ここはAllmanのページであるが、しかしこのアルバムだけは別だ。Duaneからの視点だけでなく、全体を見渡した視点で書いてゆきたいと思う。
 最初のページは"Layla Session"について書いたがここら辺に詳しい方はとばされても良いかと思う。ごゆっくりお楽しみ下さい。




INDEX

1.Layla ストーリー

2.Layla CDについて

3.Layla関連のブートレグ



「今度来るギタープレーヤーはきっと気に入るよ。Eric Claptonが来るんだ。」

全てはプロデューサーのトムダウドのこの一言で始まった。DuaneにとってClaptonはジェフべックと並び、ギターヒーローだった。彼に会わせてくれと頼んだDuaneはたまらなく興奮していた。
 ClaptonとDuaneの出会いは偶然のものではない。彼らには共通のものがたくさんあった。共に白人でブルース・ギターを弾き、片方はすでに本国では見向きもされなかったブルースを世界に広め、片方はその土台となるアメリカの音楽を栄養として育ってきたのだ。それにClaptonはCreamのころにトムダウドにプロデュースを頼んでいて、Duaneも2ndアルバムでトムダウドにプロデュースを頼んでいた。そして、彼らにはDelaney&Bonnieという共通点まであった。Claptonはジョージハリスンに紹介された彼らをとても気に入り、自己のバンドBlind Faithのツアーの前座につけてまわったがツアーの終了時にはClaptonはDelaney&Bonnieのギタリストの席に座っていた。
 ClaptonがDelaney&Bonnieに受けた影響ははかり知れないものがある。彼はDelaneyに歌い方を学び、DelaneyはClaptonに自信を付けた。今ある「歌うClapton」もこの出会いがなければ、なかったかもしれない。
 Claptonは次第に自分の新たなバンドを持ちたいと決意し、Delaney&Bonnieのキーボードとベースとドラムを引き抜いた。それがDerek & The Dominosだ。
 一方、バンドの屋台骨を失ったDelaney&Bonnieはアトランティックのスタジオでセッション・ミュージシャンを使い、「To Bonnie From Delaney」のレーコーディングを進めていたが、Delaneyはなんともスライド奏者が欲しく最初はRy Cooderに頼めないかとリー・ウェクスラーに頼んだが実現せず、結局Duaneが雇われる事になった。彼らはすぐに親しくなり、DuaneはDelaneyの家にいりびたり、親交を深めていった。
 ジョージハリスンの「All Things Must Pass」のセッションの為にロンドンでレコーディングしたDerek & The Dominosはそのまま解散する事もなく、ひそかにライブを行っていた。そして、プロデューサーにトムダウドを雇い、アルバムレコーディングの為にマイアミにやってきたのだった。
「All Things Must Pass」のセッション時のClapton


 1970年8月26日、Duaneはマイアミでライブが行われるのでトムダウドに連絡を取った。彼はライブの後にクライテリア・スダジオに行き、Claptonのセッションを眺めるつもりでいた。そしてその日のライブの事、Duaneは快調にソロを取っていたが、突如ソロをやめた。ギターの弦が切れたかと思ったDickeyはかわりにソロをとったが、下を見た瞬間に彼は後ろを振り向いた。Claptonが来ていたのだ。Dickeyが後ろを向いたのはDuaneと同じく、緊張でギターが弾けなくなりそうだったからだ。その時の事をGreggが語っている「さすがの兄貴もブルっていたよ」。そのライブの後、彼らは会話を交わし、親密になった。
 次ぎの日にAllmansとDerek & The Dominosはセッションを行った。その時の模様が20周年記念で発売されたLayla Boxだ。ClaptonはすでにDuaneのことを知っていた。さすがにまだローカルだったAllmansの事は知らなかったが、ウイルソン・ピケットのバックでもの凄いギターを弾いているDuaneに興味を持っていたのだ。
 ギターを交えた彼らはすぐにお互いの素晴しさにおののいた。長年の親友だったかのごとく、彼らはあまり言葉を交わす事がなくとも、お互いのギターを分かりあえた。そして、Duaneの夢はかなった。Claptonがアルバムで1〜2曲弾いてみないかと言うのだ。最初に録音した曲は
70年8月28日
Tell The Truth
だった。それまで、手こずっていたこの曲がDuaneの参加により、完成したのだ。そして、その次の日は何も録音していない。そして、何よりもDuaneの参加を決定づけたのが次の日に録音された
70年8月30日
Key To The Highway
だ。ジャムを始めたメンバーだったが、次第にClaptonがKey To The Highwayの歌詞を歌い初め、それがそのままレコードに収められた。そこには何か新しいものが生まれようとしていた。それはその現場にいる人々が何よりも感じていた。
70年8月31日
Nobody Knows You
Why Does Love Git To Be So Sad?

