G.P. Telemann: 12 Fantasies pour la Basse de Violle
Thomas Fritzsch

テレマン/無伴奏ヴィオラ・ダ・ガンバのための12のファンタジー
トーマス・フリッチュ

(Coviello Classics COV 91601)

 

世紀の大発見!

2015年の春、世界中のヴィオラ・ダ・ガンバ関係者の間にビッグニュースが流れた。当時出版されたことはわかっていたものの、楽譜資料がすべて失われたと思われていた、ゲオルク・フィリップ・テレマンによる無伴奏ヴィオラ・ダ・ガンバのための12のファンタジー(作品目録番号TWV 40: 26〜37)が、280年の時を隔てて思いがけないことから発見されたのだ。

テレマンほどガンバのためにさまざまな編成の曲を書いた音楽家はいない。通奏低音付きの独奏曲はわずか3曲だが、ガンバだけのデュエット、他の楽器とのトリオやカルテット、コンチェルトなど、ガンバのソロパートを含む室内楽作品は60曲近くもある。そして「ハンブルク四重奏曲」や「パリ四重奏曲」はもちろんのこと、他の曲の多くも、いかにもテレマンらしい才気に溢れ、変化に富んでいて飽きさせない。さらにその上に、あの素晴らしい無伴奏ソナタが1曲ある(「忠実な音楽の師」)。ガンバ弾きにとってまさに宝の山だ。

しかしそれだけに、12曲の無伴奏ファンタジーが失われてしまったのは、この上なく残念なことに思われた。だから、このニュースには世界のガンバ関係者が欣喜雀躍したのだ。

楽譜出版とCD発売

発見のニュースからほぼ1年後の2016年3月、現代譜がオリジナル資料のファクシミリ付きで出版され(Edition Walhall、Edition Guntersberg)、ほぼ同時にこの全曲盤CDが発売された。

さすがはテレマン! 期待にたがわず、どの曲もよくできていて、形式も楽章構成も、音楽語法も表現スタイルも、じつに多彩。イタリア趣味とフランス趣味がほどよくブレンドされ、また17世紀風の堅苦しい荘重さもあれば当世風のギャラントな軽さもある。しっかりした構成感のある曲と、めまぐるしく転調する曲。さながらガンバで奏でる音楽百科全書の趣だ。テレマンの室内楽作品のほとんどは当時の愛好家向けで、今日のアマチュア音楽家にとっても、切磋琢磨してある程度の技術を身につければ手が届くというレベルで、しかも魅力的で挑戦する価値があると思わせるものが多いが、このガンバ・ファンタジー集もその典型といえる。当時の予約購入者たち、次はどんな曲が送られてくるかと、待ち遠しかったに違いない。

CDで演奏しているのは、ドイツのチェロとガンバの演奏家で歴史的チェロの研究家、そして当楽譜の校訂者でもあるトーマス・フリッチュ氏。わが国では無名に近いが、ヨーロッパでは多くの著明な演奏家・演奏団体と共演し、先頃来日したライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団と聖トーマス教会合唱団による「マタイ受難曲」でもガンバを弾いていた。このテレマンのファンタジーでは、癖のない伸びやかな演奏で手堅くまとめ、作品の特徴をよく伝えている。際だった個性や強い主張を感じさせるものではないが、「世界初録音」の演奏としては技術的にも音楽的にも申し分ない。

楽譜とCDブックレットには、まったく同じ解説が掲載されているので、以下にその主要な部分を要約して紹介したい。( )内は原著者、〔 〕内は筆者による補足である。

 

 

序 文

1715年から1740年まで、テレマンは楽譜出版事業に並外れた精力を注いだ。この間に出版された47点以上の曲集のほとんどはテレマン自身の作品だ。その出版目録を見ると、テレマンが体系的な作品群の創作と出版に意欲的だったことがわかる。その好例が、フラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ〔以下、ガンバ〕のためのそれぞれ12曲の無伴奏ファンタジー、そしてチェンバロのための36曲のファンタジーという、一連の素晴らしい作品群である。このうちガンバ・ファンタジーは、長い間失われたと思われていたが、それが最近発見されたことにより、これら全72曲の全貌を知ることができるようになった。

テレマンは出版目録と日刊新聞での広告を通して、新刊を市民に告知していた。1733年の目録ではガンバのためのファンタジー集の出版計画が予告され、2年後の1735年8月の目録には刊行開始の案内が掲載されている。それによると、8月4日から10月13日までの期間に隔週でファンタジー2曲ずつが登場するとのこと。

他の3つのファンタジー集とは異なり、ガンバ曲集は献呈作品で、ハンブルクの高名な実業家にして銀行家のピエール・ショネル(1703〜1789)に捧げられた。この人物はテレマンの作品を何点か購入したことが知られ、1733年の「食卓の音楽」、1738年の「新しい四重奏曲集」〔パリ四重奏曲〕の購入予約もしている。

