譜面台の陰から



                   


                         >第37回発表会後記<





 第37回の教室発表会が終わった。
梅雨明け二日目ということで朝から快晴。
気温はグングン上がってすぐに真夏日。
そのまま真夏日がいまに至っても続いて、
例年にない厳しい夏の始まりとなった。
その始まりの日に開催された発表会は、
どういう結果を出して終了したのだろうか、
少し振り返ってみたい・・・。

 今回は二重奏三重奏が姿を消した発表会だった。
大合奏は例年通り演奏されたが、
少人数の重奏は省略されて始まった。

なぜ少人数の重奏が省略されたのか、
理由はいくつかあって、
一つには全体に独奏曲が難しくなっていて、
なかなか重奏にまで手を出す余裕がなくなっていたこと、
また、教室コンサート、コンクール、オーディションなど、
出演が増えてきて余裕がなくなってきたことも理由の一つだ。

ただ一番の大きな原因は、
やはり生徒の皆さんの演奏する曲が大曲になってきていて、
時間的制約が大きくなってきたことがある。
ほとんどソロで大合奏が二つ・・・。
それでも当初の予想を超えた終了時間になってしまった。

ではその大曲、難曲に挑んだ演奏の中身はどうであったのだろう・・・。
今回の全体を通しての演奏の特徴は、
途中で弾き直しの演奏がほぼ皆無だったことだろう。
最初の音を出して最後の音まで途中に細かいミスがあったとしても、
キチンと最後の音まで出すのはかなり大変なことだ。

発表会のように人数が多くなるとその確率は極端に低くなる。
しかし、今回はほぼパーフェクトにできたと思う。

曲の難易度はかなり上がってきていて、
巷ギターの世界では難曲で通っている曲も何曲か演奏されたが、
これらは演奏した生徒の方の自己ベストを記録したと思う。
レッスンの時以上の演奏をしたということだ。
このことが一番驚いたことの一つだと言える。

難曲、大曲に限らずほぼすべての演奏が、
音楽の形を崩すことなく演奏されていたと思う。
ミスがいくつあったとかはこの場合は関係なく、
最初の音が出されて最後の音まで、
しっかりと出せたかどうかがポイントになる。

今回の発表会がなぜ好成績を残すことができたのか・・・。
大きな注意点がテンポにあると思う。
レッスンの時からテンポについては、
かなりしつこく繰り返し言ってきてはいる。
今回が一番守られたということだと思う。

発表会の舞台というのは誰でも緊張していて当然。
その緊張感を乗り越える一つの手立てが、
自分の演奏する曲のテンポを支配することだと思う。
これはなかなかできそうでできないことのエベレストだと思う。

テンポというのは目に見えるものでもないから、
その時の状態でひどく左右されるものだと思う。
それをコントロールするというのは人間には難しい・・・。
感覚というのはあてにならないもので、
時、場所、天気、気分でどうにでも転がる。
これを自分に都合よくコントロールするというのは至難の業だ。

しかし、リハーサルの時から、
注意を呼び掛けたこともあったと思うが、
テンポをよく支配して、
それによって曲も支配できた演奏が多かった。

今まで37回の発表会の中では、
最もレベルの高い会になったのそこに理由があったと思う。


 もう一つ発表会というのはどういう場だろう・・・。
あまり深く考える問題でもないが、
無駄に過ごす時間だろうか・・・。
もしそういう時間なら参加することはないと思われるから、
そんな時間ではないことは確かだ。

ではどんな時間だろうか・・・。
自分の持っている曲を演奏すること、
これは一番大きなことだと思う。
そのために集まっているというのが最もわかりやすい。

しかし、もう少し深いところで発表会の存在意義はあると思う。
まずこれだけまとめてあらゆるレベルの人が、
ギターを弾く場はないということだ。
これはどういうことだろうか・・・。
それだけ多くの情報を得ることができる場だということだ。

習いごと一般上達していく一つの要素として、
そのことにつての情報をどのくらい多く取得して、
自分のレベルの中で分析できるのか・・・、
ただ単純に自分だけの世界で上達していくのは、
情報が少ないぶんだけ遅々としたものにならざるを得ないと思う。

多くの情報に接するということは、
多くの疑問を持つことでもある。
多くの疑問を解決していくことは、
自分の演奏にすべからく反映していけるということだ。

楽器の上達には技術の上達と、
感性の上達の二つが大きな柱になっていると思う。
どちらの上達にも情報の多少というのは大きく影響すると思う。

発表会といういのはそういう情報の宝庫だと思う。
あらゆるレベルの演奏、あらゆる演奏の個性、
あらゆる個性が集まっている場。

これほど短時間で得られる情報の多くが詰まっている場は、
そうはないということだ。
名人の演奏を聴くことも非常に大事なことだと思うが、
それだけの情報ではすべてを埋めることにはならない。


 


 
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