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Report

イヤーゲームの会 in 中部 佃 文子(元・三重県立四日市高等学校教諭)


※ 画像はクリックすると拡大します(一部のぞく)


活動報告 2009年10月5日(その後の二人の青年

その後の二人   
 青年の一人M君は過酷なリハビリにも 耐え、粘り強く取り組んだ結果無事に退院し、大学受験に臨み2009年4月大学入学を果たした。車椅子での一人暮らしを始め、大学の選択授業の体育ではソ フトボールをし、何とバッターボックスに立ち高打率をあげているそうだ。授業もとても楽しく大学生活を楽しみ、怪我をする前の自分に負けないくらい頑張っ て生活していることを知らせてくれた。
(写真は退院間近のM君と村上氏 M君と私)

転院したK君はご家族の愛情に見守られ介助が必要 ではあるが、流動食が可能となり手足が動く反応を見せているという。少なからず声のようなのが発声できるようにもなってきたようだ。医学と科学と音楽との 力で何とか会話が出来るようになって欲しいと願っている。偶然だが、その病院にライアーを持っている先生がいて彼に聴かせてあげているようだ。今は、K君 がいつか言葉が発せられご家族と会話が出来るようになることを願っている。

病院での活動を振り返って
 イヤー・ゲームで培ってきた「心の解放」による自由な音創りが、重病の患者さんとの係わりの中で活かされたことはとても意義深いことである。彼らとの出会いはかけがえのない貴いものとなった。向かい合う人の波動が大きく作用し、音楽はその一翼を担っているだけであったのだが、一音に託す想いの深さがこれほどまでに肉体の隅々までに強い力を与えるのかを目の当たりにすることとなった。毎回が驚きの連続であった。医学の力だけでは動かせない大きな何かが動いていた。一番の大きな力は「」ということ。

イ ヤー・ゲームの音楽活動は退職後のライフワークになると学び始めた頃から確信していたが、病院でしかも生命の危機にある緊迫した状態の中で即興的音楽をす ることになるとは予想もしなかった。私自身に「心の解放」が出来ていなかったらこの即興は出来なかったと思う。既成概念にとらわれていた私の指導方法がこ とごとくうち砕かれていった「イヤーゲーム」。ひたすら「音を聴く。傾聴する」行為からスタートしたこのいたってごく自然な音との戯れがこのような活かし 方につながっていったのである。

次回はデイサービスでの活動報告を予定している



活動報告 2009年1月20日(病院での即興的な音作り 第2回)

