第333回 日曜地学ハイキング記録
日曜地学ハイキング記録



第333回日曜地学ハイキングを平成11年11月27〜28日に実施しました。
 群馬県中央部には、更新世中期にほぼ一斉に活動をはじめた赤城火山、榛名火山、子持火山、小野子火山が分布している。これらの火山のうち、前二者はカルデラ地形をとる中規模火山で活火山とされ、後二者は比較的小規模な火山で更新世後期には活動を終えた死火山とされている。小野子火山については、詳しい研究が行われ、最近その成果が発表された。
 小野子火山は、榛名火山の北東部に位置する死火山で、現在、ほぼ東西方向に連なる十二ケ岳、中ノ岳、小野子山の3ピークに分断されているが、活動期には、富士山のような円錐型の火山を形成していた。
 小野子火山の研究に携わられた中村氏の案内で、小野子火山がどのような一生をたどって今のような姿になったのかを、十二ヶ岳登山コースを歩き、観察した。


11月27日  吾妻線小野上温泉駅 改札前 午後2時集合
        解散は、28日 同駅 午後3時すぎ



コースの概要;初日にE、Fのポイントを、二日目にAからDのポイントを観察した。(コース図参照)
初 日:@「小野上温泉」 →20分→E「谷後層」→20分→F「岩井堂手前の吾妻川河岸」 →15分→「小野上温泉」。(各ポイントでの観察はおよそ30分)
二日目:@「小野上温泉」→50分→A「最下部溶岩」→40分→B「十二ケ岳南爆裂火口跡」→90分→C「十二ヶ岳山頂」→40分→B「青山溶岩ドーム」→50分→「小野上温泉」。(各ポイントでの観察はおよそ20〜30分)
持ち物;弁当、筆記用具、雨具、ハンマー、軍手、新聞紙、ビニール袋、防寒着
参加費;保険代、資料代、宿泊費、コンパ費など約10,000円
案 内;中村 庄八氏(地学団体研究会前橋支部、中之条高校)


小野子火山周辺の地質
 数百万年前に活発な火山活動の場となっていた群馬県の西部と違って、群馬県東南部は関東平野が形成されつつあった。
 第四紀の始めころの時代(200万年前)に、火山噴火により山地となった西部と平野に近い東南部の境界地域(小野上村付近)に異変が起こった。
大きな陥没盆地が発生したのである。この陥没盆地は直径15〜30kmの広さをもち、湖となり小野上村全域をはじめ、中之条町、子持村、渋川市の一部を含むものであったと考えられる。この陥没盆地は火山活動を伴いながらいくつもの地質的な出来事をもたらした。
 小野上村岩井堂付近では、陥没によって地殻内に生じた割れ目に灼熱したマグマが入り込み湖中に噴出する現象が繰り返された。割れ目に入り込んだマグマは冷えて固まり岩脈となって残り、湖中に噴出した溶岩は急に冷やされ直径数メートルの丸い形の岩塊となり分裂しながら湖底を流れた。この岩塊には中心部に向かって割れ目が多数入り、断面は菊の花びら状になっている。この岩塊は、岩井堂手前の吾妻川沿いで見ることが出来る。
 中之条町の市城付近では、陥没による地盤のずれのために、南側に面した急崖がつくられた。この崖はたびたび崩れて土石流を発生していた。北や北西側から流入する河川によって扇状地もつくられていた。
 小野上村村上や小野上駅前の吾妻川沿いでは湖底に積もった砂や泥の地層が見られる。みごとな縞模様も観察できる。ところがこの縞模様が、ちぎれたり、ねじ曲がったり、跳ね上がったりすることがある。これは静かな湖の近くで、たえず大きな地殻変動が続いていたことを物語る証拠とされている。
 この湖の地層の中からは、多くの植物化石も見つかっている。それは、ブナ、ミズナラ、コナラ、ダンコウバイ、ダケカンバ、クマシデ、カシワなどである。これらの植物化石から、この湖周辺の気候は、現在の標高1000メートル付近の気候に近かったことがわかる。
 この陥没盆地の消滅後、数十万年前の小野子火山の噴火と前後して、地下から大量のマグマが上昇してきた。それは、現在、市城の青山、小野上駅のすぐ北側の御甲山(採石場)などをつくりあげている。


ポイントと観察内容

 1日目。
 E谷後(やご)層
 林道沿いの崖と沢床で貝の印象化石を採集できる。約1200万年前の中期中新世の時代、この付近は海の底でした。その海に堆積した火山灰の地層=緑色凝灰岩が観察できました。
 この地層に、海底や砂浜に棲息していた貝の化石が発見されます。我々の仲間も貝化石を発見しました。貝の種類はイタヤガイ、マルスダレガイ、タマキガイ、マテガイ、ゴイサギなどの二枚貝や、オリイレヨウバイ、タマガイ、キリガイダマシなどの巻貝が見つかるそうです。ハンマーで緑色凝灰岩を割ったときグリーンやパープルブルーの色調をとっていることが多いようです。 

