ーーーカンカン カンカンーーー

遮断機がその長い首を静かに降ろす。そして同じように彼女も姿を現す。


しなやかな長い黒髪、細いからだ、そして強く凛としたまなざし。


彼女はまことしやかに美しく、その美しさに引き込まれ溶けてしまいそうだ。


冷たく光を翳らせた瞳が僕を捕らえる。ゾッとするような美しさだ。
手にしたコンビニのビニール袋をきつく握り直し、
何気なく自然を装って彼女の横を通り過ぎようとした。僕は何も見ていない。


「忘れないで・・・」


スタジオに入ってもあの顔が、声が忘れられなかった。
変な汗が噴き出てしまい、滑ってスティックすらまともに握れない。
おかしい僕の様子を見てメンバーはいぶかしげ。
ごめん、今日はホント無理。

ドラムに集中できずにいた僕を見かねたテツくんの配慮によって
一足先に帰ってもいいというお達しが出た。
ごめん、ありがとう。テツくん様サマ。


ぼんやりと彼女の存在に心当たりがないか思い出していた。
人に恨みを買うような事はしてない・・・と言い切れないのが悲しいけど、
記憶を探っても霊に縛られるような出来事はないはずだ。
誰か親しい人で不幸にあった人でもいたのだろうか。
考え事をしながら歩いていくうちに否が応でも問題の踏み切りに差し掛かる。
思わず足がすくんで、前に進めない。
彼女は当然、眼前に佇んでいる。恐怖心が感情を支配する。
どうする?このままでは家に帰れない。でも足が動くことはなくて。


しばらくそこに立ちすくんでいたが意を決し、前へと歩き出す。
大丈夫、と自分に言い聞かせて。
元来こういった幽霊のたぐいは得意ではない。むしろ苦手だ。
心拍数は瞬く間に上昇していく。
それが最高潮に達したときに聞こえたあの声。


「忘れないで・・・」


なんだか思い詰めたような声だった。
そしてそれはひどく懐かしい響きを含んでいて。
一瞬のうちに彼女は姿を消す。
怖くなって無我夢中で家まで走り帰った。


次の日から彼女は姿を見せなくなった。
一抹の寂しさと多大なる安堵を覚えたが、
忙殺されていくうちに記憶の隅に追いやられてしまった。

それからしばらくして懐かしい友からの珍しいハガキが届いた。
すっかり父親の顔をした友人とその家族の姿を微笑ましく感じて。
少し頬をゆるませながらその文面を読んでいくと信じがたい事実が記されていた。


あいつが死ん、、、だ?


高校の時につきあっていた彼女が亡くなったとあった。死ぬには早すぎる。
若すぎた、死。そして忘れかけていた事実が脳裏をかすめる。
踏み切りの彼女は、、、もしかしたら、、、


久しぶりに彼女の実家を訪ねよう。
ご両親には一度しかお会いしたことはないけど、せめて手を合わせてやりたい。
あのとき僕の進むべき道を示してくれてありがとう。


君には花束を届けよう。