「あなたは自分の睫に音楽を聴いたことがありますか?」
 これは作曲家 佐藤慶子氏の著書「五感の音楽」の帯に書かれていたものである。ここで紹介したのは、まさにこのような動作を私が見舞っていた青年がしたからである。
 青年K君は、教え子と同じ病院に同時期に入院していたが、私は教え子M君のお母様の紹介でライアーを奏でて欲しいと依頼されたのである。この頃のK君は、主治医からは「聞こえて無い・見えてない」状態と言われていた。言語はほとんど発せられない状態であった。
 初めての日、ペンタトニックのライアーを弾きながら、即興で
「♪初めまして〜お母さんの友達の佃で〜す。K君〜お元気でしたか〜 ご機嫌はいかかですか〜♪」
とこんな調子で挨拶をし、「Dona Nobis Pacem」を歌い始めた。まさにその時、彼の睫が動いたのだった。この瞬間、私の脳裏にかつて読んだ本のあの帯のフレーズが過ぎったのである。
「睫に音を聴いたことがありますか?」
「あっ、睫が動いた。聞こえてる?聞こえてるよね?絶対聞こえてるよね」。
 彼の体と心が平安になるようにと願いつつ、私はアカペラでこの曲を歌った。睫が動いたことにかなり私の感情も高まって、また喜ばれるお母様からのアンコールもあり、渾身の力で彼の表情を見ながら数回歌い続けた。
♪ 瞼が少しずつ開いた
♪ 瞳が声のする方向へ移動した
♪ 顔面が紅潮してきた
♪ 笑い顔のような表情を見せた
♪ 上半身がびっくりしたように起き、大きなくしゃみをした
 最後の行動は全くの偶然とはいえ、本人の身体が起きあがったことはベッドに横たわって以来、初めてのことだったということであった。足先が動き、手元が動いたのを目の当たりにしたお母様はびっくりされながらも喜ばれていた。
 ライアーの弾き方をお母様に教え、毎日、彼に聴いてもらうようにした。訪問して曲を弾いてあげたり歌声を聴かせてあげると、眠そうにしていても彼の目が開き表情には笑みが見られるようになった。
 病院通いと共に始まった私の本格的なライアーレッスンは、キンダーハープ・ミニライアー制作者のM氏にお願いし、半音を含む35弦のソプラノライアーを少しずつ弾けるようになっていた。
  曲が弾けるようになって初めてのレッスン後、二人の病室でライアー二重奏をしてあげた。いつもより音の広がりがあり、おそらくふくよかな音世界になり彼ら の身体にも響きが大きく伝わったようだった。そして今までペンタトニックしか弾かなかった私が大きなライアーを弾いたので、覚醒していたM君はびっくり し、喜んでくれた。病院でのライアー演奏はM氏のソロと私との二重奏を時々行うこととなった。
 ライアーの響きの何がこのように身体に影響を与え るのか、この時まだ私はこの楽器の432Hzという周波数について深く考えてもいなかった。少なからずこの周波数が臓器の周波数に関係するのではと思って いたくらいである。よくいう、せせらぎや風に癒されるたぐいのものなのかどうかわからないが、ただひたすら心地良い響きを彼らの身体に伝えたかったのであ る。
 K君は一進一退であったが、ある時はリハビリに連れて行ってもらったり、車椅子に乗せてもらったり快復の兆しもあった。私が訪ねた、ベッド に寝たきりから考えるとすごいことであった。ライアー演奏も車椅子で聴かせてあげられるようになった。この頃、彼の目は開くときはバチッと開き、とても視力 が無いとは考えられなかった。そして、いつもライアーを聴くと表情が和らぎ紅潮してくるのであった。食道の関係で口からの食事が出来ないのだが、口元も左右 に動くこともあった。
 年を越して翌年の春に、K君は故郷の病院へ転院していった。最後のお別れにはミニライアーで即興の曲を奏でた。彼の黒くて長 いあの睫と大きく見開いた目が物を言わずとも何かを語っているようであった。何も語らずとも、半年ほどのお付き合いで表情を見ていると会話が出来ているよう に思えた。彼が語らずとも、私は常に必死で彼に語り続けていた。この気持ちが彼に通じていたのかもしれない。
 M君はリハビリが始められるほどにな り、日ごとに握力も増していた。彼の胸中を思うと言葉が空虚になることもあったが、彼の戦う精神を思ったら私の新しい楽器への練習なんて比べ物にならな かった。彼の姿とライアーの響きのおかげで挫けそうになる練習をこなして、ライアーアンサンブルにお声をかけていただけるまでになった。
 この楽器に出会ったことで、素敵なご縁が生まれていっている。




活動報告 2008

 2007年3月に定年退職を迎え、はや1年半が経ちました。イヤーゲームを退職後のライフワークにと考えていたため、少しずつ自分の音楽活動の中で採り入れていた中から、回を重ねて報告していきたいと思います。

病院での即興的な音作り 第1回
「音の威力」♪♪♪ 〜 声とライアー 〜 ♪♪♪

 2007年秋、私は、突然の事故で生命の危機にある教え子の見舞いに行くこととなり、その時、咄嗟に思いついたのが、勉強し始めていた「ライアー」とい う楽器の持参であった。
 当時私はシュタイナー教育の「音楽教育・療法的音楽教育者のための、聴く教育養成講座」を受講していたのだが、ここでは「聴く」という行為を、声や楽器 の響かせ方や即興的な音作りを通して学び取る要素が多くあり、イヤーゲームで学んでいた五感を活かした既成概念にとらわれない各種の自由な音作りがかなり 役に立った。今後イヤーゲームを進めていく上で、この講座で初めて出会った楽器の中でも「ライアー」という楽器がかなり活用できると思われ、まずペンタト ニックのキンダーハープとソプラノライアーを買い求めた。また、受講仲間のKさんにライアーの音の不思議とその音の「力」を聞かせていただいたことも貴重 な財産となった。

