譜面台の陰から
>質問力<
2018年も始まって終盤というよりいよいよ終わりか・・・。
1月が終了すると後はつるべ落としのように早く過ぎていくんですよね。
ちょっと待ってなんて言ってもそんな程度のことではだめで、
時間の過ぎていくエネルギーって凄い!!
気を付けないとあっ!という間に弾き飛ばされかねないんですね。
人間一人のエネルギーってやはり大したことはない。
時間の流れが川だとすると、
人一人のエネルギーってメダカ以下かもしれない・・・。
そのメダカも絶滅危惧種。
地球上の生命体ってどこか気を付けないと、
絶滅危惧種にすぐなるんですね。
なんだか年頭ということなのか、
少しわけわからない話から入ってしまいましたが、
「質問力」という言葉をなにかでチラッと見た気がするので、
それがどういうことか考えてみたい。
塾でも学校でも最近生徒の質問が少なくなったという話を聞いた。
なぜ?どうして?・・・という声があまり聞こえなくなったと、
講師は楽にはなったけど・・・と、現実的な感想はあるようだが。
ちょっと年配になっている元先生の話を聞くと、
だいぶ前にはお昼休みになると質問する生徒が来すぎてしまって、
お昼を食べている時間が無くなってしまうなんてことがよくあったという。
次から次へ質問が飛んできたと言っていた。
最近は皆おとなしいとも言っていた。
学ぶということに活力があったと言っていた。
日本が成長していく過程の松下幸之助とか本田宗一郎などは、
常に自問自答があり疑問を持っていて、
よく回りに聞いていたという。
こんなことを聞くのかと驚いっという話しも聞いたことがある。
ちょっとした疑問もそのままにはしなかったようだ。
あれだけの巨大企業の創業者も、
結構わからないことが多かったってことか・・・。
分からないこと疑問に思うことを追求していったら、
あんなふうになったってことかな。
凡人にはおおよそ見当もつかないこともありそうですが・・・。
ここで巨大企業の創業者のことをどうこう言っても仕方がないので、
いきなり話を楽器に急カーブさせると、
練習をしてるとこれはなんでだろう?
どうしてこうなるのかな?
こういう音にどうしてならないのかな?
疑問になりそうなことを上げていくと、
それだけでもうここのページが終わってしまいそうだ。
ま、全部ひっくるめてしまえば、
どうしてなんだろう?
ということなんだと思う。
楽器を演奏するということは、
どうしてなんだろう?の積み重ねって気がしないでもない。
まったくの初心者から始まって、
先生の指導で言われたことは、どうしてなんだろう?
ま、最初の段階では、どうしてなんだろう、
ということに気が付かないってこともあると思う。
それでも、うまくいったり、いかなかったりはあると思う。
そこでどうしてなんだろう?という疑問が出ると思う。
ただ何も言わなければ誰も気が付くことはないわけで、
質問されて初めて回答できるということもあるです。
一人一人の疑問は違うわけで、
それは自分で聞いて解決するしかない。
聞くというのも単純に先生に聞くということもありますが、
けっこう長くギターを演奏し学んでる先輩もいるわけで、
そういうもっと環境の近い人に質問するのもありだと思う。
先生というのはちょっと距離感のる場合もあるので。
環境の近い人の話って、
もっと身近な生々しい現場の声というのがあると思う。
生徒の皆さんの一つ一つの疑問を、
教える側のこちらも解決しながら成長してきたということがあると思う。
今、分かってわかってることが、
教え始めたころに分かっていたということは断じてないわけで、
質問されてもわからないことも多かった。
そういう場合、とにかく回りに聞きまくったり、
載っていそうな本を片っ端から物色して読んだり、
とにかくまあ、死活問題でもあるわけだから必死に回答を探した。
若いころ仲間の一人が音階練習について自分はこうしてると言って、
弾くのを見せてくれたことがある。
なんだかすごい違和感があったのですが、
その時はその違和感がどういうものなのか分からず、
どうしてなんだろという強い疑問だけが残った。
比較的最近になって自分の持った違和感の元が分かり、
スッとしたことを覚えている。
何十年も経っていたことを思うと、
ずいぶん執念深いなとは思いますが・・・。
しかし、どんなに時間がかかっても、
分かったことは自分の財産になると思う。
自分はこうだと決めつけずに、
ギターを弾くには爪の先からギターの持ち方、足台の有無、
弦の種類、弦の替え方、弾く位置、フレットの押さえ方・・・。
とにかくギターを弾くというのは、
ありとあらゆる不思議に満ちていると思う。
その不思議を流してしまわないで、
見る、聴く、弾くの行動範囲を広げて、
理解していくというのは結構面白いと思う。
趣味が遊びを違うのはこのへんがあるからだと思う。
そういうと反発もありそうですが・・・('◇')ゞ
けっこう当教室にも行事というのがあるので、
そういうところを使って質問力を鍛えるのもありだと思う。
ゲストギタリストをただで帰すのはもったいないかも・・・。
ま、こそっと言うことではありますが・・・。
膨大な情報量というのをこういう人は持ってますからね。
ちょっと聞くのが恥ずかしいくらいのことでも情報はたくさん持ってます。
毎年来ていただいてるのはそういう意味もあるんですから・・・。
ギターではない楽器の方もゲストで来ていただいてるわけで、
ギター以外の話に接することができるというのは、
凄いことなんですよ。
普通だとありえない事であるわけですか!!
このようにいろんな機会を使って自分の質問を解決しながら、
上達もできるし知識、興味の幅を広げていけると思います。
人間興味が解決していくというのは、
けっこういい楽しみでもあるんですね。
分からないまま単純に時を素通りするのは、
なんだかもったいない気がする。
積み重ねた質問と解決を人前で試してみる。
そこで上達があるんjないですかね。
上達というのは誰でも可能性があるわけですが、
質問力というのは結構なカギを握ってると思う。
楽器に限らないかもしれないですが、
質問と解決がより上へ上達させていくんじゃないですかね。
人間一人一人の自己実現というのは、
どうもそういうところにありそうですね。
自己実現というのは人間の一生で、
最も価値があることだと思うのですが、
それもこの質問力というのがどうもカギを握ってる気がするんですが・・・。
年頭において、これってどうなんですかね・・・。
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