んでました。PeterやMikeがそろそろ宿家に帰ろうと言ってる時もJayは「未だここに居たい」と言っていた(この時の彼を今でもたまに想い出す)。



4th Day..........11/8(mon)

今日から2日間は各誌取材日。途中NAHT CARをPICKしに下北経由でGND氏と共にPHILTER RECORDへ(この会社は奇跡の日本版をライセンスリリースした会社で、昨年1月に設立した小さなベンチャー会社)。Jayと俺の対談取材、GND氏、川瀬も混じって座談会取材、Jayのみの取材等この日合計6誌程執り行った。違誌の何度となくされる同じ質問に微妙に言葉を変えて答えているJayの姿は印象的でもあり学ぶ事も多くあり。中には酷い内容の取材も2誌程あり(知りたければ教えます)。「BURNING AIRPLANEとは……」とバンド名をいきなり間違うという取材者にはあるまじき行為を犯した所もあった(勿論、間髪入れずに即訂正させたが訂正されるまで気付いてないという始末で俺の顎も完全に伸びた)。Jayは至って冷静。この日からBALは我家へ宿泊。遂にこの日が来たかと思うと先程の取材攻勢でいささか疲れた体にちょっとした興奮が宿る。思い入れが形になる瞬間。願えば叶う事のあかし。それは自分自身で掴む。思ってた以上にJayはかなりの人格者であった。俺が流暢に英語を話せない事で会話が途絶え一瞬変な空気になっているのに、そのことをJayはまるで自分が悪いんだと自責している。言葉を一生懸命拾おうとしてくれる。既に完全に気持ちは通じ合ってると確信する。PeterやMikeとも随分打ち解けてきた。Mikeは我が家のCD棚を必死にチェックしてる。("UNDERSTAND"に"オーマイゴ"、PETERは"DAG NASTY" 85-86の'7x4 BOXに "ジーザス"を連呼)Jayは昨日話題にのぼったCHAVEZ(ex BULLET LAVOLTAのメンバーとLIVESKULLのメンバー在籍)のCDを持参のウォークマンから取り出し俺に聞かせてくれた。我家のGAZZARDのCDを見つけメンバー全員で盛り上がる。(みんなかなり好きらしい)Jayは「FLANKLINの新譜はTRENCHMOUSEみたいじゃない?」と言っていた。Mikeは元々JAWBOXのローディだったのだが(彼はその他にSHINERやTRUSTYでもプレイしていた)。こういうツアーでもモーニングコールの事や明日の予定等の気配りを忘れない。役割分担が完全に出来ている事にツアーバンドの神髄を感じる。PeterはJayの良き参謀件相談役ってな印象を2人の会話や空気から感じられる。どっしりとしていて無口だ。Jayに俺の大事なGaverment Issueの"strange wine e.p."に心温まるメッセージサインを貰った。(Jayの後ろ姿のジャケに"someday maybe pete and I will start a new band and play with NAHT in japan.....という回想吹き出しを書いてくれた。不覚にも涙が出そうになった)。これで俺の人生にすべき事柄の最重要項目の何個かは終了した。


5th Day.......... 11/9(tue)

取材日2日目(この日はJay以外のメンバーは都内観光)。「昨日の夜俺便所に起きたんだけどうるさかった?」とPeterの心遣いから朝が始まる。オフ日である今日の彼はいつもと一味違う。Jayがシャワーを浴びている間にPeterとMikeのオンステージ。俺のグレッチコルベット('69製)をおもむろに握り何故かAC/DCやLOUDNESS(!)のナンバー("crazy night")を朝から激唱。2人でゲラゲラ笑いながらまたしても"オーマイゴ"を連発。Peterの"ちょっと日本にいるので"的にLOUDNESSを弾く(これがかなり巧い)得意げな「これドウ?」っぽい顔は一生忘れない。シャワーからあがったJayは漫画ZENIGEBA(全4巻)を本棚から見つけだし「これってバンドと関係あるの?」と興味を示す。アルビニ好きな彼はZENIGEVAが好きだそうです(ここからZENIGEVAのアルバムの話に花が咲く。以前俺がやっていたBITCH RAID DRIVEというバンドのDrはex.ZENIGEVAだよと話すとビックリしてた)。インターネットチェッキングを済まし(パンドラボックスのページや自分への手紙を確認してる様子)その間にMikeが「JAWBOXのビデオ今見ても良い?」とJayに確認とった後、家にある以前CWP/カズトモに貰ったビデオを30分程Peterと俺の三人で見る。さなかJayもさすがに気になる様子でとなり部屋からちらちらTVの画面を見に来る。「これいつのツアーだっけ? あ、解った!このツアー最悪だったけど数日だけ良かった日があったツアーのビデオだ。あれ? これその日じゃない?」等とメンバー同志で談笑。Mikeは「えびせん」のTVCMのぬいぐるみのエビに大爆笑。彼は今日はちょっと興奮気味である。その後BALが来日直後からずっと行きたいと言っていた「寄生虫博物館」へ(ここは米でもかなり有名で観光案内にも載っている)。見終わった後にPeterが「ここ面白いけど、一個も勉強にならないよな」とJayと談笑。その後PHILTER RECORDにて取材開始。Jay以外のメンバーと俺とPHILTERの人で明治神宮やキディランドへ。格闘家のごとき巨漢のPeterはなんと"たれぱんだ"に大反応。グッズまで購入。Mikeは"ドラえもん"に興味深々(BLUETIPのJasonも同様の反応だった)、キャラクター好きである(ちなみに帰国後のDeSotoのHP内にこの日本ツアーの思い出が細かく記されていたのだがここにもタレパンダの名が……)。ここで俺は明日からの長旅に備えNAHT車のヘッドライトを交換しに一時いきつけの車の整備工場へ。その夜、家へ帰ってきたメンバーはもうクタクタになっていたので今日はすぐ就寝。


