譜面台の陰から




                         記憶のメカニズム




 一月が終わって、

節分が来たと思っているうちに二月も終わり・・・。

一月は正月気分が抜けないうちに終わりが来た関係で、

譜面台の陰からが休止になってしまった。

なんだか三月に突入するとさらに加速度がついてきそうな今日この頃。

以前から疑問に思っていた記憶ということを調べてるうちに、

いろいろ思い当たることに気が付いた。

今回は記憶について少し書いてみたい・・・。
                       
 
 
 ギターを始めて持って、

レッスンに通ってしばらくすると、

ギターで曲が弾けてくる。

最初からそれなりの曲が弾けるわけもなく、

順序立てたレッスンによって上達が成し遂げられるわけですが、

それにしても初めてギターを持った時は、

まったく何もできなかったはずが、

しばらくレッスンをしていくと弾けるようになってくる。

なぜまったく弾けなかったものが、

弾けていくのかということは結構不思議・・・。


 いろいろと調べていくうちにたどり着いたのが、

記憶の種類の積み重ねで弾けるようになるという、

なんとも抽象的な結論だ・・・。


 記憶というのは宣言型記憶と手続記憶という、

大きなくくりでいうと二つの記憶が人間にはある。

簡単に言うと、

手続記憶というのは要するに自転車に乗れる。

スキーを滑るというような、

言葉では説明しきれない人間の行動だ。

宣言型記憶というのは、

象の鼻は長いとかあの花の匂いは良い、

などの言葉で言い表せる記憶のことを言う。


 人間の記憶というのは、

大きくこの二つで構成されている。

これがどうギターの上達にかかわってくるのか、

まあ、ギターに限ったことでもないと思われますが・・・。


 手続記憶というのは経験と、

トレーニングの組み合わせでできてるものだと思う

いわゆる体で覚えたことということだろう。

宣言型記憶というのは知識として蓄えられたものと言える。

1600年は関ヶ原の戦いなど知識として得たものだ。


 まずギターを持って最初にレッスンを受けると、

言われたことというのは、

アイコニックメモリに入る。

これは聴いたことをその時だけ覚えているという時間の短い記憶だ。

あまり次々入ってくれば前に聞いたことはどんどん忘れてしまう。

非常に揮発性の高い記憶感覚だ。

レッスンが終わって別のことを考えるとほぼ忘れてしまう。

なんともはかない記憶なわけだが、

まったく消滅してしまうわけでもないから、

家に戻ってギターを持ち同じスタイルで構えてテキストを見ると、

レッスンを受けたことがよみがえってくる。

全部はよみがえらないかもしれないが、

大方はよみがえってくるものだ。

ここからはワーキングメモリの領域に入っていく。

いわゆるアイコニックメモリを長期記憶にしていく。

いわゆるトレーニングの領域だ。

ここで揮発性の高いアイコニックメモリを長期記憶にしていく。


 ここのトレーニングによって、

レッスンの内容を手続記憶と宣言型記憶に分けていく必要がある。

必要があるというより分かれていくと言ったほうが正しいかもしれない。

たとえば二フレットを押さえるというのは宣言型記憶に入る。

フレットを押さえるというのは手続記憶に入っていく。

この二つの記憶の積み重ねで上達していく・・・。


 最初に言われることは姿勢を言われると思う。

寝っ転がって弾けるということはないわけだから、

どんな楽器にも最初の姿勢というものがある。

この姿勢というのは手続記憶の入り口で、

毎回繰り返していると、

ギターを持つと自然にその姿勢になる。

もう理屈ではなくなっている。

楽譜を見て一弦の一フレットはファの音でとなぞっていくと、

これは宣言型の記憶になっていくわけだ。


 姿勢も常に胡坐をかいたり足を組んだりの姿勢を繰り返していると、

手続記憶とはならず安定した指の運びというのは望めない。

姿勢を常に意識した状態では指の運びの上達は望めない。

説明のいらない状態にして初めて手続記憶になるのだ。


 テキストを見て指をコントロールしてフレットを押さえる。

この状態の練習は宣言型の記憶の状態だ。

要するにあーしてこーしてという、

説明をしながら押さえてるということだ。

アイコニックメモリの状態であり次から次へと忘れていく状態だ。

これをワーキングメモリの中に入れることによって、

説明のいらない手続記憶の領域に入れると初めて、

タイトルを聞いただけで指が動いていく・・・。


 人間の記憶というのは、

ここまででだいたい宣言型記憶と手続記憶で構成されてるというのが、

分かってくると思う。


 ギターという楽器を演奏するというのは、

演奏する動作を手続記憶の状態にしたとき、

はじめて上達という成果になってくるのだと思う。

テキストを見て弾くというだけでは、

アイコニックメモリ状態であり、

弾いたそばから忘れていってしまう。

弾いた後には実は何も残ってはいない・・・。

指がテキストを見なくても一曲を演奏しきれる状態にならないと、

上達したとは言えないのだと思う。


 簡単なテキストを見て指を動かして、

アイコニックメモリをワーキングメモリに移行して、

曲名を聞いただけで指が演奏していく。

この状態を繰り返していけば、

指の動きは成長を続けて、

高度な動きを獲得することが出来る。

このことが初級から始めたことが、

上級になっていく変化の過程だと思う。


 考えてみれば、

たとえばまったく触ったこともなかったギターが、

半年一年経つとそれなりに扱えるようになるというのは、

偶然ではありえないことだ・・・。

人間の記憶のメカニズムをどう使ったかということだと思う。


 人間の記憶のメカニズムを理解して、

今練習していることを見ると、

その練習の意味が分かってくると思う。

この意味が分かってくるということは、

退屈と思える練習も意外と興味深く出来るものだと思う。

見方を変えるというのは、

退屈がいきなり興味に変わるということでもあるわけだから・・・。

宣言型記憶と手続記憶の集大成で曲が弾けるということもできる。

退屈な練習曲も見方を変えると、

非常に興味深くなるということをお忘れなく。

いきなり現実的な一行で終ります・・・.



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