バロック・コンサート

カメラータ・ムジカーレ第55回演奏会 プログラム・ノート

(2016.10.8 高輪プリンセスガルテン アンビエンテ)

●ヴィヴァルディ/室内協奏曲 ト長調

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)の6曲から成るフルート協奏曲集(作品10)は、音楽史上最初の出版されたフルート協奏曲として知られています。6曲のうちいくつかは、以前に作曲された別の稿、つまり「原曲」が存在します。第6番(RV437)の原曲が、本日演奏する室内協奏曲(弦楽合奏を用いない小編成の協奏曲)で、横笛のフラウト・トラヴェルソではなく縦笛のリコーダーが指定されています。

聖職者で「赤毛の司祭」と呼ばれたヴィヴァルディは、ヴェネツィアのピエタ女子孤児院(修道院)で音楽教育に携わっていました。彼が指導した少女たちによるコンサートは、その高い技量で国外にまで評判が伝わり、ヴェネツィアの観光名物でした。この曲も他の多くの協奏曲と同様、彼女たちのために書かれたと思われます。後にフルート協奏曲に編曲されたくらいだから当然なのですが、全体を通じてリコーダーが主役のリコーダー協奏曲という色彩が濃く、当時ピエタ孤児院にリコーダーの名手がいたことが想像されます。

●J.S. バッハ/ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第2番

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685〜1750)のヴァイオリン曲では、シャコンヌを含む6曲の無伴奏ソナタとパルティータが有名ですが、ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのための6曲のソナタも、無伴奏曲に劣らず革新的な作品で、その新しさは「オブリガート・チェンバロ」にあります。本日のプログラムにはトリオ・ソナタが2曲ありますが、これは3声部(通奏低音+2つの旋律声部で、通奏低音のチェンバロは右手で即興的に和音を弾く)のソナタという意味です。実はバッハのこの曲も実質的にトリオ・ソナタなのです。低音はチェンバロの左手、旋律はチェンバロの右手とヴァイオリンが受け持ち、これで3声部だからです。このようにチェンバロが右手で旋律楽器と競うように旋律を奏でる役割を担うときに、オブリガート・チェンバロと言います。バッハ以前にはチェンバロがこういう役割を担うことはあまり例がありませんでした。この形が後のピアノとヴァイオリンのためのソナタにつながっていきます。

第2番は6曲の中でもとくに技巧的で、開放感に溢れています。また第3楽章は、ヴァイオリンとまったく同じ旋律をチェンバロの右手が1小節遅れて追いかけるカノンで、バッハの卓越した作曲技法が顕著に表れています。

●C.P.E. バッハ/トリオ・ソナタ ニ長調

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714〜1788)は大バッハの次男で、父から鍵盤楽器の奏法と作曲の指導を受け、若い頃はライプツィヒで父が勤める教会などでの演奏の手伝いをして才能を開花させました。1738年、24歳の時にベルリンの有名なフリードリッヒ大王の宮廷楽団に鍵盤楽器奏者として就職し、30年間勤めたのち、晩年はテレマンの後任としてハンブルク市の音楽監督に就任、ここでも大きな成功を収めて父よりも有名になりました。

この曲は、ベルリン時代の1747年に作曲されました。1747年といえば、晩年の大バッハがベルリンの宮廷に招かれ、フリードリッヒ大王の前で王から与えられた主題によるフーガの即興演奏を披露し、同じ主題によるトリオ・ソナタを含む「音楽の捧げ物」を献呈・出版した年でもあります。C.P.E. バッハのこの曲が父バッハの来訪と関係しているかどうかはわかりませんが、宮廷で好まれた新しい多感様式を採用しながらも、「音楽の捧げ物」のソナタと同じ楽器編成で、父親好み(譲り)の緻密な構成で書かれており、ベルリンの宮廷の趣味をはるかに凌駕した名作です。

●ヘンデル/トリオ・ソナタ 第5番

バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、テレマンはバロック時代の後期を代表する4人の作曲家です。この中でゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル(1685〜1759)は、「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」、そしてオラトリオ「メサイア」の「ハレルヤ・コーラス」など、大編成で豪快、華やかな作品がよく知られています。ヘンデル自身も豪放磊落な性格だったようで、歌劇場経営なども行うスケールの大きな人物でした。しかし、あらゆるジャンルにわたる数百曲に及ぶその作品を眺めてみると、ただ豪快なだけではなく、よく歌う美しい旋律、豊かな表情など、幅広い表現力と繊細な感覚の持ち主だったことがわかります。

この曲は1733年にロンドンで出版された「6つのトリオ・ソナタ」作品2に含まれますが、作曲は1718年ごろにやはりロンドンで行われたようです。緩-急-緩-急の4つの楽章で構成され、第1楽章はオペラ「リナルド」や「忠実な羊飼い」からの転用、第4楽章はオーボエ協奏曲からの転用ですが、どちらの楽章もさらに後にオルガン協奏曲に転用されました。

●テレマン/協奏曲 第6番 イ短調

ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681〜1767)は多作家で、4000を超える曲を残し、また50を超える曲集を自ら印刷・出版して多大な利益を得ました。1734年に出版した「6つの協奏曲と6つの組曲」の表紙には、どの曲も5種類の楽器編成で演奏できると書かれています。商売上手なテレマンはしばしば販売部数を上積みするためか、出版に際して異なる複数の楽器で演奏できることを謳い文句にしています(例えばリコーダー、またはファゴット、またはチェロのためのソナタ、など)。それにしても、オブリガート・チェンバロを含む5種類から楽器編成を選択できるというのは、テレマンとしても大変珍しい例です。

本日は協奏曲第6番を、ヴォイス・フルート、ヴァイオリンと通奏低音という編成で演奏します。ヴォイス・フルートは当時アマチュア音楽愛好家の間に広く普及したD管のテノール・リコーダーです。緩-急-緩-急の教会ソナタの形式で書かれ、楽章ごとにフーガなどのさまざまな工夫がこらされていて、シンプルな作風の曲が多いテレマンにしてはやや凝った作りになっています。

●テレマン/パリ四重奏曲 第3番 ト長調

テレマンはフランスの音楽趣味を巧みに取りいれた室内楽作品を数多く作曲・出版し、またその中で、フランスで独奏楽器として重用されていたヴィオラ・ダ・ガンバを積極的に用いたこともあってか、プライドの高いフランスの音楽界でも異例の高い評価を受けていました。そして1737年、フランスの高名な音楽家たちに招かれてパリを訪れたとき、彼らのために6曲から成る四重奏曲集を作曲し、翌年当地で出版しました。それでこの作品は今日、「パリ四重奏曲集」と呼ばれています。

6曲はいずれも、プレリュード(前奏曲)に続いて舞曲形式の小品を集めた組曲で、この形式もフランスでたいへん人気がありました。舞曲形式とは、全体が2つの部分からなり、そのそれぞれが繰り返される、AA-BBという構成で、たいていはメヌエット、ガボット、ジーグなどさまざまな舞曲のリズムに基づいています。舞曲形式ではしばしば「中間部」が置かれ、この中間部もやはり2つの部分からなり(CC-DD)、そして中間部が終わると初めの主部(AA-BB)に戻ります。