 |
 |
 |
 |
[A]
|
 |
 |
Ann Arbor Film Festival
|
アン・アーバー映画祭
|
 | |
 |
 |
 |
…1963年よりアメリカミシガン州で毎年開催されている16mmフィルム映画を対象としたインディペンデント系の映画祭。77年の同映画祭にDEVOが制作した自主映画 "In The Beginning Was the End: Truth About De-Evolution" がChuck Statler名義で出品され見事入賞。賞金25ドルを獲得したが、制作費は3000ドルだった。ブライアン・デ・パルマやアンディー・ウォーホル、オノ・ヨーコ、ジョージ・ルーカスなどが歴代の受賞者に名を連ねる由緒ある映画祭である。
|
 |
 |
Annerose Bucklers
|
アンネローズ・バックラーズ
|
 | |
 |
 |
 |
…ミュージシャン。 「Deep Sleep」(アルバム 『oh, no! it's DEVO』 収録)にバッキング・ヴォーカリストとして参加している他、 「Whip It」 「Girl U Want」 「Beautiful World」 といったヴィデオクリップに出演している。DEVO以外にもストラングラーズ(The Stranglers)のツアーへの参加、立花ハジメ(Hajime Tachibana/ex.Plastics)への楽曲提供( 「AB1013」(アルバム 『Hm』 収録) )など幅広い。
|
 |
 |
Artrouble
|
アートルーブル
|
 | |
 |
 |
 |
…3rdアルバム 『Freedom of Choice』 のジャケットワークを担当した匿名デザイン集団。DEVOの変名プロジェクト説が有力視されているが真偽の程は定かではない(アルバム・クレジット上はDEVOとArtroubleのみ黒文字表記)。当時出版されたスコアブックには "Art Trouble"(アート・トラブル) とクレジットされていたらしい。オインゴ・ボインゴ(Oingo Boingo)の 『Nothing to Fear』 のジャケットワークも担当している。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[B]
|
 |
 |
Beautiful Mutant
|
ビューティフル・ミュータント
|
 | |
 |
 |
 |
… "Freedom of Choice" のヴィデオクリップに登場するキャラクター。1963年に米ABCで製作・放映されたSFテレビドラマの名作 『アウター・リミッツ』( "Outer Limits" /日本では翌64年に 『ウルトラ・ゾーン』 なる邦題でOA)に登場した 「100万年後の未来人」 がそのモチーフとなっている(エピソード・タイトルは 「狂った進化」 )。チョコドーナツが大好き。
|
 |
 |
Booji Boy
|
ブージー・ボーイ
|
 | |
 |
 |
 |
…DEVOのバンド・コンセプト 「退化」 を象徴するマスコット・キャラクター。ライブではアンコールに登場するのが通例となっており、日本武道館公演でもベビーベッドの中からポラロイドカメラで客席を撮りまくるパフォーマンスを繰り広げた。また翌80年には日本テレビの24時間テレビ 『愛は地球を救う4』 に出没。小林克也のベルトを外したり、人工芝を布団代わりにして寝るなど番組の進行にまるで関係のない無邪気な奇行の数々がお茶の間に届けられた。その正体は明らかにされていないが、彼が登場している時に限ってマークの姿が見当たらないのは人類永遠の謎である。76年にDEVO自身が立ち上げた自主レーベル名でもある。
|
 |
 |
Brian Eno
|
ブライアン・イーノ
|
 | |
 |
 |
 |
…ミュージシャン。72年、ロキシー・ミュージックに参加。翌73年ボーカリストのブライアン・フェリーに追い出される形でグループを脱退した直後から満を持していたかのようにソロ活動を開始。ジャーマン電子デュオ・クラスターとのコラボレイトを機にアンビエント・ミュージックのノリをロック/ポップスのフィールドに持ち込むなどの狼藉三昧で独自のポジションを確立した。DEVOを世に送り出した功労者だが、当のDEVOは彼のプロデュース・ワークに関して 「DEVOらしさが失われている」 と否定的なコメントを残しており、以後両者が関わりを持つことはなかった。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[C]
