Peter F. Williams "The Life of Bach (Musical Lives)"

Cambridge Univ Pr (Sd) ; ISBN: 0521826365 ; (2004/02/01) amazon.co.jp

 

本書は、200ページ程のコンパクトな書であるが、今までのバッハ伝にないこだわりを持ったものである。モーツァルトなど逸話や書簡が数多くある作 曲家と異なり、バッハは残された音楽以外の一次資料が極めて少ない作曲家である。したがって、多くの伝記が語られるなかで、「一部の事実が繰り返し使われ るための印象の偏り」や「伝記作者の先入観(本書のサブタイトル)に基づいたシナリオでの記述」が多いことに、William氏は問題を感じて、この書を まとめている。著名なバッハ研究者である著者は、多くのバッハ関連の情報にアクセスでき、かつ主観的にも整理できる経験もあるはずであるが、それをせず、 バッハの死後まもなく出版された「死者略伝」での、バッハの次男エマニュエルと弟子であり音楽学者でもあるアグリコラの記述を縦糸に本書を展開する。

もちろん、肉親や弟子の書であり、また当時の死者略伝記述の伝統ゆえに割愛された部分も承知の上で、バッハの生涯と人となりを当時の目線で的確に記 述したものとしての死者略伝の評価を基礎に、そこに事実(データ、逸話や作曲された楽曲)を補足することによって、横糸を張り出し、全体像を著者に体感さ せるような構成になっている。

その意味で、死者略伝に記述の少ない、ワイマール以前や、逆に比較的多くのデータの残るライプツィヒ時代については、今までの伝記とあまり変わらな い印象を受けたが、ワイマールからケーテンの時代にかけては、同時代の見方をベースにバッハの足跡が新たな視点で整理されており、面白い体験になった。ま た、長男フリーデマンの教育や教育手法も、この時代に重なっており、それも別の話題ではなく、融合されたバッハの姿として、同じ1本の縦糸で見せることに 成功している。

注文を言えば、読者としては、死者略伝の記述に追記された著者の記述部分を、もう少し分かりやすい表現にし、関係した資料(図表)などを増やしたほ うが、縦糸横糸の全体像が見えやすくなったと思う。評者の英語力の問題もあるが、既に知っている各種の逸話も、なんとなく回りくどく読みにくい印象を持っ た。また、著者の思い(入れ)などを廃した構成にしたために、生き生きした読後感を得にくい問題もあると思う。辞書よりは読みやすいが、物語としての活舌 感(!?)が欲しいな、といった感じ。バッハについて知っているが、もう一度事実関係を整理したいという人に、地味だが役立つ書としてお奨めしたい。

(SH、2004年11月)