バロック室内楽の夕べ

カメラータ・ムジカーレ第58回演奏会 プログラム・ノート

(2020.1.11 近江楽堂)

●ヘンデル/トリオ・ソナタ ハ短調

ドイツとイタリアの各地で研鑽を積み、25歳で渡英したゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685〜 1759)は、巧みな処世術により英国王の寵愛を得て、王室礼拝堂作曲家となり、年金を支給されました。一方で自ら歌劇団を主宰し、気まぐれなロンドンっ子たちを相手にオペラやオラトリオ(宗教的音楽劇)を作曲し続けました。

1733年頃に(おそらくヘンデルに無断で) 出版された6曲のトリオ・ソナタ集(作品2)の第1番がこの曲です。出版譜はロ短調ですが、現存する当時の筆写譜はいずれもハ短調なので、出版者のWalshが当時流行の楽器だったフルートで演奏しやすいように移調して出版したと考えられています。全楽章を通してやや地味な印象ですが、いかにもヘンデルらしい歌うような旋律を随所に聴くことができます。

●クープラン/新しいコンセール第6番

フランソワ・クープラン(1668 〜 1733)は、18世紀前半のフランスを代表する作曲家でした。数多くのクラヴサン(チェンバロのフランス名)用の独奏曲は4巻の曲集にまとめて出版されました。

国王ルイ14世が亡くなる1年前の1714年、クープランは王の命によって、ヴェルサイユ宮殿の王の私室で日曜ごとに小編成の室内楽を演奏するようになりました。このとき演奏された曲のいくつかは、王が亡くなった後の1722年に「王宮のコンセール」と題して、また1724年にはその続編が「趣味の融合、または新しいコンセール」と題して出版されました。「新しいコンセール第6番」はこの続編の第2曲に当たります。この時代のフランス音楽界では「フランス趣味」と「イタリア趣味」の優劣が争われましたが、クープランはこの2つの趣味の融合により音楽が完成すると考えたのです。彼のコンセールはほとんどすべて、楽器の指定がなく、ヴァイオリン、フルート、オーボエなどと通奏低音により演奏されたようです。

●マレー/聖ジュヌヴィエーヴの丘教会の鐘

この特異な作品は、初めの十数小節だけでも強烈な印象を残すでしょう。3拍子で通奏低音がファ-ミ-レの終止音型を執拗に繰り返し、時を告げる教会の鐘の響きを描写すると、その上でヴァイオリンが大きな振幅で自由に動きます。やがて通奏低音も細かく動きだすと、ヴィオラ・ダ・ガンバはしばしば通奏低音を離れてヴァイオリンに寄り添い、ときに対向します。途中で転調もしますが、極限まで単純化された1小節単位の同じ和声進行が(さずか3ヵ所を除いて)最後まで守られます。

マラン・マレー(1656 〜 1728)はルイ14世の宮廷に使えたヴィオラ・ダ・ガンバ奏者で、この楽器のために数百曲の小品を残し、5巻の曲集として出版されました。聖ジュヌヴィエーヴはパリ市の守護聖人で、今日この教会は塔だけが残っているそうです。

●ラモー/クラブサン・コンセール 第1番

この曲集はジャン=フィリップ・ラモー(1683〜 1764)による唯一の室内楽作品です。イタリア語の「コンチェルト」と同源の語であるフランス語の「コンセール」は、小編成の合奏を指します。編成の大小にかかわらず、ふつうクラブサンは合奏の中で通奏低音(鍵盤楽器+低音旋律楽器)を受け持ちますが、この作品ではむしろクラブサンが主役となり、それに2つの旋律楽器(高音声部と低音声部)が彩りを添えるように絡み合います。古典派のピアノ三重奏を先取りしたような編成です。

楽章タイトルの「クーリカン」はペルシャの勇ましい王様。「リヴリ」は当時パトロンとして有名だったリブリ伯爵の死を悼んで書かれたもの。「ヴェジネ」はパリ郊外の地名。当時フランスでは著名人や土地名などを曲のタイトルにして、そのポートレートとすることが流行しました。なお、「ラ・リヴリ」は後年、ラモー自身がクラブサン独奏用に編曲しています。

●バッハ/フルートとチェンバロのためのソナタ ト短調

長い間「大バッハ」こと J. S. バッハ作として親しまれてきましたが、今日では次男カール・フィリップ・エマヌエル(1714 〜 1788)の作品とされています。エマヌエルの周辺の人物による筆写譜が残されていること(自筆譜は現存せず)、他の筆写譜や出版社のカタログでも「C. P. E. バッハ」の記載があること、それに作曲の技法やスタイルも息子たちの世代に近いことがその理由です。

これらの筆写譜ではヴァイオリンとチェンバロとなっていますが、フルート(フラウト・トラヴェルソ)でもしばしば演奏されます。第1楽章はチェンバロの分散和音中心の長いソロのに続いてフルートが歌うように登場し、第2楽章ではチェンバロが穏やかに揺れ動く上でフルートが伸びやかな旋律を歌い、第3楽章ではフルートとチェンバロの右手が対等にエネルギッシュに絡み合います。

●ルクレール/2つのヴァイオリンのためのソナタ イ長調

ジャン=マリー・ルクレール(1697 〜 1764)は、1723年にフランスで初めてのヴァイオリン・ソナタ集をパリで出版し、また彼のヴァイオリン演奏は「天使のような」と称えられました。1733年、ルイ15世の宮廷楽団の指導者に任命されましたが、晩年は不遇で、最期はパリ郊外の貧民街で惨殺死体となって発見されました。この事件には謎が多く、フランスの作家ジュファンがこの事件を題材に『ジャン・マリー・ルクレール殺人事件』(1990年、未訳)というミステリー小説を書いています。

ルクレールが残した作品は100 曲足らず。オペラ1曲を除くと、あとはすべてヴァイオリンのための室内楽曲と協奏曲です。その中で2つのヴァイオリンのためのソナタは12曲ありますが、低音声部がないという印象をまったく与えず、魅力的な旋律によって2本の糸が綾をなすように巧みに作られています。

●ヴィヴァルディ/リコーダー協奏曲「海の嵐」

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678 〜 1741)はヴェネチアのピエタ女子養育院のヴァイオリン教師でしたが、養育院の少女たちのオーケストラの見事な演奏は、観光都市ヴェネチアの呼び物の一つでした。そしてヴィヴァルディはこのオーケストラのために多くの協奏曲を書きました。それらは6曲または12曲ずつまとめて曲集として出版され、これによってヴィヴァルディの名もまたヨーロッパ中に知れ渡りました。有名な「四季」は、「和声と創意の試み」と題された12曲から成る協奏曲集(作品8)の第1番〜第4番です。

ヴィヴァルディは1729年に、当時大流行していたフルートのために6曲からなる音楽史上初のフルート協奏曲集(作品10)を出版しました。第1番「海の嵐」を含む5曲には初期稿(ヴェネチア版)が存在しており、本日はその初期稿を改変したオリジナル・ヴァージョンで演奏します。ヴェネツィアを襲う「海の嵐」を表現した激しい両端楽章と、束の間の静寂を現した中間楽章の対比が印象的です。