譜面台の陰から


                   >「音」について<


 2020年も残り二か月と先月書きましたが、

いよいよ残り一か月ですね。

コロナウィルスに翻弄された一年・・・。

まあ、そう言い切っていいのかな・・・。

来年こそはとは、毎年想ってきたことですが、

今年の年末はほんとにまったくそういう想いが露骨に強くなりますね。

来年こそはコロナウィルスからの決別の年になる・・・と、言い切りたい・・・。

 「音」について・・・。

いまNHKの朝ドラの主人公の一人。

二階堂ふみが演じてますが、

それとは全く関係なく書いていきたいと思います。

どんな楽器でも音を出すから楽器と呼ばれるんですね。

なにかの楽器と呼ばれるものを持って、

ただ突っ立っていればただの変人・・・。

めちゃくちゃにただ音を出してるとただの変人。

それを芸術だという人もいますけど・・・。

持っている楽器載っている音を決められた音階でメロディーにして奏でれば、

聴く人にフィットするメロディーであれば、

「いいねぇ!」となるわけです。

万人に楽器という概念を持たれている道具に限りますけど・・・。

工事現場の音コンサート会場に流す、

基地のTouch&Goの音をコンサート会場に流す。

どちらも結構耐え難いですね。

そういう音に対しては人間というのは、

どこかに恐怖感があるんじゃないですかね。

危機を感じさせるような音には本能的に拒否の反応を起こすんですよね。

弦楽器、管楽器、打楽器・・・。

目の回るような時間をかけて、

人間を幸せな気分にさせるように進化させてきてるんですよね。

そういう楽器の中にギターもあるわけですが、

クラシックギターの曲の中には、

「アルハンブラの思い出」「モーツァルトの魔笛の主題による変奏」

しっとりした気分にさせたり明るい気分にさせたりの曲がありますね。

まあ、このようなクラシックの名曲を目指して練習してる人も多いですよね。

ギターの世界は結構広いので「フォークギター」「エレキギター」など、

いろいろな音楽を奏でる楽器もあります。

いろんな種類のギターがありますが、

それぞれにいろんな音を出すことができますね。

エレキとかエレアコだったらエフェクターという音を変える機器もあります。

それはそれで人間のいろんな感性を引き出しますよね。

クラシックギターはどうかな・・・。

クラシックギターもアンプにつないだりすると、

なんともかけ離れた後を出すこともできますね。

しかし、それだとクラシックギターの曲には合わないですね。

クラシックギターであれば、

クラシックギターの持っている範囲での音色の変化、

というのが欲しいですね。

ただ弾いてももちろんいいのですが、

クラシックギターにはその曲に合わせて音色を変える、

また部分的に変える・・・という能力があります。

ただ弾いてもいいものはいいのですが、

そこに一味加えてみると、

また違った印象を演出することができるんですね。

その曲の持ってるものを自分の個性に合わせて、

演出することができるんですね。

クラシックギターはそのままだとまず音量の壁がありますよね。

バイオリンにしてもチェロにしても音量の差は極端です。

pppからfffまでの音量の差があまり大きくないのがギターです。

ピアノにしてもヴァイオリンにしてもpppとfffの差は巨大です。

それだけ持っている表現力は大きいと言えると思います。

ピアノ、フォルテの表現はとてもギターではかなわないのですが、

あまり大きな音色の変化というのはないんですね。

ギターの持ってる音色の変化に比べるとなんとも小さいです。

そこにクラシックギターの大きな強みがあると思いますね。

そのことを一番よく分かっていたのがセゴヴィアです。

セゴヴィアはギターの持っている、

マイナス面とプラス面を非常によく理解していたと思う。

セゴヴィアトーンという言葉を生み出したくらいですから、

音に対する思考は桁外れ手深かったと思います。

その超人的なテクニックと音で圧倒的マイナスからのスタートで、

世界を切り開いていったと思いますね。

クラシックギターというのは音量が小さい分だけ、

長く聴いていると飽きが来てしまうんですね。

変化の乏しい状態が続くと眠くなる現象ですね。

そこで曲に変化を与えていけるのが、

音色の変化です。

同じ曲でも音色を変えて演奏されると、

なんだか違った世界が広がりますyね。

変化の小さいギターという楽器の旋律が動くわけです。

そこにピアノ、フォルテを加えていければ、

また違った曲の魅力を引き出すことができますね。

表現というのは曲の難しさや易しさではないですからね。

超難曲を軽々と弾く演奏というのは、

過去から現在まで数限りなく聴いてきました。

そういう演奏も、もちろんいいのですが、

別に曲は難しくなくてもギターの表現力を、

自分の持っている技術より少し易しくした曲で、

前面に出した演奏が聴きたいなと思いますね。

難曲にチャレンジするということももちろん重要なことだと思います。

技術を高めるということでは必要ではありますよね。

ただそれだけっていうのもなんだかなぁ・・・と、思うのです。

最近クラシックギターの演奏会に足を運ぶということもなくなりました。

聴き過ぎて飽きたということもありますが、

すごい難曲が並ぶプログラムにも飽きたかなっていう感じですかね。

たとえ曲の難易度を落としても、

クラシックギターの持ち味をしっかり出せてる演奏がないかなぁ・・・、

と、思うコロナ禍の年末です・・・。

勝手に書くというのは今回みたいなことなのかな・・・。

ギターの持ってる表現力を前面に出した演奏というのを待ってます(^^)v


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