Daniel R. Melamed (Ed.) "Bach Studies 2"

Cambridge Univ. Pr 0521028914 (2006.9) amazon.co.jp

 

1995年に編纂されたバッハ関係の論文集が、ようやく手に入れやすいペーパーバックになって刊行されたので、読んでみた。200ページ以上、12編の論文のアンソロジーであり、そうそうたるバッハ研究者に肩を並べ小林義武氏の論文が含まれているのは、日本人としてうれしい限りである。

内容は、バッハと他の音楽家の関係を論じたもの(バッハのアルビノーニ円熟期の協奏曲受容について(G.G. Butler)、バッハとカウフマン(J. Butt)、バッハと17世紀の伝統(C. Wolff))、楽曲成立を論じたもの(イタリア協奏曲の初期稿について(K. Beisswenger)、バッハの哀悼カンタータBWV198の初演に関する疑問(J. Rifkin)、フルート・ソナタ イ長調BWV1032再考(J. Swack))および楽曲分析(パッサカリアの変奏原理(小林)、マタイ受難曲でのコラール楽章の形式と機能(U. Leisinger)、音楽の捧げ物の理論面での特長(M. Marissen)、レトリック、リチェルカーレと音楽の捧げ物(P. Walter))などが含まれている。

10年以上前の論文ではあるが、(不勉強のためか)知らないことも多く、バッハを多面的に理解するための切り口を多く提供していると思う。(わたしたちのような演奏団体に関連する点で)印象に残った論文は以下のとおりである。「Schlozコレクションに含まれるイタリア協奏曲の第一楽章の初期稿について(K. Beisswenger)」では、Schlozは18世紀の後半、ニュルンベルクの商人兼オルガニストであったが、コレクション作成(写譜)の際に、自分の技量にあわせるためか、多声部を簡略化したり、曲を縮めたりと原曲にかなり手を加えている。そのコレクションにはBWV971の第一楽章も含まれており、バッハが出版したものとは、部分的にずいぶんと違った形で記載されている。これがSchlozの身勝手による改変か、それとも今は残っていないバッハ自身の初期稿か? という疑問に対し、他の改変との差異を示しながらバッハの初期稿として位置づけている。もしこれが確かであれば、バッハの推敲の過程がまた1つ明らかになる。楽譜では全体の構造は変わらないが、トゥッティとソロの対比、ソロ部分の装飾などでの化粧、対旋律やコンティヌオラインに手を入れて全体に精密に仕上げていることがよく分かる。

「バッハのアルビノーニ円熟期の協奏曲受容について(G.G. Butler)」では、一般にヴィヴァルディ「調和の霊感」の影響が色濃いと考えられているバッハの協奏曲について、バッハの手稿譜コレクションなどからアルビノーニとの関係を考え、その協奏曲の構造や音作りの特徴と対比させてバッハの協奏曲への影響を論じている。チェンバロ協奏曲第2番(ホ長調)やカンタータBWV35に転用されているチェンバロ協奏曲断片BWV1059など、今までバッハの他の曲とは建て付けがなんとなく違うな、と感じていた曲の構造がアルビノーニの協奏曲の受容の影響だとする、納得できる内容になっている。

「バッハの哀悼カンタータBWV198の初演に関する疑問(J. Rifkin)」は、バッハのカンタータの中では成立の背景やバッハ自らチェンバロを演奏したという新聞記事などの情報が多く残されている哀悼カンタータBWV198について、パート譜が残されていないこと、フルート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートを含む特異な編成であること、また演奏されたのが通常の教会でなかったことから、楽曲の意味、編成の意味、初演の声楽と器楽の編成について解析している。資料があまりないことから決定的な結論は出していないが、「死」に関する音像を形作る楽器群、リュートの特異な使用法から通常のリュートではない楽器の想定や、いわゆるリフキン方式(1声部1名の歌手)の検証など、長文だが興味深かった。

「フルート・ソナタ イ長調BWV1032再考(J. Swack)」は、2台のチェンバロ協奏曲の手稿譜の下3段に書き加えられ、一部が切り取られトルソーになっていること、作曲譜でなく浄書譜であり、どうも転調して浄書されたらしいこと、バッハの曲としては構成が厚みにかけ3度や6度での平行進行メロディーなどバッハらしくないので、気に入らずに切り取ったのでは・・・など、いわくの多いこの作品について、Swackは当時ドレスデン、ベルリンで流行し、クヴァンツが作曲した「協奏曲風ソナタ」を直接のモデルとしていることを説得力を持って説明する。また、この曲はもともとハ長調であり、イ長調に短3度低く移調されたということを、クヴァンツとその周辺の当時のフルート(トラヴェルソ)の特性とあわせて証明している。つまりクヴァンツのフルートは、低音域が良く響く代わりに、逆に高い音は3オクターブ目のeまでが通常の音域である点が、バッハ周辺のフルート(3オクターブ目のgまで演奏可能)と違うため、その音域に合わせるために移調したもので、原曲もクヴァンツをモデルとして作成したバッハ真性の曲であるとしている。自身自身がフルート演奏家でもあるための直感も鋭いと思う。(事実、ハ長調でも良く響くし、いやな指使いがいくつか回避される)

他にも「音楽の捧げ物」や「マタイ受難曲」関係も面白かったが、紙面の都合で省略。翻訳されたらもっともっと読まれるだろうに残念な論文集である。

(SH、2006年12月)