ショネルの両親はモンペリエからの移民であるユグノー教徒で、「ナントの勅令」〔アンリ4世による信教の自由の保障、1598〕の廃止(1685)後の迫害を恐れてフランスを離れ、1703年にアルトナ(現在はハンブルク市の一部)にやって来た。ユグノーの難民たちは当時、ドイツの諸地域で大いに歓迎され、技術と商業の分野における彼らの経験が経済的な恩恵をもたらすと期待されていた。ショネルの名声はユグノーの社会を超えて広がっていた。

この献呈は、テレマンとショネルとの交友関係を示すと同時に、ショネルの好意がさらに続くことへの期待の表現かもしれないが、それは推測の域をでない。いずれにしても、フランスできわめて人気の高かった楽器のためのこの作品は、ショネルがフランス系であることを思い起こさせる。ただし、ショネルが自らガンバを演奏したかどうかはわかっていない。

カールステン・ランゲ
(マルデブルク・テレマン研究センター)

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(解説本文)

無伴奏ヴィオラ・ダ・ガンバのための作品、しかも12曲からなる曲集の出版などというのは、1735年当時ではきわめて異例のことだった。たとえテレマン自身がこの作品の作曲者か出版者のどちらかだけだったとしても、彼は時代遅れの音楽趣味に固執しているとの誤解を招きかねなかった。17世紀にはガンバのための素晴らしい独奏作品群が出版譜と筆写譜で世に広まったが、18世紀初めのドイツの出版業者たちはこの楽器にまったく興味を失っていたのだ。筆写譜も同様に需要がなく、ほとんどまったく作られなくなったので、新しいガンバ作品の大部分は作曲者自身(しばしばガンバ奏者でもある)か購入した者の手元に留まっていた。そのような楽譜が、上流貴族や高位の聖職者の中に多くいたアマチュア・ガンバ弾きたちに秘蔵されていたことも珍しくない。

ハノーファー近郊にあるレーデンブルクの館の、貴族で女流詩人のエレオノーレ・フォン・ミュンスター(旧姓フォン・グロートハウス、1734〜1794)の個人蔵書中にあったテレマンのガンバ・ファンタジーの印刷譜は、まさにこの状況にあてはまる。ガンバ演奏に熱中していたのは十中八九、この詩人自身だろう。この蔵書中の楽譜について私に教えてくれたフランスの音楽学者フランソワ=ピエール・ゴワに感謝したい。

12のファンタジーの各楽章、あるいはその各部分には、オクターブ中の12音のうちG#/A♭を除く11の音を主音とするすべての長調と短調が用いられていて、この曲集の体系的な性格を示している。

また、この作品には18世紀初期の深刻な美学論争が反映されている。奇数番号の6曲のうち5曲にはフーガ(第5、7、9、11番)またはカノン風の模倣(第3番)による楽章があり、もう1曲(第1番)には半音階的手法で精妙に織り込まれた対位法的楽章が含まれる。〔重音奏法による和音も多くでてくるが、〕この当時すでに、和音の構成音のすべてを鳴らすガンバの重音奏法は、旋律の進む方向に面倒な制限を課し、たいていはギャラントな要素を覆い隠してしまうため、不自然さを感じさせる古風な様式の標識とみなされていた。

この曲集には、古い室内ソナタ(急・緩・急の楽章構成)とより新しいストレッタ形式(緩・急・急〔しだいに速くなる〕)、ロンドやコンチェルトの要素をもつ楽章、伝統的な舞曲〔アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグのこと〕とギャラント風の舞曲〔サラバンドとジーグの間に挿入されるメヌエット、ガボットなどのこと〕、ポーランド音楽のエコー、ボヘミアの舞曲ハナッカ、〔隣り合う2本の弦による〕ユニゾンとそれに続く〔ポリフォニックな〕声部書法、そして〔アルペジオではなくアルベルティ・バスのような〕分散和音とそれに続くパッセージ進行など、ありとあらゆる種類の形式・手法が用いられている。

しかしテレマンは、豊饒な音楽的アイデアをただ吐き出したのではない。ガンバの演奏技術とこの楽器に相応しい音楽語法とについての、驚くほど豊かな知識も披露している。もしかしたらテレマンは、その自叙伝中の謙虚な叙述から想像される程度よりも、はるかに深くガンバに精通していたのだろうか。

トーマス・フリッチュ

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本エディションについて

本エディションはオスナブリュック市のニーダーザクセン州立公文書館に保管されているオリジナル印刷譜に基づいている。この資料は、レーデンブルクの領主の館からの寄託資産の一部として、2000年に州立公文書館に収容された。

オリジナル資料は片面に印刷された13枚の紙片で、1枚目がタイトルページ、続いてファンタジーが1枚に1曲ずつ書かれている。インクはところどころ色あせたり剥がれ落ちたりしているが、総じて音符や記号は明確に読み取れる。

本エディションはこのオリジナル資料に忠実に従っている。音楽的流れから判断した編集上の変更や追加はごくわずかしかない。資料にみられる臨時記号はすべてそのまま再現し、編集で加えた臨時記号は括弧に入れた。追加したタイとスラーは破線で示した。その他の変更はすべて校訂報告に記載した。

ギュンター・フォン・ツァドー

 

(ガンバW、2016年4月)