|
 |
 |
Captain Beefheart
|
キャプテン・ビーフハート
|
 | |
 |
 |
 |
…アメリカはカリフォルニア州グレンディール出身のミュージシャン。本名ドン・ヴァン・ブリート。リズム&ブルースをルーツとしながらも、そこに留まらないフリーキーかつアヴァンギャルドな音楽性はDEVOにも多大なる影響を与えたが、82年以降音楽活動からきっぱりと身を引き、現在はモハービ砂漠に居を構えて画家としての活動に専念しているようだ。高校時代フランク・ザッパとクラスメイトだったことでも有名。高校大パニック。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[D]
|
 |
 |
David Bowie
|
デヴィッド・ボウイ
|
 | |
 |
 |
 |
…ミュージシャン。60年代後半にモッズ・ムーブメントの中から登場、以後グラムロック〜ニューウェイヴへとサウンドスタイルの変遷を重ねながら、そのカリスマ性で常にシーンの最前線に位置し続けている。DEVOにはアマチュア時代に逸早く目を付け、その才能を高く評価。 「彼らの為にはあらゆる協力を惜しまない」 とまで言い切った。実際1stアルバムは本来ボウイがプロデュースする予定だった(マークの証言によると東京でのレコーディングを予定していたらしい)がボウイのスケジュールの都合(映画 『地球に落ちてきた男』 の撮影)で断念している。その代役としてボウイ自ら白羽の矢を立てたのがブライアン・イーノだった。2ndアルバムもボウイ人脈からケン・スコット(ボウイの代表作 『ジギー・スターダスト』 のプロデューサー)が起用されている。
|
 |
 |
Dead Boys
|
デッド・ボーイズ
|
 | |
 |
 |
 |
…オハイオ州クリーブランド出身のパンクバンド。1976年結成。アクロンとクリーブランドはオハイオ州同士ということもあり、アマチュア時代のDEVOとは対バンする機会も多く、ライバルバンドと見なされる向きもあったが、実際ステージ上で喧嘩になったこともあったらしい(Rubber City RebelsのRod Firestoneの証言による。なんでもDEVOがステージ中にDead Boysのメンバーをからかったのが原因だったとか)。Sireに2枚のアルバムを残し79年に解散、その後ボーカリストの事故死を乗り越え2度の再結成を果たしている。
|
 |
 |
Devo Land
|
ディーヴォ・ランド
|
 | |
 |
 |
 |
…ロサンゼルス(ロスアンゼルス)に実在したDEVOのホーム・レコーディング・スタジオ。7thアルバム 『Total Devo』 はこのスタジオで5万ドルという破格の予算で制作された。立花ハジメやアンディー・サマーズなど、このスタジオを利用したミュージシャンも少なくなかったが、90年の活動停止に伴い閉鎖された。
|
 |
 |
Devo World Service Uniform
|
ディーヴォ・ワールドサーヴィス・ユニフォーム
|
 | |
 |
 |
 |
…7thアルバム 『Total Devo』 期のコスチュームの名称。DEVOのコスチューム史上唯一男性用(赤or青)と女性用(白)がある( "Disco Dancer" のヴィデオクリップ参照)。 デザインド・バイ・ジェリー&マーク。
|
 |
 |
DEVU
|
デヴ
|
 | |
 |
 |
 |
…プラスチックスのフロントマン、佐藤チカ、中西俊夫、立花ハジメによるDEVOのパロディー・ユニット。相撲コントのような黄色い肉襦袢(肩口に "DEVU" の文字)で、初期プラスチックスのライブに余興として出没していたらしい。詳細に関しては現在調査中。
|
 |
 |
Donut Rooter
|
ドーナッツ・ルーター
|
 | |
 |
 |
 |
…2ndヴィデオ 『We're All DEVO』 に登場するキャラクター。ロッド・ルーターの愛娘(→「Rod Rooter」の項参照)。羽振りの良い親父から言葉巧みに金をふんだくっては小遣い稼ぎをしている。 「DEVOは2進法よ」 は名言だ。演じるはサタデーナイト・ライブ出身のコメディエンヌ、ラレイン・ニューマン(Larraine Newman)。劇中 「DEVO is Sexy, Specialy Marky」 という台詞があるが、実際マークのガールフレンドだった時期もあるらしい。女優として 『スペース・インベーダー』 『コーンヘッズ』 といった映画への出演を経て近年はTVを中心に活動する一方、 『ファインディング・ニモ』 『モンスターズ・インク』 など声優としての活躍も目覚ましい。
