◇1967年 現代ギター8月号 NO,5より◇
少し前に古物商のところにあった現代ギター第5号を発見。
1967年ということだといまから52年前ですね。
今の現代ギターから考えられないほど素朴です。
表紙はピカソを思わせるキュピズム系の装丁。
サイズもいまのものより一回りは小さいです、B5サイズですかね。
ページ数もかなり少なめです。
◇現代ギター第5号のコンサート評から◇
=1967年 6月29日 東京文化会館小ホールにて=
渡辺範彦氏の52年前のコンサートに関連した記事があった。
コンサートについての評ということではないが、
渡辺氏の出現に当時の驚きが伝わってくる内容なので、
一部内容を記してみたい。
> ある日、私は別に試すつもりはなかったのだが、
たまたまブラリと遊びに来た19歳の少年ギタリストに、
新しく編曲された「無伴奏のチェロ組曲」の中から第三番のコピーを見せた。
彼は即座に初見で、インテンポでサラサラと弾ききってしまった。
こんなギタリストは見たことがない。
ある高名なドイツのギタリストと会食する夕べがあり、
渡辺君は、たまたま私の隣の席であったが、
食事に入る前に一、二曲弾いてみようかということになり、
彼は畳の上に胡坐をかいたまま、ヴィラ・ロボスの「練習曲一番」
テデスコの「タランテラ」であったが、
これらの難曲を一音のビリツキもなく猛烈なスピードで引ききったのである。
あたかもグランプリレースの競争者のごときスリルに満たものだった。
リサイタルでも、ロボスとテデスコは圧巻だった。
全聴衆がどよめいた。
十年ほど前、ピアノのギレリスが共立講堂で弾いた「ペトリューシュカ」、
クライバーンが東京文化会館で弾いた、バーバーの「ソナタ」、
カサドシュが日比谷で弾いた、ラヴェルの「クープランの墓」からのトッカータ等々、
世界の名ピアニストが私の目の前で示した強烈な印象は、いつまでも忘れない。
渡辺君の演奏は、それらと同種の印象を与えてくれた。
ちょっと考えてみれば、
驚くには別に当たらないのである。
私がギターを甘く見ていたにすぎなかったのだ。
ギターだから多少のビリツキや間違いは仕方がない。
いつの間にかそういう考えになっていたのである。
渡辺君の演奏は、そうした考えをめちゃくちゃにしてしまった。
ギターも他楽器と同じに論じられる。
ピアノ界では、ギーゼキング、ホロヴィッツ、
ヴァイオリン界ではハイフェッツなどによって、
それぞれの楽器の機能を極限まで探求する姿勢がとられてきた。
それを契機に、再現芸術の概念はまるで変ってしまった。
それを基盤にしてなにを表現するかが現代の演奏家の問題である。
ところがギター界では、ちゃんと弾けるかどうかにずっと撞着してきた。
しかも、セゴヴィアの亡霊からいつまでも離れられない。
そんな世界はギター以外には見られない奇妙な現象である。
ピアノに遅れること半世紀、機能主義へのスタートを切った。
次には音楽を競うのである。
厳しく一般音楽界の仲間入りをしてゆくのはこれからだと思う。<
1967年、デビューレコードから「アウトゥリアス」
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