=街道をほんのチョビッと行く=
志馬遼二著
=白峰三山縦走記⑧=
2020年はコロナ禍により旅に出られず・・・。
仕方がないので2008年に登った北岳を盟主にする、
白峰三山を縦走した記録を連載します。
「街道をほんのちょびっと」なんてことはなく、
結構な大縦走だった・・・。
コロナ禍終息まで連載します。
>昼食を済ませて少し休憩。
しかし、天気がどんどん悪くなってくる。
太陽が出ていると昼寝タイムもありだが、
どうもそんな天気の状態ではない・・・。
昼食で出した荷物をザックに片付けると、
記念撮影・・・。
「農鳥小屋」に向かって歩き出した。
「間ノ岳」から「農鳥小屋」まで、
一時間の歩程だ。
ゆっくり歩いても小屋で、
十分昼寝の出来る余裕のあるコースタイムだ。
しかし、天気はどんどん悪いほうへと傾いていく・・・。
雨も降ったり止んだりだが、
雨脚は確実に強くなってくる。
そのうちに雨がヒョウに変わっていることに気がついた。
しかし、雨よりむしろヒョウのほうが始末は良い。
雨だとかなりぬれるが、
ヒョウだとそれほどダイレクトにはぬれないですむ。
しかし、悪いことに遠くで雷の音が聞こえだした。
山の雨は特になんでもないが、
雷、これは恐怖だ!!
雷に対しては草木のない稜線ではまったく無防備になる。
いつ誰におちてもおかしくない状態になる・・・。
それでもまだ遠くに聞こえてるだけだ・・・。
楽観的な気分とはまったく裏腹に、
雷はどんどんこちらに近づいてくる。
近づきだすと早い!!
稲光とともに雷鳴がとどろき始める。
「農鳥小屋」はもうすぐだ。
先頭を歩いていた自分としては、
一刻も早く小屋にたどり着きたかった。
しかし、後ろを振り向くと、
隊長のO君が「戻れ!!」と手を振って合図をしている。
慌てて戻ると、
大きな岩の陰にほかの登山者もみな座って避難を開始していた。
われわれ以外にも、
かなりの人数が避難して座り込んでいる。
とにかく岩の陰に身を小さくして座り込んだ。
「間ノ岳」から降りてくる人達が、
立ち止まって座り込んでいく・・・。
この写真はそんな瞬間の一枚だ・・・。
レインウェアに身を包んだ登山者が、
沈黙したままじっと座り込んでいる。
雷鳴はますます近づいてきて頭上で炸裂するようになった。
少し顔を上げて前方を見ると、
ほんとに目の前で、
強烈な引き裂くような音とともに、
稲光が炸裂した!!
「こりゃだめかな・・・」
そんな一言が頭をかすめた。
体の力が抜けた・・・。
猛烈な雷鳴とともに、
激しいひょうが降り続く!!
レインウェアを付けていない足が、
スラックスに積もるヒョウで完全に冷えてしまって、
固まっていくのが分かる・・・。
スラックスに積もるヒョウを時々手で払いながら、
だんだん感覚がなくなっていく・・・。
しばらくすると、
O君が前に立って、
「歩こう」という・・・。
周りの人たちも立ち上がり始めた。
あまり長い間とどまるのは危険という判断らしい・・・。
体が完全に冷えてしまうと動くことも難しくなる。
まだ雷は鳴り続けているが、
とにかく農取小屋へ行動しようということらしい・・・。
立ち上がると足がバリバリ音を立てた気がした。
一歩踏み出すと膝が完全に痛んでいて、
力が入らなくなっていた・・・。
それでも無理やり歩いた。
歩かなければおいていかれるだけだ。
この状況で手助けできる余裕のある人は誰もいない・・・。
雷鳴は徐々にではあるが遠ざかりつつあった。
時間にして20分ほどだったろうか・・・。
しかし、それ以上に長く重苦しい時間の流れだった・・・。
「農鳥小屋」につくとすぐ、
積もったヒョウを撮影した。
この状況を記録してきたかったのと、
この夏の時期にこれだけヒョウが積もるという状況は、
おととしの中央アルプス以来のことだ。
外気温は相当下がっていたと思う。
後で聞くと5度くらいだといっていた。
あのまま留まれば低体温症を発症して危なかったと思う・・・。
小屋に入る前に「間ノ岳」を振り返ると、
来た道に延々とヒョウが積もっていた・・・。
なんとも重い気分で泊まる小屋に入ろうとすると、
「なにをしているんだ!!
レインウェアも満足に付けないで、
体温が下がって死ぬぞう!!」
小屋のおじさんの怒鳴られてしまった・・・。
確かにザックカバーも付けず、
レインウェアも上だけ・・・。
ずぶぬれで立てば怒られるのは仕方がない・・・。
おじさんの叱責を聞きながら、
一言もなく泊まる部屋に入る・・・。
小屋に入るとみな無言でぬれたザックと衣類を片付けて、
小屋の布団にもぐりこむ・・・。
ザックの下に入れた衣類はずぶぬれで、
使えなくなっていた・・・。
ビニール袋でパッキングしてあったが、まったく効果なしだ。
薄暗い小屋の中はなんとも重苦しい空気に包まれていた。
さっきの情景が頭に浮かぶ・・・。
新婚5ヶ月のN君に、
もしものとこがあったらどうなっていたか・・・。
奥さんに一生恨まれるだろう。
もっともあの状況だとあの世にいくときは一緒だと思うが・・・。
それでも死んだ後も恨まれ続けるに違いない・・・。
顔見知りの奥さんの顔が浮かんできた・・・。
なんとも危険な状況に遭遇したもんだと思う。
しかし、3000メートルの山の上では、
実際なにが起こるか誰も分からない・・・。
同じ時刻に富士山で一人落雷で死んでいる。
帰って来てテレビのニュースで知った。
自分たちでなくて良かったと思うと同時に、
自分たちだったら大変なことになっていたと思う・・・。
雄大な景色とともに、
巨大な危険もはらんでいるのがアルプスの山だと思う・・・。
なんとも重苦しい時間が流れる・・・。
誰も言葉を発しない・・・。
反対側の登山者たちの声だけがいやに狭い小屋に響いていた・・・。
富士山が裾野まで見えるという話を聞いて外に出てみた。
なんとも異様に澄んだ空気の中に、
富士山がその裾野まで姿を現している。
八合目から上が真っ白になっている・・・。
富士山でもヒョウが降ったのだろう。
激しい気候の変動があったというのが分かる・・・。
あまりにも美しいその富士山の姿が、
この時期としては、青く寒々しく見えた・・・。
=つづく=
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