音楽分析 ヴォカリーズ
モーリス・ラヴェル  《 ヴォカリーズ―ハバネラ形式のエチュード 》
Joseph Maurice Ravel ( 1875.3.7-1937.12.28 )   Vocalise-étude en forme de habanera (1907)
2004年5月30日

 《 ヴォカリーズ―ハバネラ形式のエチュード 》  Pièce en forme de habanera としている楽譜もある。原調は f-moll 。高声用は g-moll 。Maurice Dumesnil によるピアノ独奏アレンジは fis-moll 。
 今日は、いま弾いている高声用の楽譜で分析してみよう。

 1.低音構成:最初の2ページ ( T.1-28 )は属音 d の保続音。この間、絶え間なくハバネラのリズムが続いている。28小節目でこのリズムから解放され、カデンツァ風の移行部 ( T.28-38 ) を経て、39小節目で主音 g に到達、と同時に G-dur に陽転。52小節目からのコーダは c-g のS定型で変終止。曲全体から見れば、d-g すなわち D-T のD定型カデンツのゆれである。基本的にはバッハの平均律第1巻 C-dur 前奏曲の最初のT部分が省略された構造になっている。最初のD部分は調号フラット2個だから、全体の属音である d は移動ド読み mi であって、つまり「ミの旋法=フリギア旋法=アンダルシア旋法」でできていると考えられる。

 2.Presque lent et avec indolence は「かなり遅く、そして怠惰さをもって」 「アンドランス」は辞書でみると、「ものぐさ、不精、怠惰、無気力、のらくら、骨惜しみ・・・(医)無痛性・・・ああ、なるほど、否定の in と「苦しみ」の dolore か。ハバネラと言えば、ビゼーのカルメン。あのアリアだけ特殊な世界を作っている。と思ったら、ビゼーはある曲をデフォルメしてこの曲を書いたらしい。彼の忘れられない女と関係があるらしいが、その女とカルメンが重なり合ってあのアリアになり、ハバネラというキャラクターもフランス音楽の中に定着したゆえ、ラヴェル、ドビュッシーの作品になった。それゆえに、まさに「アンドランス」はカルメンのキャラクターそのもののことなのではないか。

 3.そのキャラクターはリズムにあらわれている。付点リズムと8部音符の組み合わせ R-A と3連符と8部音符の組み合わせ R-B の織り成す不思議な世界。

 4.前12音技法的観点: 1.d / 2.a - 3.e - 4.c / 5.b - 6.fis / ここまでで十分にラヴェルの匂いがする。どんなヘクサコードだろうか? 並び替えると、a-b-c-d-e-fis [OG:6] No.32 で神秘和音と同じ構造。そうすると倍音に関係することになる。スクリャービンの神秘和音 c-fis-b-e-a-d の配置を変えただけにすぎない。c を基音にした第1・11・7・5・13・9音、あるいは第7・8・9・10・11・13音だ。
 残りのヘクサコードは 7.g / 8.f - 9.as / 10.es ( T.20 ) / 11.des ( T.37) / 12.h ( T.39 ) となり、並べ替えると、g-as-h-cis-dis-f [OG:6] No.32s で神秘和音の鏡像形になる。陽転音の h はそのまさに陽転のときまで使われていない。主音の対極音であり、 d-moll の導音である cis も中々出てこない。それにフリギア旋法の目印となる音 es は20小節目まで我慢させられている。では最初の9音の構造は? e-f-fis-g-as-a-b-c-d [OG:9] No.6i ほぼ半音階に近い。「目印音」の我慢のさせられ方が面白い。


(見上潤)


ドルチェカント研究会へのお問い合わせはこちらへ
Società pel Dolce Canto (Mikami Jun)
E mail : dolce_canto@hotmail.com


Società pel Dolce Canto