George B. Stauffer, Gregory G. Butler, Mary Dalton Greer (Ed.)
"About Bach"

Univ of Illinois Pr (2008/7/3) amazon.co.jp

 

有名なバッハ学者で、ライプツィヒのバッハ研究所所長を務め、現在ハーバード大学の教授であるクリストフ・ヴォルフ博士の、65歳の誕生日を記念し、同僚や後輩の学者や演奏家が寄せた15編の論文からなるアンソロジーである。内容は以下のとおり。

1. バッハへ繋がるバッハ以前を論じた2編

パッヘルベルの残した教会でのオルガン演奏を教えた記録「偉大な教師が明らかに:パッヘルベルの教本」と、バッハの音楽家としての信条を旧約聖書のアロンの家につなげて考えていたことを示す「アロンの家からヨハン・セバスチャンの家へ」。

2. バッハの声楽曲を論じた4編

ライプツィヒ就任後のカンタータでの合唱曲の様式の進化を整理して説明する「カンタータ第24番の合唱曲の複合モデル」、声楽でのユニゾンについてその方式と意味を論じた「バッハ声楽曲でのユニゾンの合唱について」、マタイ受難曲のイエスの言葉の現在との差異を明らかにする「マタイ受難曲の謎」および、「ミサ曲ロ短調」中のオリジナルが不明の楽曲がパロディであることを証明する「ミサ曲ロ短調のアリアのパロディーの原曲か?」。

3. バッハ・サークルを論じた2編

バッハの弟子でゲッティンゲンのカントルになった Schweinitz を切り口にバッハから弟子への継承を論じた「有名なバッハ氏の弟子」、および ロンドンのバッハと呼ばれた末息子の隠れた作曲分野であり、モーツァルトの教会ソナタにも通じる教会シンフォニーについて論じた「ヨハン・クリスチャン・バッハと教会シンフォニー」。

4. バッハの器楽曲を論じた4編

曲順などバッハの意図についての謎を追う「バッハのフーガの技法の最終配置」、演奏体験から通奏低音奏者としてのバッハを顧みる「バッハと通奏低音リアリゼーションについての論考」、バッハの市民音楽会での自作以外の演奏曲目を調査した「紳士淑女のための音楽」、および バッハの所蔵するパルティータ出版譜への書き込みについてヴォルフの論考を展開した「バッハの個人所蔵のクラヴィア練習曲集第1巻」。

5. バッハ以降の受容を論じた3編

当時の自動演奏機会から演奏習慣を解読する「ライネッケによるモーツァルトのラルゲット楽章の演奏」、ヘンデル、ハイドンと繋がったロンドンのオラトリオ演奏の経過を整理した「ハイドン以降のロンドンでのオラトリオ演奏」および シューマンの交響曲へのバッハの影響を論じた「B-A-C-Hに遡って」。

どの論考も、バッハとその周辺に新鮮な光を投げかけるもので、興味深い。中でも、バッハの宗教曲のユニゾンのパターン(合唱も器楽もユニゾン〜部分的なユニゾンの利用)を調べ上げ、バッハの意図を整理した Melamed 氏の論考、伝えられるバッハの通奏低音奏法について演奏経験を交え、その偉大さと困難さを浮き彫りにする Koopman 氏の論文、および、コレギウム・ムジクムでの演奏曲を解読する Stauffer 氏の論文が、(われわれの楽団にも役に立つ)印象に残った。また、バッハ受容の3論文も演奏や楽曲解釈の面でたいへん参考になった。

(SH、2008年12月)