|
 |
 |
Dr. Birthfood
|
バースフード博士
|
 | |
 |
 |
 |
…2ndヴィデオ 『We're All DEVO』 に登場するキャラクター。自らが主宰する 「生命研究所」 において、DEVOに 「リプログラム」 を施す。演じるティモシー・リアリー(Timothy Leary)はもともと大学教授であったが、60年代に入ってから薬物による意識の覚醒に着目し、やがてドラッグ全般の研究に没頭。 「アシッド・テスト」 と称してマリファナやLSDをバラ撒いたり、ドイツのサイケデリック・プログレ・バンド、アシュラ・テンプル(Ash Ra Tempel)とのコラボレイト(ウィズLSD)によるアルバム 『Seven Up』 をリリースしたりと、その旺盛な研究心でドラッグ・カルチャーに深く関与し過ぎた結果、国外退去処分になったりした。また 「ドロップ・アウト」 を提唱したり、ウィノナ・ライダーの名付け親になったり、ユマ・サーマンの母親の前の夫だったりと、その活動は多岐に及んだが、1996年5月31日ビバリーヒルズにて没。享年75才。最後の言葉は 「Oh! Beautiful! Beautiful!」 だったとか。 『Shout』 のジャケットでシャウトしてる少年は彼の継子、ザック・リアリー(Zach Leary)。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
…3rdアルバム 『Freedom of Choice』 のジャケットでメンバーが被っている赤い段々帽の名称。これを被る事によって世界中のエネルギーを集める事が出来るらしいがメンバー以外には効果がないらしい。82年頃DEVOがアメリカのTV番組 「David Letterman Show」 に出演した際、突如マークがその頑丈さをアピールすべくエナジードームを思いっきり踏んづけるというデモンストレーションに及んでみせたが、案の定思いっきり亀裂が入るというグループの先行きをも暗示させる結末に全米が泣いた。スタンダードの赤ドームの他に白や黒、ゴールド、青といったヴァリエーションがあり、そのうちの何種類かはClub DEVOでの購入が可能。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[G]
|
 |
 |
General Boy
|
ジェネラル・ボーイ
|
 | |
 |
 |
 |
…ブージー・ボーイのお父さんで退化理論をレクチャーするスポークスマン的存在。演じるはマーク、ボブ1号、ジムの実の父親ロバート・マザーズバー・シニア (Robert L Mothersbaugh Sr.)。趣味はお菓子作りで、そのチョコレートの使用量には定評がある。現在も地元オハイオで毎年開催されるファンの集い「DEVOtional」には毎回元気な姿を見せている。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[H]
|
 |
 |
Happy or Not
|
ハッピー・オア・ノット
|
 | |
 |
 |
 |
…7thアルバム 『Total Devo』 のシンボルマーク。"Happy/Sad Face" の別名も持つ喜びと悲しみのシャム双生児。フランスのインダストリアル・デザイナー、フィリップ・スタルク(Phillipe Starck/代表作:アサヒビール吾妻橋ホールに燦然と輝く金色(こんじき)のウンコ的なオブジェ)にインスピレイションを受けたとクレジットされている。グラフィックド・バイ・ボブ1号、ウィズ・アミーガ。
|
 |
 |
Hoya
|
ホヤ
|
 | |
 |
 |
 |
…海洋生物。日本や韓国、フランスなどで食材として用いられているが、中にはガソリンのようなニオイを放つものもあり、「海のパイナップル」の異名を持つその外観とともに好きか嫌いかの二者択一を迫られる。来日時にこれを食べたボブ2号が5時間吐き続けたとジェリイが証言している。
|
| | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[K]
|
 |
 |
Kent State Shootings
|
ケント・ステイト・シューティング
|
 | |
 |
 |
 |
…1970年5月4日、オハイオ州ケント州立大学で開催されたカンボジア派兵反対を訴える反戦集会において、大学側の要請で警備に当たっていた国家警備隊が抵抗する群集に向けて発砲、4人の死者と9人の負傷者(うち1人は全身麻痺)を出した事件。殺害された4人のうち2人はジェリイの知り合いで、そのうちのひとり、アリソン・クラウゼ(Alison Krause)がM1グラント式ライフルの凶弾に倒れる瞬間をジェリイは約15フィート(4.6mほど)の距離で目撃している。この事を期に、ジェリイは「De-Evolution」のコンセプトを真剣に突き詰め始めることになる。因みに、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングがこの事件を唄った 「オハイオ(Ohio)」 という曲を、DEVOは2002年にカバーしている。
|
 |
 |
Kraftwerk
|
クラフトワーク
|
 | |
 |
 |
 |
…ミュージシャン。デュッセルドルフでクラシックを学んでいたラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダー・エスレーベンによって1968年に結成されたオルガニザツィオーン(Organisation)を前身とし、翌69年クラフトワークとして活動開始(独語発音で「クラフトヴェルク」。「発電所」の意)。以来一貫して電子音楽の可能性を追及し、74年発表の 『Autobahn』 で後に「テクノ・ポップ」と呼ばれる音楽のフォーマットを構築、ビジュアルを含めた概念としてのテクノ感覚を提示した一方の雄、DEVOとともにテクノの象徴として孤高の地位を確立した。DEVOが1990年にリリースしたシングル 「Post Post-Modern Man」 のリミックス・ヴァージョンでクラフトワークの 「It's More Fun to Compute」 がサンプリングされているが、クラフトワークがこれに触発されて 『The Mix』 の制作に着手した、かどうかは定かではない。また、78年頃にクラフトワーク側から「君達のフィルムを我々のライヴの前に上映させて欲しい」とのオファーがあったとマークが懐述している。ジェリイのクラフトワーク評は「グッド・ナチス」。
|
| | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
…DEVOは79年と80年、03年、そして08年の計4回来日している(2008年10月21日現在)。79年の初来日時には日本武道館公演を含む全国ツアーを敢行。武道館公演の模様は全編テレビ放送された。また、空港から出てきた彼らがすでに黄色いツナギに3Dメガネというステージそのままの格好だった話は余りにも有名である(それを見た取材カメラマンが 「一体どいつがDEVOなんだ!」 と叫んだ話も有名)。2度目の来日では西武デパートの屋上でサイン会が催されたり、今は亡きライブハウス 「ツバキハウス」 でシークレット・ギグが行われたりした。以下日程詳細。
◇1st visit 1979.05.22:大阪フェスティバルホール 1979.05.23:名古屋市公会堂 1979.05.24:福岡大手門会館ホール 1979.05.28:日本武道館 (他に札幌中島体育センターでのライヴが予定されていたようだがどうやら中止になった模様) ※メディア露出 ステレオ音楽館、ぎんざNOW、ファンキートマト(以上TV)、パルコ(以上CM)、ミュージックマガジン7月号(高橋幸宏との対談/以上雑誌)、etc
◇2nd visit 1980.05.08:福岡郵便貯金ホール 1980.05.09:大阪毎日ホール 1980.05.10:東京渋谷公会堂 1980.05.11:東京日本青年館 1980.05.12:東京新宿ツバキハウス 1980.05.13:東京郵便貯金ホール 1980.05.14:愛知県勤労会館 1980.05.15:京都教育文化センター 1980.05.16:宮城県民会館 ※メディア露出 24時間TV・愛は地球を救う4(TOTOの代打で)、誰がカバやねんロックンロールショー(以上TV)、スタジオボイス8月号(DEVO×P-MODEL/以上雑誌)、etc
