良 寛 の 旅
<五合庵へ>

2005年5月吉日



越後出雲崎<良寛の生家橘屋跡>



良寛さんと



わたしのすまいは国上山の麓ですから
門をあけると山気が迫ってきます。
さびしいのがおいやでなければ
どうぞ林の下の庵をおたずね下さい。



歩く



雨の日も



風の日も



雪の日も



江戸の有名な儒者亀田鵬斎が柏崎、出雲崎を廻って五合庵に来た。
井上金峨に学んだ漢学者であった。
噂に聞いていたから、国上山をのぼってきてみると
庵はまことに想像したような破れ堂。
良寛はよろこんで迎えた。
折から日は山の端に沈み、軒端もくらくなってきた。
話ははずんだ。良寛はようやく、それでは夕食のしたくをしてきましょうと
外へ出たが、なかなか帰って来ない。
腹へらした鵬斎はいつまでも月を見ながら虫の音を聞いていたが
いつとはなしに老松のしげった坂道を降りていった。
枝をすかしてくる月を見ていた鵬斎は、根につまずいた。
ふと気づくと眼さきに良寛がうずくまっている。
良寛もわれに帰ったらしくて
「月がよく冴えてきれいですな」
といった。
「月もいいですが、早く家へ帰って一杯やりませんか」

”月よみの 光りを待ちて かえりませ
山路は くりのいがの おつれば”



本覚院の坂を上って行くと



五合庵が見えてきた



もう少し



ご、五合庵だぁ
”濁る世を 澄めともよはず我がなりに すまして見する 谷川の水”
”侘びぬれど 心は澄めり草のいほ その日その日を 送るばかりに”



五合庵のわびしさは、部屋の中に一物として見るべきものもない。
戸外は多くの杉木立に囲まれ、壁上に偈を数編貼りつけてあるばかり。
釜は時折用いないから中に塵がたまり
せいろうもいっこうに炊烟をあげない。



ただ東方の村の老人だけが
しばしばこんなわびしい庵にも月下に遊びに来てくれる。




静かな夜、むなしい部屋の窓の下で、着衣を整えて坐禅を組んでいる。
臍と鼻孔とを垂直にし、耳は肩にあたって垂れている。
ト気付くと月が出たらしく窓が白んでおり
雨はやんだのであろうが、軒のしずくはまださわがしい。
さびしいこの時の気持ち、それは自分ひとりだけが知っている。



前もうしろも緑の山、西も東も白い雲。



そんな環境にわしが住んでいるのだから
たといそばを通り過ぎる客があっても
こちらの様子はわからぬであろう。



広大無辺の世界がひらけてくる。



心月輪

試みに尋ねるが、世の中でいちばんすぐれた深遠な原理はなにか。
正座してよくよく分別してみよ
正座分別すれば手懸りが与えられるだろう。
思惟につれて万象が心中に照らし出されるだろうから
一心に乱さず時をうしなわぬようにせよ。
正座分別すること久しく、まじりけなく熟して来たとき
始めて己を欺かぬ真実境に到達するだろう。



世能中耳まじ良ぬ東尓者安羅ねども
悲登利安處非曾和礼ハまさ礼留



托鉢しながら町に入ると、途上で顔見知りの老人に会った。
老人の曰く
あなたはどうしてあんな白雲の山中に住んでいなさる。
私の曰く
あんたこそどうしてこんなごみごみした町うちにとしとるまでいなさる。
更にふたりともそれぞれ答えようともぐもぐしているとたん
暁の鐘が枕もとにひびき、それは夢であった。



世間に出歩いていても、世間は昔と変わっていない。
けれども昔のような人物を探し求めても
いま幾人いるか疑わしい。
僧侶といわず俗人といわず、日も夜もあぶなっかしい方向へ走っている。
残念ながら平坦な正道は
ただ草があちこちに茂るにまかせてある。



町のなかの托鉢をすませて、
わしはいま得意げに頭陀袋を下げて帰るところだ。
どこに帰るのかそれはわからぬ、ともあれ、
わしの家はあの白雲のほとりになるのだ。



国上山下はこれわたしの家だ。





 

国上寺



国上山麓の乙子の森の中に草庵がある。
そこにわたしは残生を送っている。
立派な建物は億劫で長く住めず
清風明月の自然こそ縁があるようだ。
わしはふと子供たちに逢えばいっしょに毬つきをしたり
興がわけば試作を試みたりしている。
いつか君はわしの消息を問うやもしれぬ
「昔のあの馬鹿坊主めは今どこにいるのだろう」と。




久賀美 梁山泊
(国上寺五合庵旧参道東大門入口)



古いものにも命は宿る



古いものほど心が光る






山頭火と良寛
”青葉分け行く良寛さまも行かしたろ”




2006年10月29日

良寛の旅U


世の中に同じ心の人もがな
草のいほりに一夜語らむ


たくほどは 風がもてくる 落葉かな


苔むせる巌のかげに庵占めて
なに思ふべくもあらぬ君かも

身を捨てて世を救ふ人も増すものを
草の庵にひま求むとは


世の中は変わり行けどもさすたけの
君が心はかわらざりけり


国上山岩のこけみち踏みならし
いくたびわれは詣りけらしも


これぞこのほとけのみちにあそびつつつくやつきせぬみのりなるらむ(貞)
つきてみよひふみよいむなやここのとをとをとをさめてまたはじまるを(良)


きみなくばちたびももたびかぞふともとをづつとををももとしらじを(貞)
いざさらばわれもやみなむここのまり十づつ十をももとしりなば(良)


うたやよまむてまりやつかん野にやでむきみがまにまになしてあそばむ(貞)
うたやよまむてまりやつかむ野にやでむこころひとつをさだめかねつも(良)


いきしにのさかひはなれてすむみにもさらぬわかれのあるぞかなしき(貞)
うらを見せおもてを見せてちるもみぢ(良)


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