この日に録音されたこの2曲には特別なものがある。Nobody Knows YouではDuaneが31th of Februaryと一緒に録音したバージョンである。多分にこれはDuaneのアイディアによるものだろう。もう一つのWhy Does Love Got To Be So Sad?はHave You Ever Loved A Woman?と並び、この2人のギタリストの最も素晴しいギターバトルの瞬間だ。このあとDuaneはマイアミを離れた。その間にDerek & The Dominosはこれらの曲を録音した。
70年9月1日
Keep On Growin'
70年9月2日
I Looked Away
Bell Bottom Blues

これらの名曲がアルバムの頭を飾る事になる。Duaneがくるまで、バンドはまともに録音できずにいた。クスリを大量に摂取し、ジャムが続いていた。そんな時にDuaneは丁度いい起爆剤になったのだ。Duaneはすでにバンドの5番目のメンバーで、アルバムには必要不可欠な存在になっていたのだ。
そして同じく9/2にロック史に残る名演となる
70年9月2日
Have You Ever Loved A Woman?
がレコーディングされた。この曲は2度Claptonは録音しているが(Box Set Disk-3参照)、無理矢理テンションを上げているようで、どうにもまとまらない。しかし、Duaneの参加によりギタリストが2人になった事でClaptonの負担は軽くなった。Claptonはソロをうまく組み立てる事に成功したのだ。次の日は以下の曲が録音された。
70年9月3日
I Am Yours
Anyday
It's Too Late

このセッションの為にDuaneはいくつかのAllmansのライブを欠席しており、どうしてもマイアミを離れなければならなくなった。その間、バンドはレコーディングを休んだ。そしてDuaneが帰ってきて、以下の曲を録音した。


70年9月9日
Little Wing
Layla

である。Little Wingは言わずと知れたJimi Hendrixの名曲であるが、Jimiに関しては2人に興味深い話しがある。Jimiと親交を深めつつあったClaptonはSly & The Family StoneのコンサートでJimiと待ち合わせをしていた。ClaptonはJimiの為に見つけた左きき用のストラトをプレゼントする為だった。しかし、Jimiはあらわれる事はなかった。その日にJimiは亡くなっていたのだ。
 Duaneは実際にはJimi Hendrixには会った事はなかったが、彼は夢の中に出てきた。そして、彼はDuaneに曲を教えた。目覚めたDuaneはその曲を弾いてみた。その曲こそが、Duane唯一の作曲となった「Little Marhta」だ。
 そしてAllmansが最も信頼していたローディーのツウィッグスはAllmansに知り合う前、無名時代のJimiのローディーをしており、彼はそれ以来本物のブルースギターを弾けるのは黒人しかいないと考えるようになった。しかしツウィッグスはウイルソン・ピケット/ヘイ・ジュードのソロを聴き、それを白人のギタリストが弾いていると聞き彼は驚いた。もちろんそのギターを弾いていたのは無名時代のDuane Allmanだ。

 Claptonは最初Laylaを小品だと思っていた。この曲のテンポを早め、ロック調にするように薦めたのはDuaneだ。その場にいたブッチ・トラックスによると「Duaneは『いい考えがある』とギターを弾きだし、あの印象的な出だしの7つの音を弾いたんだ」。
 そして、ドラムのジムゴードンが自分のソロ用に作っておいた曲をClaptonがもらい、あのロックの名曲が完成したのだ。
 1999年の今になってもClaptonの代表曲として毎回、コンサートで演奏されるあの"Layla"の最初はこんな風だった。
70年9月10日
Thorn Tree In The Garden

アルバムの最後のセッションはみんなで輪になって演奏した。
 そして翌月の
70年10月2日
Mean Old World
に再びDuaneはスタジオを訪れ、この曲を録音した。
以上がLayla Sessionの全貌だ。ほとんどの曲が、DuaneとClaptonが出会ったわずか2週間のうちに録音されていて、この時の録音がいかに生々しいものであったかが分かる。30年を経過しようとしているこのアルバムは今だに色褪せる事なく、今でも私たちを魅了している。
次のページへ>>

 

<<BACK

close