 F岩井堂手前の吾妻川河岸 
 岩井洞ドライブインの[鴨の館]の横を通り、線路つたいに北へ百メートルほど進むと吾妻川に下る小道がある。吾妻川の川原で水中溶岩が観察できる。岩井堂の絶壁は、溶岩類から造られている。
 約100万年前の前期更新世の時代、この付近に大きさ約15kmの湖がつくられていた。その湖底からは、しばしば灼熱したマグマが噴き出していた。湖底での噴火はマグマが湖水で冷やされ、湖水圧も受け、直径数メートルの玉状の岩塊となって、つぎつぎに噴き出していた。その岩塊を観察した。岩塊は中心部に向かって多数の割れ目をもち、外殻が黒色の急冷部分からなっている。陸上を流れる溶岩とは様相が全く異なっている。このような水中溶岩は、玄武岩質のものをピローラバー、ここで観察される安山岩質のものをシュードピローと呼ばれている。(ピローとは枕の意味、シュードとは似たようなという意味である。ラバーは溶岩。)
 この水中溶岩の上位には、溶岩に加え、火山灰や火山弾などが次々に積もった火山噴出物の地層がある。この地層を小野上層の岩井堂凝灰角礫岩部層と呼び、地層の厚さは最大150mで、凝灰角礫岩、火山角礫岩を主体とし、火山礫凝灰岩、溶岩流をはさんでいる。その岩井堂の崖が背後に眺められる。
水中溶岩が観察できた場所から数十メートル下流に河床に縞模様のある地層が観察できる。
 この地層は湖底火山の噴出が終わった後に積もった泥や砂で、地層は水平ではなく、南側に50゜ほど傾いていた。砂や泥が堆積した後に圧力を受け傾いたものである。砂岩泥岩の地層の境界面をハンマーではがすと木の葉の化石が発見された。ブナ、ミズナラ、クマシデ、クリ、コナラ、ハウチワカエデ、ダケカンバなどの種類の葉化石が発見される層である。


 2日目。
 A最下部溶岩
  湖の消滅後、数十万年前に小野子火山が活動をはじめた。玄武岩ないしは安山岩の溶岩流が噴出し、火山灰や火山弾などの火砕岩が次々に積もり、やがて火山は富士山のような成層火山(十二ケ岳成層火山と呼ぶ)を形成した。噴出源は現在の小野子山の山頂の西方300mにあったと考えられ、最高高度は1800mに達した。その火山の最下部の溶岩が、ケヌキ沢に架かるコンクリート橋の上流と下流で観察できた。複輝石を含む玄武岩質安山岩溶岩である。

小野子火山の復元図
 
 
 B十二ケ岳南爆裂火口跡
 林道峠山線に沿って、火口壁面、火口底内堆積物、火口底内構造などを観察できる。ここの露頭は、大変貴重で、十二ケ岳成層火山は山頂部での爆裂により山体崩壊を起こした、その火口壁跡である。爆裂は十二ケ岳成層火山体形成期の後半に発生したと考えられている。崩壊した山頂部からは岩砕流が発生し、この岩砕流の削剥によって、山腹に溝状の地形がつくられた。そのご火山活動の末期に崩壊した山頂部から輝石安山岩の溶岩が流出し、溝状内を流れ下った。小野子火山の活動は約30万年前に終結したと考えられている。(中村庄八、1997、地球科学より)
  右上の写真は東西に延びる溶岩の岩脈。このページの頭のパンフレット表紙写真のPH−T、PH−Uが火口壁の露頭。


C十二ヶ岳山頂
 この山の南壁は垂直の岩場になっており、男坂はその南壁にそってまっすぐつけられているので、潅木を手がかりにしながら登った。その登りもそう長くはなく、すぐに十二ヶ岳の山頂につく。空は青く輝き、すこぶる展望がよかった。
 小野子山と子持山の間に赤城山が見え、子持山のすぐ左は袈裟丸、その稜線を左にいって皇海山、そして錫ヶ岳、日光白根、武尊山が霞んで見えた。北には、至仏山、平ヶ岳、荒沢岳、中ノ岳、朝日岳、谷川岳から平標山までの連山が見えるはずだが雪雲に覆われていた。さらに時計と反対回りに、苗場山、稲包山、白砂山、岩菅山かもしれないが明瞭ではない。さらに体を回すと、草津白根、本白根が見えた。その手前には低い山がたくさんあるが、古い溶岩流の跡が取り残されたものとの説明であった。
 本白根のとなりの高い山は四阿山。さらに浅間連山、四阿山と浅間連山の間のずっと遠くには雪をかぶった山脈。その手前の独立峰は浅間隠山。さらに左は角落連山、その向こうのギザギザは妙義山。浅間隠山の手前にも古い溶岩流が取り残された低い山々があるとの説明であった。
 目の前には榛名山の山並みや関東平野内を悠々と蛇行して流れる利根川などを見渡すことが出きる。榛名山の向こうの御荷鉾連山がかすかに見えた。

 D青山溶岩ドーム
 小野子火山の発生前後に、地下から大量のマグマが上昇してきたと考えられている。市城の青山や小野上駅のすぐ北側の御甲山などを作り上げている溶岩ドームである。青灰白色の複輝石安山岩からなり、一部自破砕状を呈している。小野子火山の発生前に誕生したと考えられるが、確固とした証拠は見つかっていない。
 青山や小野上駅の北側の御甲山も採石場となっており、ここで採取された石は成田空港をはじめとする首都圏の大型土木工事やビルなど建築工事のコンクリートに使用されているそうである。
 写真は青山溶岩ドームの採石場、溶岩層の上位に湖底堆積物の砂岩泥岩層が眺められた。




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