◇3rd visit 2003.08.02:千葉マリンスタジアム 2003.08.03:WTCオープンエアースタジアム ※メディア露出 Snoozer9月号増刊サマーフェスティバル2003(インタビューwithマーク&ジェリイ)、ディスクガイドシリーズ#16 TECHNO POP(DEVO×Polysics師弟対談/以上書籍)、etc
◇4th visit 2008.08.09:大阪舞洲アリーナ 2008.08.10:千葉マリンスタジアム 2008.08.11:東京渋谷AX w/Polysics ※メディア露出 Musica10月号(ジェリイ×Polysicsハヤシ対談)、CDジャーナル10月号(インタビューwithジェリイ)、Gigs11月号(ジェリイ×Polysicsハヤシ対談)、Player11月号(頽廃的美学論特集、インタビューwithマーク&ジェリイ他/以上雑誌)、etc
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[M]
|
 |
 |
Mutant Guitar
|
ミュータント・ギター
|
 | |
 |
 |
 |
…かなり独自のカスタマイズが施されたマーク専用ギター。パンキッシュな外観には定評がある( "Satisfaction" のヴィデオクリップ参照(写真))。 "Too Much Paranoias" ライブ演奏時には間奏でミュータント・ギターによるアドリブが炸裂。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[N]
|
 |
 |
Nancye Ferguson
|
ナンシー・ファーガソン
|
 | |
 |
 |
 |
…歌手。 『Total Devo』 の数曲にバック・ヴォーカリストとして参加。 "Disco Dancer" のヴィデオクリップや 『Now It Can Be Told』 の中ジャケでその姿を確認出来る。またデビッド・リンチが監督したTVシリーズ 『オン・ジ・エアー』 に出演するなど女優としても活躍。1993年にマークと結婚。マークが楽曲提供した映画 『ミステリー・メン』 には夫婦揃って一瞬出演している。その他ショート・フィルムを監督するなど多方面で活躍中。
|
 |
 |
New Traditionalist Pomp
|
ニュー・トラディショナリスト・ポンプ
|
 | |
 |
 |
 |
…4thアルバム 『New Traditionalists』 のジャケットでメンバーが被っているヘッドギアの名称。ジョン・F・ケネディの髪形を模して作られている。マークもジェリイも数ある退化アイテムの中でこれが一番のお気に入りと口を揃える。スタンダードの黒ポンプのほか赤ポンプ、青ポンプといったバリエーションが存在しており、Club DEVOで購入可能。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
…日本のロックバンド。97年の結成当初からDEVOの影響を前面に押し出したヴィジュアルとオルタナ/ガレージパンクmeetsニューウェイヴなサウンドでネオ・ニューウェイヴ・シーンを牽引。現在はその枠をも超越して海外でも高い評価を獲得している。特にハヤシ(写真。Vo&G)のDEVO熱は有名で、雑誌の名盤10枚選ぶ企画でDEVOを5枚選んだり、リリースするすべての作品にDEVOへのスペシャルサンクスをクレジットしているほど。DEVOからも 「ポリはテクノの爆発じゃん」(マーク) 「DEVOのネクスト・ジェネレーションだ」(ジェリイ)と太鼓判押されまくりの相思相愛状態である。DEVOの4度目の来日(2008年)の際には単独ライブの露払いを務めた。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[R]
|
 |
 |
Robert Margouleff
|
ロバート・マーグレフ
|
 | |
 |
 |
 |
