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'05/11/03

ポエムを1つアップ。珍しく対象がピンポイントではないので少し力がついたのかもしれません。おし。
今日はちょっと真剣に語ってみます。頑張る。

東京事変のニューシングル「修羅場」(フジテレビ系ドラマ「大奥」の主題歌)が昨日発売されました。どうやらベストセラーらしいよ。「修羅場」は歌詞を見てみると、ああ、確かに修羅場。何より、3曲目に収録されている「落日」という曲が、これはいかん。これこそもう洒落にならんです。綺麗なメロディーに乗って入ってくる言葉が、非情に個人的に痛い。正直、私はまだ浮かんでいたいんだけど、やっぱりいい加減そうもいかんのだな、と。頑張る。
多分、切り捨てるべきものや、切り捨てればもっと楽になれるものがあるのだと思います。至る所に。それをしようとしないから苦しいだけで、言わば自業自得なわけです。「だってどれが必要でどれが不要なのかわからないのだもの。」というのはただ自分を守るための逃避であり、本当はわかっているのです。でも不要なものを「不要なもの」と認識する勇気がなく、全てを手離せずにいる、不様なことです。

「他人の幸せを妬むということは、最も醜いことである」と最近常日頃思っています。自分が空回ってばかりだからといって、他人の幸せを一緒に喜べないということは、非情に悲しいことであると。こういった定義を自分で作って、頭の中で巡らせて言い聞かせても、やはり自分でも理解できない感情があります。その感情を「それも仕方ないさ」と放っておいても良いものなのか、それとも「あほんだらがー!」と戒めるべきなのか、よくわかりません。もう20歳になったというのに、ただ年を食うだけではいかんのです。

嘘や騙しというのは、一つも二つも重みは変わりません。一つ目の嘘があるから二つ目の嘘があるだけで、嘘をついている当人は「どんどん嘘が重なって辛い、重い」と感じると思いますが、もともと形のない嘘や騙しに重みなどあるはずがないのです。第一、自分が「嘘をついて逃れる」と決めたくせに、「嘘をつくのって辛い」と思うとはどういうことか。自分を可愛がるにも程があるぞなもし。これもまた、自分でも理解できない感情なのだと思います。

そんなこんなで、すっきりしないままの私の頭の中。脳みそにレモン汁でも垂らせば少しはすっきりするだろうか。

⊇ωレニちゎo
(こんにちは。)
τ"V)子ナニ"ょ
(でり子だよ)
⊇ぅL1ぅ文字ッτむ∪3ァー┣ゃφ思ぅσ
(こういう文字ってむしろアートやと思うの)

あるサイトを見て私も真似してみました。
(これによって私の病み具合を察知してくれれば幸い)