6th Day..........11/10(wed)

朝一でBALのメンバーに地図を見せ、これから移動する場所とルートを説明(これが意外と大事)。一路仙台へ。予定より早くBARDLANDに到着。BALのサウンドチェック。この日はJayの機嫌が悪く途中何度か苛つきを見せる(疲労をここまで余り見せなかった彼らだけに俺達にも心配が宿る)。SHELTERでのSHOWでJayが持参したアニーボールのボリュームペダルが壊れたので(このアニーボールのボリュームペダルはスチール製でBOSSのより壊れにくいのだが、Jay曰く「これ頑丈で良いんだけど、肝心要のボリューム調整の部分がただのひもなんだよね」)、BLUETIPのDaveから貰った俺のペダルを貸す。"3 sisters"のイントロ部のトレモロスピード調整をするのにJayがエフェクターのつまみをいじり出すと自然と残りのメンバーがフレーズを弾き出すといった連携姿勢にまたもやツアーバンドのタフネスを垣間見る。
NAHT。この日は途中テンションダウンを経験する。"A Couple Days"で持ち直したものの課題の多いライブだった。BAL。サウンドチェックから不和感を小出しにしていたJayが本番での曲間の繋ぎ(彼らのショウは実にこれが見事なつなぎをしていただけに)でPeterがミスったあたりからPeterに直接感情をぶつける様なしぐさがあり途中目を離せなかったのだが、最後はきっちりまとめ上げBALの空間を作り上げて終了。演奏が少々ラフでもJayの創作する歌のメロディラインの素晴らしさに全ては統一する。あえて言うなら"ライン職人"とでも呼ばしてもらおう。特にこういったD.C.ishな固い感触のバックにこれだけのメロディーをつける彼はまさにオリジネイターであり、彼の才能を慕う人間の多さが証明しているのだろう。楽屋に戻った直後すかさずJayからメンバーへの「I'm Sorry...」。ちょっと良い瞬間でした。後でPeterが、「なんでバンドを続けていけるかというと、たとえステージ上で何が起こっても一歩ステージを降りたらALL O.K.だからだよ」と汗を拭う。器材搬出時のJayと俺の会話。
Jay「セイキ良いピッキングハーモニクス出してるね」、俺「俺のピッキングハーモニクスはJAWBOXの曲にインスパイアされたんだよ」と返す。するとJay「オッ。俺のはアルビニゆずりなんだよ。良い物は盗まなきゃ(笑)。」等という珍会話。 
この後BALはサイン等地元の熱心なタフガイ達とひとしきりの交流を交え今日の精算。チャージを含んだチケット値段の設定だった為、ここBARDLANDのノーチャージに対応するアイディアとしてBALに4万、地元のバンドに1万、NAHTとSOONはノーギャラで残りを今日の企画協力者の足立君に地元のバンドのシーン・サポートに役立てて貰うという主旨で還元した。この事はBALのメンバーも快く承諾してくれる。精算も終了し、いざ"はんだや"へ。ここはおかずがほぼ原価(!)という格安の定食屋で(一品¥90円とか)正直カルチャーショックだった(ただし味の方もかなりシュール)。ジャンクフードで胃も満ちたところで今ツアー一番の山場である仙台名古屋間走破の為高速へ突入。この時点でNAHTは俺とへらちゃん(200MPHのDr。今回のツアーに同行してくれた)以外のメンバーは即寝。やはりここがかなり辛い時間だった。東京経由で東名高速に乗り換える。東京に着いた辺りから記憶が途絶える。気付いたら名古屋だった。すでに日付は11/11の昼に。


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