譜面台の陰から



                       >ミスのなぜ?<



 2月のあっ!という間にもう終盤。

なんだか早すぎない・・・と独り言で文句を言う。

外に向かって言えば皆うなずく。

皆さんそう感じてるってことですね。

まだまだ結構寒い日が続くのですが、

梅の花は蕾を付けてきてるんですね。

もっとも日当たりのいいところの梅ということですが・・・。

梅があまり咲くのが遅いと、

桜の花が咲いてもまだ居座るという状況になるんですね。

梅と桜を同時に楽しむということになるんです。

気温が低いとこんなところでラッキーを拾ったりするんですよね。

今年のお花見風景はどうんなことになるんですかね。

 今年もいろいろな状況でミスが出そうな気配・・・。

気配というよりこれは必ずのお約束ってところもあるんですね。

人前で楽器を弾くというのは、

慣れない言語でしゃべるようなものですよね。

要するにあらたまるということでの言葉遣いですよね。

音楽は世界共通の言語だということがあります。

確かにそうだと思うのですが、

いざその言語を使ってみると普段使いではない言語であることは確かで、

なかなか緊張しながらのおしゃべりとなるわけですよね。

ギターという楽器を使って相手に自分のなにかを伝える。

伝えるといってもなかなか明快な言語にして伝えるというのは難しい。

まあ、結構これは当然のことかも・・・。

楽器を使って伝えようとするのは、

言葉では言い表せないことを伝えることになるんですね。

そこに楽器を弾くという面白さがると思うのですが、

なかなか完璧に立て板に水のごとくは弾いて伝えるってことはできないですよね。

そこにミスというのが出てくるわけですが、

このミスというところに実はけっこう味わいがあるんですよね。

CDのミスもなくそれこそ立て板に水のごとき演奏は凄いとは思う。

まず、CDの演奏でミスがあるということはほぼないですよね。

これはこれで凄いことでひとつの単語も間違えないということだと思う。

しかし、それっきりということも多いです。

二度は聴かないということが結構あります。

演奏者が違っても同じように完ぺきでなんだか違いが判らないとか・・・。

曲が馴染みやすいとそれでもいっかとなりますが・・・。

要するにあまり面白くないってことですね。

音楽のCDは売れないという話があるようですが、

その中でも特にクラシックは厳しいようですね。

ポピュラーだとビジュアル的に攻めることもできますが、

クラシックの世界でAKB48みたいなことで攻めるのもちょっと厳しい。

やはり演奏が主体ということになるのですが、

CDで聞いてもあまり違いが判らないと結構厳しいと思います・・・。

最近ちょっと昔の録音を聴いてみたりすると、

けっこう個性的というか同じ曲でも随分アプローチが違っていたり、

コンチェルトなんかだと明らかに指揮者と対決姿勢で演奏していたり、

はぁ・・・というような録音が結構ある。

今ではちょっと考えられない録音で結構レコード化されてしまってるんですね。

何度も聴いてるとより詳しく分かってきたりして飽きないですね。

昔の録音の中にはけっこきいまだに巨匠と呼ばれてる演奏家もいるんですが、

弦楽器だといきなり音程を外したりしてるんですね。

そういうところが変な意味で面白くて、

同じ演奏家の違うCDを買ってみたりするんですよね。

少し前の超有名な演奏家のコンチェルトを聴いたのですが、

もちろんCDでですが・・・。

テンポもちょうどよく、音色も綺麗でミスもなく流れるんですね。

なんだか欠点がないんですね。

でも、なんだかもう一回聴こうという気にはならなかった。

ここまでが前置きということにするとちょっと長すぎってこともあります。

ここまでで読むのが嫌になる人もいるかも・・・( *´艸`)

 よく発表会の後、話題に上るのがミスのなぜ?

なぜミスをしたんだろうという話。

今年も発表会とか人前で弾く演奏の機会はあると思います。

ミスは必ずあるでしょうね。

なんだか見るも哀れな落ち込み方をする方もいるのですが、

ミスの種類にも大きく分けて二種類あるんですね。

あきらかな練習不足から起こるミス。

十分練習したにもかかわらず起こるミス。

このミスの種類は聴いてればまず分かりますね。

練習不足からくるミスというのは、

弾き手と聴き手がまず同じ気分になるんですね。

十分練習し杖で起こるミスというのは、

聴き手と弾き手の気分が大きく違うことがほとんどです。

十分練習したうえで起こるミスだから結構がっくり来るんですよね。

しかし、録画録音などで聴いてみるとけっこうしっかり筋が通ってる場合が多い。

練習というのはこれでもう完璧ということはいくら練習してもないわけで、

こんなもんでという練習というのは大体練習不足という場合がほとんど。

結果が伴うということはまずないですね。

独奏に限らずアンサンブルでもそれは同じです。

やつけ仕事というかやっつけ練習というのはまず評価が出ないことが多いです。

演奏というのは言語を変えてしゃべってるということを考えると、

稚拙状態で語ってもなかなか伝わるものはないです。

やはり練り上げて語るものというのは訴えかけも違ってくる。

人間ってそういう経験というのは結構してくるんですよね。

いわゆる付け焼刃というのでなにか結果を得るというのは、

なかなかに難しいということじゃないですかね。

とはいってもほとんどの方は仕事をしながらの練習であったり、

学業をしながらの練習だったりするわけで、

そうそうやたらめったっら練習できるわけでもないと思います。

だから毎日少しづつが大事になるんですね。

演奏というのは一夜漬けがなかなか通用しない世界なので、

学生の頃はこれが結構力を発揮したりしたのですが、

演奏はこれでは最も力が発揮できない部類ですかね。

演奏は横の時間軸を積み重ねていくことが大事。

なんだか平昌のオリンピック競技を見てると、

同じような長~~い練習鵜の繰り返しって気がしますね。

人間というのはひとつ体で覚えるというのは時間がかかるもんなんですね。

そういうことを考えると、

曲のレベルが上がっていけばいくほど、

横の時間軸というのは大事になる気がしますね。

横の時間軸で少しづつ練習を積み重ねたうえでのミスは、

ほぼ聴き終えた結果での問題にはならないですね。

あまりミスが印象に残ってるということもないです。

オリンピック競技のように採点するわけではないですから・・・。

しかし、一夜漬けでのミスというのは、

大きなマイナス結果を引き出してしまうことがるので、

これは要注意ですね。

ミスはあるもんだと思いますが、

全体としてその人が表現できてれば、

いい結果といえるのではないでしょうか。

芸術は自己表現ということを考えれば、

ミスがあろうがなかろうが自分が表てに出てくる演奏であればいいのですね。

聴いててもその方が楽しいです。



                メニューへ


                  topへ