…3rdアルバム 『Freedom of Choice』 のプロデューサー。70年代初頭、マルコム・セシル(Malcom Cecil)が開発した世界初のポリフォニック・シンセサイザー・システム、 「T.O.N.T.O. (The Original New Timbral Orchestra) 」 をフィーチャーしたユニット、 「トントズ・エクスパンディング・ヘッド・バンド(TONTO's Expanding Head Band)」 を結成。71年にリリースした1stアルバム 『Zero Time』 でグラミー賞を受賞した。以後、スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)、クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)、ボビー・ウーマック(Bobby Womack)、アイズレー・ブラザーズ(The Isley Brothers)、ウェザー・リポート(Weather Report)、ギル・スコットヘロン(Gil Scott-Heron)といったアーティストのレコーディングに参加したり、ローザー&ザ・ハンド・ピープル(Lothar and The Hand People)のアルバムをプロデュースしたりしている。 T.O.N.T.O. は現在、ミューテイトー・ムジカに保管されている(オーナーはマルコム・セシル)。また、映画 『ファントム・オブ・パラダイス(The Phantom of Paradise)』 (1974/ブライアン・デ・パルマ監督)でT.O.N.T.O.の勇姿を見ることができる(デス・レコードのレコーディング・ブースを演出するモジュラーシンセ群がそれ)。
|
 |
 |
Rod Rooter
|
ロッド・ルーター
|
 | |
 |
 |
 |
…1stヴィデオ 『The Men Who Make The Music』 ならびに2ndヴィデオ 『We're All DEVO』 に登場するキャラクター。父親の経営する芸能プロダクション "Big Entertainment" に所属する音楽プロデューサーで、セールス不振の所属アーティストDEVOに頭を悩ませている。 『We're All Devo』 で娘の親友との不倫が明るみに。演じるはMichael Schwartz。ヒゲの濃さはプリティ長嶋並み。
|
 |
 |
Rubber City Rebels
|
ラバー・シティー・レベルズ
|
 | |
 |
 |
 |
…オハイオ州アクロン出身のパンクバンド。1976年、前身バンド「King Cobra」として活動開始。翌77年に地元のライブハウス「The Crypt」を当時のオーナーより譲り受け、78年までの一年間バンドメンバーで共同経営。Dead BoysやBizarrosなどとともにDEVOにも積極的に演奏する機会を与え、後に「Akron Sound」とも称された地元のパンク・シーン活性化に多大なる貢献を果たした。また、ヴォーカル&ギターのRod Firestoneとマークは当時家が隣同士だったということもあり、King Cobra時代にマークがミキシングを担当するなど交流も活発だったようだ。 DEVOの「The Crypt」での演奏はDVD『Complete Truth About De-Evolution』に特典映像として収録されている。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[S]
|
 |
 |
Spazz Attack
|
スパッズ・アタック
|
 | |
 |
 |
 |
… "Peek-A-Boo" のヴィデオクリップに登場するきちがいピエロ。演じるは "Satisfaction" の操り人形のような痙攣パンクスとしてもおなじみのCraig Allen Rothwell。デヴィッド・ボウイのライブやトニー・バジルのヴィデオクリップ( "Be Stiff" )にも出演している。また、中西俊夫と佐藤チカのユニット、MELONに一時在籍。日本に在住していた時期もあり、中西俊夫の 「Automan」 (アルバム 『Homework』 収録)や細野晴臣のユニット、FOEの 「Sex Machine」(ジェイムス・ブラウンのカヴァー。アルバム 『Sex, Energy & Star』 収録)といった楽曲にラッパーとして参加している。
|
 |
 |
Spud Ring Collour
|
スパッド・リング・カラー
|
 | |
 |
 |
 |
