Profile 〜中高生〜

 いじめられっ子としての六年間を必至の思いでくくり抜け、中学生になったCojiはここでギターと出会う 事となった。僕はずっと八つ離れた兄昭臣(あきおみ)に憧れており、その兄がギターを始めた事により 必然的にギターを始めることになった。兄に一から教えてもらいBOOWYなどをコピーしながら ヒーローになることを夢見始めた(小学校は成り損ねたし)。そして中学校二年生、僕に 六年間辛酸をなめさせた張本人亮(あきら)君とバンドを組むことになった。ありあわせのとって付けたような ベースとボーカルを加え、初めて合わせた曲はLUNA SEAの”True Blue”(01も一緒らしい)。 始めてあわせたときは血が逆流するのを感じた(01も一緒らしい)。 まあそこで二年間BOOWYや、LUNA SEAをコピーし中学校では「あいつらバンドやってるらしいぜ」 位の噂の的だった(うわー微妙)。まーでも本当の所は女の子好きで過ごした中学校3年間でした。

 そして運命の高校入学。番長志望の01との出会いなどを経て、高校1年の夏俺を音楽へ引きずり込む Atomic Bombを結成。最初はハイスタのコピーをしていたが曲作りを独学で学び、すぐにオリジナル活動 を始めた。何が良かったのか本当にちょっとだけ、本当にちょっとだけ名前が売れ、全国ツアーなども かまさせて頂いた。雑誌にも載ったりして駅などでも声をかけられたりして、鼻が数十メートルに達していた (まあ、もう折れたけど)。今にも繋がる大切な先輩、友人などAtomic Bombの活動で得ることになった。 こうやって文章にすると物凄いオイシイ生活してたように見えるけど、ヤンキーに目をつけられたり、年配のバンドに 生意気って言われたりもしたのよね。めんどくせ。ってかうぜー!(3回くらい殴られた)むかついたので 関係無い奴殴ってストレス発散したりもした。ヘタレ高校生でした。

 こんな感じで音楽を中心に恋愛も悪いことも、適度にこなして生活してました。



 Cojiの入院記録をここに記す 高校2年生から3年生までで計4回

 其の壱、肩甲骨骨折の巻・・・夏休みに業務用エレベーター(とても簡易なやつ)に肩をかけていたら 見事に挟まれ、肩甲骨真っ二つ。腕切断寸前。麻酔なしでちぎれそうな肩を縫い合わせた(一ヶ月ほど)。

 其の弐、ローリング金玉の巻・・・冬休みに01の家に泊り込みでバイトをしていてクリスマスの夜、 深い眠りについていた俺は突然ゴールデンボールを激しく蹴り上げられたような痛みで目を覚ました。 耐えられない痛み、何時間たっても治らない。耐えに耐えかね午前4時、「01,01!金玉いてー!」 俺の悲痛な叫びに01は、「はっ!?何考えとるの?今何時やとおもっとるの?」。挙句の果てに 「何でも良いけどうつさんでよ」。マイベストフレンド!母澄江に電話。「金玉いてー!!」 俺の悲痛な叫びに母澄江は、「朝になったら行ってあげるわ。」。マイベストマザー!! やむを得ず病院に電話。「金玉いてー!!!」。俺の悲痛な叫びに病院は、「救急車は自分で呼んでね。」 マイベストホスピタル!!!見るに見かねた01パパが病院に運んでくれた。病名は「精巣捻転」。 金玉を繋ぐ管が二回転位していたらしい。後1時間遅れていたら、摘出手術だったらしい。 オイ、澄江・・・。二度と回転しないように緊急手術(三週間ほど)。

 其の参、鼻を折ったのにの巻・・・冬、体育の授業、俺の大好きなサッカー。ヒーローはヒーローらしく フォワード。点をとりまくっていた。しかしそこは俺。ボール(玉)を持つと前にキーパーがいても気がつかない。 明らかなキーパーチャージ。噴出す鼻血。病院に緊急輸送。「鼻骨骨折ですね。手術が必要です。」 「はっ、また?」やむを得ず手術を受けることに。「入院しなければダメなの?」「いえいえ、すぐ帰れますよ。」 ほっ・・・入院は免れたぜ!そう思いながら手術前の血液検査をしていた。10分後、 「河瀬さん、今日から入院。」肝臓が悪いってサ。異常な数値だったらしい。もう少しで死ぬところだった(二ヶ月ほど)。 ただ何もしてはならず、寝るだけの二ヶ月をすごした。またもや冬休みは入院生活で終えた。

 其の四、恥ずかしいので勘弁してください。

 回数はたいしたこと無いかもしれないが、一回一回がインパクトが強すぎたため瞬く間に不健康Coji 及び金玉Cojiの名前を冠することとなった。事怪我に関しては天才と言えよう。 お前たちの入院生活の書きこみマツ。スパーク!