当てもなくというのはおかしいが、車を走らせていた。
どこか人のいない世界へ行きたかった。


梅雨が明けて、雨上がりの東京の空は宝石をまき散らしたようだ。
不夜城に眠らぬ街とで人々は今も踊り狂う。
もうそんな喧騒には疲れた。上司の嫌味も世間のウワサ話も聞き飽きた。
笑っていられればまだいい。その笑顔をもっともっと見ていたい。
お願いだから訳もなく話を止めないで。



気が付くと海岸線を走っているようだ。夜の海はすべてを飲み込んで
しまいそうで、怖い。真っ黒な水面に映る月を見つけた。
こんこんと光る月は夜の覇者だ。優しく厳しく、冷たい目で見つめている。
思わず車を止め、浜辺へおりてみた。

海風が勢いよく迎える。人がいない浜は砂漠のように広かった。
月は遠く、美しい。海が月を飼っているようだ。
ユラユラと優美に海を歩く月はまるで従順なペットだ。
立ち尽くしたまま月をただ見つめていた。



どれくらいの時間が経ったのだろう。
何もかもがイヤになってケイタイも腕時計も置いてきた。
財布さえも持ち合わせていない。
視線を辺りへ巡らすと何やら女の子がはしゃぎながら遊んでいた。

正確な時間はわからないがもう真夜中だ。
女の子が一人で遊んでいるような時間ではない。
気が早くノースリーブのワンピース姿ですそをヒラヒラとはためかせている。
それがなんだか無邪気でかわいくて毒気が抜ける気がした。


そのまま僕はジッと彼女の行動を見つめていた。
波打ち際を歩きながら波とのゲームに興じている。
ただ楽しそうに笑って、水をもてあそぶ。
裸足の足先で雫を跳ねかけて、その無邪気な笑顔から何故か目が離せなかった。



不意に彼女がこちらを向いた。穏やかな微笑み。
いたずらに笑ったかと思うとキレイな手を口元に添えた。
声は聞こえないがはっきりと口がかたち作る。

「ひ  み  つ」

僕は何も言えず頷くのが精一杯だった。
音がしそうなほどのまばたきをすると彼女はもうそこにいなかった。



浜辺に残った小さな足跡と月だけが彼女を示す。
月はいつものように見下ろすだけ。
今宵の月はやけに色づいて、大きく見えた。


月と僕とキミ、僕らだけの秘密。