♪昏睡状態の重病人の耳元でライアーを弾いて聞かせたら、閉じているその目から涙が出てきた。音が届いて聞こえている、きっと目覚めると思った。
♪毎日手のひらサイズのミニライアー(ペンタトニック)を聞かせる内に、覚醒する日がついにやってきた。
♪全快し元気に働けるようになった。
 
※ライアーの音量はとても優しく穏やかで音量が微量である。殊に耳元で奏でられる。手のひらサイズのライアーはとっても小さな音である。しかし響きの広が りがある。 それから1年もたたないうちに自分がまさかライアーを病院で奏でることになるとは思ってもいなかった。前置きが長くなってしまったが、突然病院へ行くこと になってまず何をどうすれば良のかKさんに教えを請うことになった。

♪病室の状況を見極める。その場所で歌えるか奏でられるかの判断。
♪ライアーの音を室内に響かせる。特に曲を奏でなくても良い。ペンタトニックの一音一音を丁寧に響かせるだけ。気持ちを届ける心をしっかりと持って。
♪肉声が大事。名前をライアーの音と共によびかけ歌う。曲にならなくても良い。気負わずありのままに病人へ気持ちを音と言葉で伝える。即興で良い。

初めて聴かせたライアー (M君は眠り続けている。)
♪ ペンタトニックの下降音に名前のせ、繰り返し歌い続けた。
♪ 病室でその時に感じた心のままを5音で作り奏でた。
 無我夢中で奏で歌っていたので心拍感知装置モニターの数値の変化には気が付く余裕がなかったが、数日後彼のお母様から「友人たちの声やライアーの音に、血液中の体内の酸素量に良い変化がみられる」。ということを伺った。
 実際、私が歌ったときその数値が上昇するのを他のお見舞いの方が見て「先生、もっと歌ってください」。といわれ、必死に歌い私自身もその様子を知ること が出来た。ライアーの音のみでも、モニターに映し出されるいろいろな数値が良い状態となり、この楽器の必要性を感じたのである。

ミニライアー制作依頼とライアー演奏訪問

 受講仲間のM氏がライアーを制作していること。そして偶然だがM君の病院近くに住居があり不思議なご縁を感じていた。寝たきりの病人に適した手のひらサ イズのミニライアーを早速注文し、そしてM氏にもライアー演奏をお願いした。M氏のアルトライアーはペンタトニックの物とは当然音域から音量も違い、あら ゆる曲の演奏が可能である。病室ではM氏のその時のお気持ちで演奏していただいた。後に彼はこの時の気持ちを「音楽による祈りの行為」と話された。声楽の 曲では私が、歌ったりもした。この際必ずお母様が付き添われ、モニターに映し出される生命器官の数値をご覧になり、良い方向へ変わるごとに喜んでいらし た。この訪問は、およそ2週間に一度くらい続けられていた。
 およそ一ヶ月半後のある日、二人で訪ねた時、M君がぱっちり目をいっぱいに見開いて、その日の早朝に覚醒したことを知った。この時の感動は他の機会にしたい。
 病院訪問は、偶然だがもう一人の青年をも見舞うこととなり、彼ら二人の青年がN病院から他の病院へ転院する2008年4月まで続けられた。次回は二人の青年の様子を報告したい。
左から、
1.ミニライアー(村上智作、ペンタトニック
DEGAHDE
2.キンダーハープ(A.Lehman作、
ペンタトニックDEGAHDE
3.キンダーハープ(村上智作、
ペンタトニックDEGAHDE
4.ソプラノライアー(M.Joecks作、
E〜3点D35弦

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メモリーサウンドゲーム 2005 授業実践から
 高校へ入学し中学とは違った学習環境の厳しさの中で、1年生の音楽授業では何とか 心が解放されて素の自分が表現されればと、イヤー・ゲームの基本である「音の観察」を導入に取り入れ、メモリーサウンドゲーム「私の思い出の音風景」の創 作授業へと発展させています。生徒たちにとって自然の中での音観察は、風を肌で感じ、いつも聞いている音を聴くただそれだけのことなのにとても新鮮に受け 止めます。初めはなぜこのようなことをするのか半信半疑のようですが、心の解放はこの時から始まっています。聴いた音の擬音表現・図形描写から現代音楽鑑 賞(ベリオ・シュットックハウゼン・細川俊夫氏等)と進むうちに、自分と向き合えていくようです。今回は、生徒の創作発表風景と発表後の感想からメモリー サウンドゲームを紹介してみたいと思います。