…5thアルバム 『Oh, No! It's Devo』 のジャケットでメンバーが首にはめている白い輪っかの名称。任意に変形させる事が可能で、82年頃DEVOがアメリカのTV番組 「David Letterman Show」 に出演した際、マークはこれを烏帽子のような形に整えて頭に被ったり、足首にはめて歩き回ったりといった早野凡平のホニャマカ芸のような事を延々と繰り広げ、全米がもう一回泣いた(→「Energy Dome」の項参照)。Club DEVOで購入可能。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
…80年代末期に活動したDEVOのコピーバンド。通常のライブ活動のほか、マメカラ(ポータブル・カラオケ)を駆使したホコ天横断ライブも行った。メンバーは加藤賢崇(Voice/マルチタレント)、金井覚(Guitar/ex.テクノ・シューターズ→現ライター)、佐藤公稔(Bass/DEVOオフィシャル・ファンクラブ 「Brain Washer Japan」 代表)、砂原良徳(Keyboards/平沢進バンド〜電気グルーヴを経て現在ソロ)、中村滋(Drums/ex.モデル・プランツ→現B2-Dept、Yセツ王、モノグラム、non、ハニーマニー)。
|
 |
 |
Toni Basil
|
トニー・バジル
|
 | |
 |
 |
 |
…チアリーダー出身の振付師兼ミュージシャン。振付師としてDEVO(「New Traditionalists Tour(1981)」)やデヴィッド・ボウイ(「Diamond Dogs Tour(1974)」「Glass Spider Tour(1987)」)、トーキング・ヘッズ、ベット・ミドラー(「Australian Kiss My Brass Tour(2005)」)といったアーティストや 『アメリカン・グラフィティ』 『ザ・ローズ』 『ザ・モンキーズ/ヘッド』 といった映画を手掛ける一方、シングル "Mickey" の大ヒットで知られるミュージシャンであり(1966年A&Mレコードよりデビュー)、1stアルバム 『Word of Mouth』 において "Be Stiff"、 "You Gotta Problem " (a.k.a. "Pity You")、 "Space Girls" (a.k.a. "Space Girl Blues") とDEVOの曲を3曲カバー、レコーディングにはDEVOも演奏で参加している。また2ndアルバム 『Toni Basil』 では当時交際していたジェリイがプロデュースとエンジニアを担当している。映画 『イージーライダー』 『ファイブ・イージー・ピーセス』 に出演するなど女優としての一面も。
| | | |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
[W]
|
 |
 |
War of The Gargantuas, The
|
フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
|
 | |
 |
 |
 |
…監督=本多猪四郎、特技監督=円谷英二という 『ゴジラ』 の黄金コンビが手掛けた東宝配給の怪獣映画。フランケンシュタインの細胞から生まれた善玉怪獣サンダと悪玉怪獣ガイラの死闘を描く。1966年公開。主演は後に 『Human Highway』 でDEVOと共演する事になるラス・タンブリン。ラスはその時の事を以下のように後述している。
「DEVOのリーダーのマークは私の映画の大ファンだと言うから、きっと 『ウェストサイド物語』 だろうと思ったら、なんと私が日本で主演した 『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』 だって言うんだよ。彼は何十回も映画館に通って、屋上のビアガーデンでガイラに食われる女性歌手(筆者註:実際には食われる寸前で助かっている)が唄ってた 『喉まで出かかった言葉』 という唄を覚えて、今もバンドでやってるほどなんだ」
このマークと出会いによって、ラスは失いかけていた映画への情熱を再び取り戻したという。 『喉まで出かかった言葉』 とは "The Words Get Stuck in My Throat" の事で、 『サンダ対ガイラ』 のサントラには "Feel in My Heart" のタイトルで収録されている(スコアには "Stuck in My Throat" と表記されているらしい)。伊福部昭作曲。劇中で女性歌手を演じたキップ・ハミルトン自身がヴォーカルを担当している。
| | | |
 |
 |
 |