曲名「お絵描き歌のメロディー」

*初めににおもいでの記を描いているとき、祖母はもういないので少し泣きそうだった。また、一緒にお絵描き歌をしたいと思った。
…(プリントに祖母と二人で絵描き歌をしている絵が描かれています。絵でも文章でも想い出が甦ればよいでしょう。この絵・文がこのテーマの全てのスタートとなっていきます)
*使用音・音具はあたたかく楽しげな音はどんなものか、そのイメージを崩さないようにした。
*曲作りで一番苦労したのはベースのピアノのリズム。一番創意工夫したのは、鈴の音が笑い声を表すように明るく鳴らしたところ。図形楽譜は、単調なリズムなので明るめな配色にしてリズミカルな感じにした。鮮明に思い出された。
*発表時は、あのときの気持ちが再現できるのかすごく不安だった。いざ演奏してみると自然に汗(冷や汗?)は引き、とても懐かしい気分になった。
*作曲はとても難しく感じたけど、音で自分の感情を表すのは意外と楽だった。キレイにしよう、じゃなくてどうすればあの時を表現できるのか、もう戻らない 時を音で表現したいと思った。実際に仕上がったのはかなり飾り気ない単調なものだったけど、それだからこそ、本当の懐かしさが出せたと思う。


 この創作活動は私自身も個々の生徒と向き合え、他の音楽表現にも活きていきます。生徒たちは想像力・創造力が広がり、忘れていた自分の原点を思いだし現 実の自分と向き合います。そして「音」のかもし出す不思議な力に動かされていきます。本年度も生徒たちの創り出す音世界に感嘆し新たな発見をし、私自身も メモリーサウンドゲームをさらに楽しみながらその奥深さを探究したいと思っております。
 
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わたしの思い出の音風景〜思春期の心の解放と自己再発見のための創作活動


「この1年間で自分にとっての本当に心地よい音を見つけ、その音の本質を探究しよう。それを表現に活かそう」をテーマに掲げて、高校1年・音楽選択生を対 象に、メモリー・サウンド・ゲーム「私の思い出の音風景」創作へと発展させていく。創作条件として、既製の楽器にとらわれず、手創り音具使用〈奨励〉、拍 子・調・音符にこだわらない、図形楽譜(色彩表現)、五線譜等自由で、自分の表記法を用いる、1分〜1分30秒程度の長さ、楽しんで創る、を設定した。生 徒は、初めは戸惑うが、ほぼ1時間目に描写が終わり、音具・既成の楽器で遊び始める。ここで、なかなかテーマを見つけられない生徒もいる(思い出なんか無 い。音楽とはこういうものと考えている生徒に多い)。

テーマから
 全体に自然と係わるものが一番多いが、単なる自然描写ではなく 自分の感情をも取り入れ、創作中から癒されている。辛く悲しい内容のものは発表時泣き出すこともあるが、この創作によって辛さを乗り越え解放されていく。

楽器・音具から
  一番人気はレインスティック・親指ピアノ。安らぐ音・イメージしやすい音のレインスティックはさまざまな表現に使いい分けられている。心地よい響きの親指 ピアノも好評。ピアノは扱い方で多種多彩な表現が可能なこと、音具として扱い(ピアノが弾けない生徒)他との共用が結構ある。

色(図形楽譜)から
 音とは違った心に及ぼす色の作用の大きさが見える。

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まとめ
  メモリー・サウンド・ゲームに取り組み始めて8年がたった。毎年160人ほどの生徒の音世界を独り占めして楽しませてもらっている。創作過程で毎回の添削 作業は大変だが、今までこの課題の未完成者は出ていない。この創作が、能動的な鑑賞や他の音楽表現に活かされることは間違いない。生徒自身が自己を良く見 つめるようになれることも嬉しい。自分の記憶を音にするのは難しいが、その音が出せたら音は人の心を自在に操り、楽しませてくれることを実感した。また、 勉強勉強の毎日だったが、小学校の楽しかった思い出を何回も甦らせる事で、ほんとにワクワク、ウキウキしてきて楽しくなった。そして、それは、今の生活も 頑張ろうという励みにもなった。このテーマをして良かった!



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